第11話 高槻さおり、妹との関係について美樹みちるに相談する
月曜日の放課後、吹奏楽部の練習からの流れで、ぼく
ぼくの非モテにまつわる打ち明け話に続いて、高槻は彼女の妹、みつきに関する事情について話をして、先輩の意見を乞うたのだった。
ぼくの話がかなり核心にまで立ち入った内容だったのに比べると、高槻のはだいぶんオブラートに包んだ表現ではあったが、これまでぼくたちが先輩に対して取っていた距離感から考えれば、相当画期的な歩み寄りだったといえるだろう。
先輩もしごく真剣な表情で、高槻の話に耳を傾けていた。
しばらく黙って考えをまとめた上で、先輩は口を開いた。
「高槻くんが妹くんのことで相当心を痛めていることは、よくわかったよ。
しかも、そういったやっかいごとも、元はといえば妹くんの高槻くんへの強い愛情から来ているのは間違いないだけに、その気持ちを全否定するわけにいかないという葛藤があって、それがことをいよいよ深刻なものにしているってことだな。
彼女のきみへの愛情は、わたしが察するに、明らかに通常の肉親愛の域を超えたものだと思うが、そうだよな、高槻くん?」
ズバリ、先輩が指摘して来た。
これに対して高槻は、
「はい、先輩のおっしゃる通りです」
と、素直にうなずいた。
先輩は続けた。
「一番最初に自分の兄弟姉妹に恋愛的な感情をいだくという話は、そんなに珍しいことじゃない。
さっきの、窓居くんのお姉さんの例もそうだった。
刷り込みというやつで、ひとは最初に接した身近な人間に愛情をいだき、それを手がかりにして、次は肉親ではなく他人を愛することを学んでいくんじゃないかな。
だから、妹くんの高槻くんへの愛情は、本来はごく自然なものだったのだが、それが残念ながらうまく別の対象へ方向転換出来ないまま、どんどん高まってしまった。
いってみれば、肉親愛をこじらせてしまった。
これは、正直言って、
およそ十年くらいの間に、少しずつ積み上がって来たものなんだから。
もちろん、窓居くん
一種のショック療法だが、別の人をうまくあてがってその人を好きにさせてしまえば、確かに問題は解決するだろう。
でも、それはたまたまいくつかの前提条件が揃っていて、幸運にも上手くいったに過ぎないという気もするな。
すべてのケースに通用するとは、とても思えない」
その言葉を聞いて、ぼくは頭をかきながらこう言った。
「先輩のおおせの通りです。
あれは失敗して当然でした。
とにかく運が良かったんです」
「だな。
だから、今回も同じやり方を試すのは、どう考えても賢明じゃない。
それよりも、わたしとして気になったのは、妹くんがいま、とても孤独な立場にいるということだ。
彼女は誰とも仲良くなれず、かといって一番好きな自分の姉にも受け入れてもらえず、出口なしの状態になっている。
この孤立した状態が、事態をいっそう面倒なものにしているんだ。
いまきみたちがするべきことは、彼女のために恋愛対象を探して来てあてがうようなことよりも、まずは妹くんを自分たちの仲間に入れて、彼女が自分は孤独じゃないと思えるようにしていくことじゃないかと思う。
きみたちにはそのやり方がだいぶん遠回りな策に見えるかもしれないが、実はこれが一番確実な道だと思うよ。
妹くんの心がいったん開かれたら、後は自然といい方向にむかうはずだ」
たぶん、だけどね。
そう言って、先輩はチロッと舌を出して微笑んだ。
「もし、それでもいろいろと困難な事態が起きてわたしの力が必要になったならば、遠慮なく言ってくれ。
でも、いまはじかに妹くんと向き合っている、きみたちに任せることにしたい」
その言葉を最後まで聞いて、高槻はしばらく黙っていたが、息を吸い込むようにしてからこう話し始めた。
「先輩、わたしのためにいろいろ考えていただいて、ありがとうございます。
おっしゃったことを聞いて、いままでなぜ、妹とうまくいかなかったかが分かったように思います。
わたしは、妹をきょうだいという一番近しい間柄であるがゆえに、自分の気持ちは言わなくても彼女には全部わかるだろう、彼女の気持ちだって向こうが何も言わなくて分かっていると思っていました。
でも、それは勝手な思い込みだったんですよね。
きょうだいだって、きちんと言わなければ伝わらないことがある、それは痛感しました。
いまわたしが妹に言わないといけない言葉は、『なぜ、わたしの気持ちを分かってくれないの』じゃなくて、『すべてわたしに話して欲しい』ですよね」
「その通りだよ、高槻くん」
先輩はうなずいた。
「高槻さん、俺たちも協力させてもらうよ」
「うん、喜んで」
榛原もぼくも、高槻の妹みつきとこれまでのように敵として向き合うのではなく、今度こそはちゃんと仲間として話をしよう、そう思ったのだった。
⌘ ⌘ ⌘
ぼくたちは相談話を終えると、高槻を家に送り届けるといういつものミッションがあったので、本町駅へ向かった。
美樹先輩の家は高槻のとは反対方向なので、先輩だけ、向かいのホームから電車に乗ったのだった。
