心ある果物

地底人ジョー

本編


 やや、奥さま、旦那さまも。

 ようこそおいでなさった!

 ほらご覧なさい、この絢爛豪華な品々を。はるばる新世界からやってきた、世にも珍しい逸品ばかりでございます。

 お、さすがは奥さま、お目が高い! そいつが気になりますかな?

 よろしい!


 さてさてこのアボカドなる果物。

 押しも押されぬ大船長マゼランと、命知らずなその一味。時化にも嵐にも負けず大西洋の荒波へ繰り出し、やっとの思いで辿り着いた新世界。

 語るも尽きぬ大冒険を乗り越え、汗と血と涙で海を染め、運んできた一品にございます。


 ご覧の通り、一見は黒いジャガイモのごとき品。

 うだつの上がらぬ見た目でありますが、驚くべきはその中身!

 大聖堂のステンドグラスにも見劣りのしない、鮮やかな黄緑色にございます。

 その色の美しさ、かの偉大なる国王陛下が、会食のテーブルへあしらうよう申しつけなされたほど!

 その日昼餐会においでになったご婦人方の目は、お妃様の豪奢なお召し物より、こちらのアボカドへ釘付けだったというお話です。

 これに気を良くした国王陛下。

 会もお開きとなり、人目の離れたその瞬間。

 なんと、皿に積まれたアボカドを、乱暴に袖口へとねじ込んだのでございます。

 そして一息に寝所へ戻り、しめしめと取り出したるはこのアボカド。

 ところがなんということか、輝かんばかりの黄緑色だったアボカドは、物憂げに黒ずんでいるではないか!

 そう、このアボカドなる果物、一つの秘密がございました。

 ――賢明なるご婦人方、もうお気づきになりましたかな?

 ふむ、どうにもピンと来ないご様子。

 ならばもう一つ二つ、この奇妙な果物にまつわるお話をさせていただきとうございます。


 ところ変わって賑やかな港街。この街には、大航海で財を為した、さる富豪のお屋敷がございました。

 この屋敷の家人、今時珍しくも、大変よく出来た主人だと評判でありまして、屋敷の下男や女中は、大層恩義に感じていたといいます。

 さて、この屋敷の料理人たる一人の男。日頃たいそう良くしてくれる主人への恩返しにと、ことさらにありがたい料理をふるまいたく考えておりました。

 しかし、日頃より抜かりなく腕を振るっては、食卓を賑わす料理人。

 なかなか特別のものは浮かんでまいりません。

 そこで料理人、大事に溜め込んでいた蓄えから、なけなしの金貨をひっつかむと、新世界への玄関口たる港へと向かいました。

 港へと着いた料理人。

 そこには、見たこともないような品の数々。奇品珍品が山をなしてございます。

 しかし、10を数える頃から厨房に詰めていた料理人。世界の果てから海を越えてやってきた品々であろうと、見た目ばかりで古いもの、悪いものはたちどころに分かりました。

 珍しいばかりのものを主人に召し上げて、万一の事があってはたまりません。

 ウンウンと唸りながら、珍品の山をかき分けて練り歩きます。

 そして市の一角に、ふと黒緑艶やかな山に、目を奪われたのでありました。

 この黒緑の山、広い海を渡っても失われぬ輝きこそが、何を隠そう、こちらのアボカドにございます。

 料理人はなけなしの金貨でアボカドを購うと、まるで生まれたての赤子を抱き上げるかのように抱え込み、おっかなびっくりとお屋敷へと帰って行きました。

 お屋敷の厨房へ戻ってきた料理人。いそいそとアボカドを真っ二つに開きます。

 すると、なんとも見目麗しい黄緑の果肉と、芳醇な森の香りが漂うではありませんか。

 料理人は、その果肉をほんのひとかけら、口に致しました。

 すると、ああ、なんてことでしょう!

 口にとろける濃厚な果肉と仄かな甘み、まるで王家御用達の牛乳からこさえられた、バターのごとき香しさ!

 敬愛する主人がため、料理人はこの幻の果物を使った料理を必死に考えました。

 そしてその日の晩のこと。料理人はついに渾身の一品をあつらえまして、主人へと捧げたのです。

 これを口にした主人は、思わず涙! 後ろに控える料理人を呼び、手を取るほどの美味だったという話にございます。

 いやはや、なんとも麗しい主従愛。美談ではございませんか。

 ところが、話はここで終わりません。

 このうわさを聞きつけた、主人の商売敵。巷でも有名な強欲商人がおりました。

 商人は、目の敵にしている主人の美談が大層憎らしく、アボカドなる奇天烈な果物なんぞ、「いかほどのものかね」とせせら笑ってごございました。

 そこで、いけ好かない商売敵の鼻を明かしてやろうと、下男にアボカドを買いに向かわせたのであります。

 さてこの商人、人に難癖つけては貶すことで知られており、この日も下男を、

 「おい! アボカドとかいう果物を買ってこい。いいか、黄緑の大層けばけばしい果物だそうだ。もし間違えてジャガイモなんぞ買ってきおったら、手前ごと庭の肥やしにするからな!」

