ぼくの初恋は、始まらない。(完全版)
さとみ・はやお
第1章
第1話 窓居圭太、全裸の従妹 財前明里と遭遇する
よくテレビ・ラジオ・雑誌などで恋愛相談のコーナーをやっていて人気も高いようだけど、その相談内容の大半は、恋が始まってからの悩みについてのものだ。
ところがぼくが悩んでいるのは、いったいどんな相手に恋の告白をすれば恋がうまく始まるかなのだ。
だが、そんな初心者みたいな相談にのってくれる親切な相談者は見たことがない。
そんなことにいちいち答えていられるかと言わんばかりに。
でも、それこそがぼくが知りたいことなんだけどね。
ぼくの名前は、
東京都内在住の、とある私立高校に通う一年生男子だ。
ぼくは中学入学以来、三年間で三十人の女子に告白して、全戦玉砕してきたという経歴の持ち主だ。
ぼくの初恋は、いまだ始まっていない。
冷え込みの厳しい、一月下旬のある日のことだ。
その日は吹奏楽部の部活もなかったし、悪友からの道草の誘いもなかったので、三時過ぎには自宅に帰り着いていた。
ちなみにぼくの通っている高校は、自宅のすぐそば、歩いて四、五分のところにあるので、徒歩通学をしている。
特に進学やスポーツで輝かしい実績がある高校でもないのだが、とにかく家に近くて通学が楽だというシンプルな理由でそこにしたのだ。
成長期の少年にとっては、睡眠時間の確保は切実な問題だからね。
さて、玄関のドアを開けようとして、違和感を覚えた。
あれ、既に開いてるじゃないか?
しかも暖房まで入っている。
ということはお姉ちゃん、もう帰っているのか?
いや、そんなこと言ってなかったぜ、けさは。
それにしても、開けたままで鍵をかけてないとは物騒だ、まったく。
そうブツブツ言いながら奥に進もうとしたら、リビングルームの一隅にある、バスルームの引き戸がガラッと開き、中から何も着ていない、というかその、ありていにいえば全裸の女性がゆっくりと現れた。
フンフンと鼻唄まじりで、長い髪を拭きながら。
お互いの目線が、衝突した。スパークした。
!!!!!!!!!!!!!!!!(0.5秒)
最初の一瞬は、その身体全体に視線が行き、続いてその顔に移った。
目鼻立ちがクッキリしている、というか、いわゆるケバめのギャルメイク。
誰、この子!? 全然知らない顔。怖っ!
「ギャアアアアアアアアアァッ!」(ぼくの叫び声)
「こらこら、慌てんなや、けーくん。うちや、あかりや」
ギャルは悠然と、少しハスキーな声でそうのたまった。
ん? 顔に見覚えはないが、その声、そして関西弁には聞き覚えがあった。
「お前、ひょっとして、伸一伯父さんとこのあかり?」
「そや」
ギャルはひと言、答えた。
全裸で、けっこうボリュームのある胸を張りながら。
って、ヤバっ、正視しちゃマズいだろうがっ!
「は、早くバスタオルでも巻け!」
小休止。
やっとのことでその子、
まあ、さっきはぼく自身相当とっちらかってしまったので改めて説明すると、彼女の名前は
そのド派手なメイク、164センチのぼくとほとんど差がないすらっとした長身、ナイスバディからは想像もつかないが、なんとぼくの一才下の中学三年生だ。
母の兄にあたる伸一伯父さんのひとり娘で、大阪に住んでいる。
かつてぼくの父が転勤となり、一家で大阪に二年ほど住んでいたことがあったのだが、その頃は毎週のように互いの家を行き来して遊ぶような間柄、つまり幼なじみだった。
あれから何年たったのか。ぼくが小三の冬に東京に戻ったから七年は経った勘定か。
そりゃ、いまの顔なんかわかるわけない。
「で、要するに今回東京の高校を受験するにあたって、おさえていたはずのホテルが手違いでとれてなくて、おふくろに電話して泣きつき、うちに泊まることになった、そういうことだな?」
「そうなんや。えらいすまんなぁ。頼むわ、けーくん」
バスタオルを巻きつけた姿のまま、悪びれることなく、そう言って明里は微笑んだ。
家の鍵も、母の勤務先まで取りに行ったそうだ、やれやれ。
物怖じしない性格といい、羞恥心の感じられない言動といい、昔と変わってないなと思いながら、ぼくはしばらく彼女とお互いの近況を話し合った。
「それにしても、家では湯上りはいつもあんな感じなのか、明里」
「無論、そうや。
身体が乾くまで、うちはすっぽんぽんや。
バスタオルいらずのあかりちゃんと呼ばれておる。
それどころか、健康のために常時裸族や」
「どんな健康法だよ」
いけない、ぼくの中の常識体系が揺らいで来た。
そして、あることをぼくはすっかり忘れていた。
決して忘れてはならない、重要なことを。
一時間くらい経った頃、ドアホンが鳴った。
ピンポーン。
その一音で正気に戻った。
ヤバい! ぼくの本能的な何かが、アラート音を大音量で発し始めた。
「おい、まずいぞ、明里の天敵襲来だ。
早く服を着ろ!
あとはぼくがなんとかごまかすから!」
そう言って、明里をせき立てながら、ぼくは玄関に向かい、ひと息飲み込んでからドアを開けた。
そこには予想通り、ぼくに似て小柄で童顔な少女、わが姉君が立っていた。
「お帰り、お姉ちゃん。早かったね」
にっこり微笑んで、お姉ちゃんは答えた。
「ただいま、けーくん❤️
なんか変わったことなかった?
お姉ちゃん、きょう学校でちょっと妙な胸騒ぎがしてね。予定変更して帰って来たんだけど、何かヘンなことなかった?」
ぼくは作り笑いをしながら、答えた。
「いやあ、別になんにもないよ。
あ、そうそう、変わったことといえばさ、きょう、突然だけど伸一伯父さんとこの明里ちゃん、高校受験で上京してるよ。
おふくろが、泊めてあげてってさ」
そう言って、ぼくはさっき急いで閉めておいたリビングルームのドアを開けて、中の女性を紹介した。
「しのぶちゃん、お久しぶりやね。お世話になるわぁ」
ニットのセーターとミニスカ姿の明里が、ペコリとお辞儀をした。
一瞬、お姉ちゃんの顔から血の気が引いたのを、ぼくは見逃さなかった。
その後、三人でリビングでお茶を飲みながらしばらくよもやま話をしていたのだが、明里がトイレのため席を立ったすきに、お姉ちゃんがぼくににじり寄ってきて、こう言った。
「まったく三泊もあの子を預かるなんて、ママもひとが良すぎるわ。
今晩だけ泊めて、あとは放り出したいわ。
ま、伯父さんにはお世話になったから、しかたないけど。いまいましい」
お姉ちゃん、本音ダダ漏れですけど。
「わたしとしては、けーくんとのスイートホームをあんな跳ねっ返りに乱されたくないの、ねえ、けーくん❤️」
そんな同意を求められてもねえ。
ぼくは姉ほど、明里のことが嫌いではないのだ。
もっとも、彼女とかそういう感じではなく、妹みたいな存在としてなのだが。
「それにしても、最近の若い子はふしだらよねぇ。気づいてた? けーくん、あの子ノーブラだったわよ」
そう言われて、その後すぐに戻ってきた明里の胸元をちらっと見たら、慌てて服を着たせいでブラ装着までは手が回らず、彼女のセーターには乳首の形がポッチリと浮き上がっていた。
今度は、ぼくが青ざめる番だった。(続く)
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