彼女に深々とお辞儀をして、
いましがた、予想とはかなり違った先輩のパーソナリティに触れて、ぼくはいろいろ思うところがあった。
「なあ榛原、ひとは自分が持った印象だけで他人を判断しがちだけど、いつもはちょっとアレな百合キャラの美樹先輩だって、じかに話をしたら、ぼくたちが思い描いていたのとは違う側面が見えたりしたな。
みつきちゃんにしても、じっくり話をしたら、もっとわかりあえるはず、だよな」
榛原は、ぼくの問いにこう答えた。
「ああ、もちろんだ。
いきなりは無理でも、何度となく接する機会があれば、次第に俺たち、ひいては男性全般への警戒心も薄らいでくるだろうし、そのうち恋愛への興味も出てくるさ。
そういう年頃だし」
「だな」
高槻も、特に言葉には出さなかったが、そんなぼくたちのやり取りを横で聞いて、しっかりとうなずいていたのだった。
上町駅で下車してしばらく歩くと、高槻の自宅にたどり着いた。
高槻は、玄関先でこう言った。
「ちょっと待っててね。
もしかしたら、もうみつきちゃんが帰っているかもしれないから、確認してきます」
そう言って家の中に入っていったが、ほどなくまた出てきた。
「残念だけど、きょうは中学の卒業式と謝恩会の準備だったみたいで、まだ帰っていなかったわ。
また、明日にでも、おふたりに会ってもらうチャンスがあると、いいのだけど」
「オーケー。それで構わないよ」
「了解っす」
ぼくたちはそう答え、榛原がさらに付け加えて言った。
「みつきさんは、あとひと月足らずで中学を卒業し、四月からは女子校に入る。
いろいろ環境も変わるから、精神的にも不安が多い時期だと思う。
でもそこは高槻さんがうまくサポートしてあげてほしいな。
学校は違っても、姉妹にはしっかりとした絆があると分かれば、みつきさんは安心できるはずだ」
高槻はその大きな瞳に決意を込めるようにして、きっぱりとこう答えた。
「はい。今後、みつきちゃんとは正面から向き合っていきます。
まずは今晩、あの子と話し合ってみます」
ひとまずは、高槻に任せておいても大丈夫そうだな。
そう感じながら、ぼくは榛原とともに高槻邸を後にしたのだった。
⌘ ⌘ ⌘
その夜、というか翌日の早朝、ぼくは神様がらみの夢を見た。
昨日はその手の夢を結局見なかったから、「
ふと気がつくと、ぼくは神社の石畳の上に、正座の姿勢で座り込んでいた。
そこは前回と同じく、中町の
遠景は白いもやに包まれてまったく見えず、近くだけが見える状態だった。
そして、今回はいつもとは違って、何人かの人物が
対面には、高槻さおり。
右手にはわが姉、窓居しのぶ。
左手には、高槻みつき。
ぼくも含めて、全員が白い
観察するに、三人とも神様が降りてきたときの白い目の状態ではなく、いつもの顔つきであった。
一瞬、発するべき言葉を失っていたぼくだったが、ほどなく頭上から聞き覚えのある、抑揚に乏しい中性的な声が響いて来た。
「本日、われは
まずは、高槻みつき、汝に告ぐ。
汝は一昨日、われとの
汝は窓居圭太を捕え、責めを加えたが、そのことはあらかじめわれの許しを得たものにあらざれば、許されざることじゃ。
すなわち、罰に値いする
その言葉を聞いて、左手にいるみつきは眉をくもらせた。
いつになくけわしい表情だ。
彼女は一昨日、神に事前の許可なく、ぼくへの拉致監禁と尋問を行なった。
だかそれは、神使としてやってはならないことだったので、彼女は罰を受けてもおかしくないというのだ。
既に神様が、夢の中でぼくへ直接最終警告を行なっている以上、みつきが神様を差し置いて、自分だけの判断で行動をとることは許されていないのだろう。
いわば越権行為なのだ。
みつきは神妙な面持ちで、神様の言葉の続きを待った。
「然れども、そは汝が初めて成したことなれば、このたびは特段の扱いとして、不問に付すこととする。
されど、もし汝がふたたびかくのごとき振る舞いをなすならば、汝はわが使いたる
ただいまより後、汝はわれへの伺いをゆめゆめ怠ることなきよう、心得よ」
しばしの沈黙の後、みつきは頭を深々と下げてこう言った。
「まことに申し訳ございませんでした、神様。
わたしの軽はずみな行いをお許しくださいまして、感謝の言葉もございません」
いつぞやの、タンカ切りまくりの彼女からは想像もつかない丁重な口調だったので、ぼくは少し意外に感じた。
それにしても、執行猶予というか、警告どまりで済んだとはいえ、日曜日のみつきの行動、そしてそれに対するわが姉の協力行為が、神使としての
今回の事件は、予想外の波紋を生み出し、高槻姉妹の今後に大きな影響をもたらしそうだった。
それが今後の展開において果たしていい影響になるのか、その逆になるのかは、まだまだ読めなかったが。
とりあえず、次に神様に何か厳しい小言を言われるのは、ぼくのお姉ちゃん、しのぶだろう。
それくらいは容易に予想がついた。(続く)
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