などとと追い立ておりました。

 市へとやって参りました下男ですが、辺りを見回しても、当然、黄緑のけばけばしい果物なんぞはございません。

 困った下男、ある大店の主人に訪ねます。

「もし。アボカドという果物はあるかい」

「へぇ、こちらに」

 見れば、なんともみすぼらしい緑のジャガイモではありませんか。

「いやいや、アボカドを探しているんだがね。アボカドは、黄緑の大層けばけばしい果物というじゃないか。こんなジャガイモもどきとは思えないがね」

「はぁ、こちら、中身は大層鮮やかな黄緑色にございますが」

「いやいや、馬鹿にしてもらっちゃあ困る。こちとらおっかない旦那様の遣いさね。下手な物差し上げた日にゃ、俺ァ旦那様に埋められちまう」

 なおも言いすがる下男に、とうとう店の主人は、アボカドを一つ割って見せてやりました。

「ほぉ、こいつは目も眩むような黄緑色だ。では、これで買えるだけ貰おう」

と、手持ちの銀貨をあるだけ、台に積み上げます。

 チラリと銀貨の山を見た主人、鼻を鳴らして下男を向けば、

「旦那。これっぽっちじゃ、負けて一つが関の山。ジャガイモならば山と買えますがね」

「なに、べらぼうに高いじゃないか。なんとかならんかね」

「はぁ、でしたら、銅貨もお積みなさい。割れたアボカドもおつけしましょう」

 困った下男、背に腹は代えられぬと銅貨も渡し、割れアボカドと丸のアボカドを一つずつ受け取り、トボトボと商人の屋敷へ帰って行きました。

 屋敷には、商人が待ち構えておりました。下男はオドオドと、袋から緑のジャガイモのごときものを取り出します。一つは黒々と冴えない様子、割れた方も、黄緑が何やら黒ずんでございます。

 これを見た主人、たちどころに激昂し、

「おいお前、なんだこのジャガイモは! わしの言うた事を忘れたか!」

と、道行く人が飛び上がる勢いで怒鳴りつけ、アボカドを下男へと投げつけました。

 口答えが一銭にもならぬと存じている下男は、だんまりを決め込みます。

 気に食わないのは強欲商人。

 馬も恥じ入らんばかりに鼻を鳴らし、

「買い直してこい」

などととりつく島もございません。

 足音も荒く商人が去ると、下男はぶつけられたアボカドを拾い上げ、途方に暮れました。

 このアボカド、下男のなけなしの給金で買った物にございます。

 強欲な商人は、例え使い走りであろうと、使いの者に立て替えさせるのが常でした。そして何かと難癖をつけ、うやむやのうちに無かったことにするのでございます。

 かと言って、命じられた使いをほっぽり出すわけにも参りません。

 仕方なく、下男は屋敷の女中に相談しました。

 屋敷の要石のような女中は、下男が集めてきたアボカドで、料理をこしらえることにしました。

 得体の知れない食べ物をなんとか料理すると、下男が商人の元へ持って参りました。

 ところが商人は目もくれません。

「フン。市から戻ったにしてはずいぶん早いではないか。まぁいい。お前、そのアボカドとやら、食ってみろ。どうせロクでもない味だろう」

 困った下男、これ以上難癖を付けられてはたまらぬと、得体の知れない料理を口にいたしました。

 しかし商人の目が気になって、感想などとても申せません。

 そもそも商人は商売敵の主人を毛嫌いしております。なので、その主人が気に入った物も、ことごとくこき下ろすのでございます。

 下男はもごもごと口を動かし、

「へぇ、こんなもの、とても」

と答えました。

 それを聞いた商人は、

「そうだろうそうだろう。あいつめ、物珍しさだけで自慢しおって」

と満足そうに髭をなで上げるのでありました。

 明くる日、商人は商売敵の主人のもとへとわざわざ出向き、

「キミ、あの大層気に入っていたアボカドとかいう果物。わしも口にしたが、とても食えた物じゃないな」

などと言ってのけました。

 ところがこの主人、さきほど申し上げたとおり人の良い御仁にございまして、また過日振る舞われた料理に、たいへん満足しておりました。

 なのでこれには取り合わず、

「そうでしたか。いやはや、それは残念」

と笑みを崩しません。

 これには、商人もおもしろくありません。

 挨拶もそこそこに、足音も荒く屋敷を後にしたという話でございます。

 

 さてさて、世にも不思議なこの果物。この世の果てより参りしアボカド。

 心ない扱いをすれば、たちどころに色がくすみ、耽美なる味も土の味へと変わってしまう困りもの。

 しかしそれは、心ない強欲商人のごとき人の話。

 心ある御仁なれば、きっとご満足いただけましょう。

 

 さぁさぁ、ご婦人がた、旦那さま、早い者勝ちでございます!

 金貨を、金貨を積ませい!

 不思議な果物、新大陸から来たアボカド、本日限りのご奉仕でございます――!

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