滝本くんに平穏な日常は訪れるの?

小鳥遊 雅隆

第1話 プロローグ

 鉛色の冷たい死の感触が全身を襲う。

なにか喋ろうとしても、むせてしまい上手くしゃべれない。


 全身から感覚がなくなりはじめ、次第に視界が暗くなっていく。


 その日、滝本譲(たきもとゆずる)は絶命した。


*******************



 数メートル手前に黒塗りの車が止まっている。スーツ姿の大柄の男が急いで後部座席に乗り込む。

 

 日の入りの時間がずいぶん遅くなったとはいえ、辺りはすっかり暗くなっていた。


ただでさえ人通りの少ない路地は自分達を除けば無人といっていいだろう。


 月の光が支配する漆黒の夜空。

 譲にはわかっていた。


 このあとなにが起こるのかを。


 キィキィキィー、という音をあげながら急発進車。

 酷くバランスを欠き左右に蛇行しながら迫ってくる。

 それを地面に転がるようにしてなんとか避ける。

 車はそのまま後方の工事現場に突っ込む。 


 老朽化に伴う解体作業中のビルに組まれていた足場が、突然崩れ譲の頭上に落下する。

 それを避けるため、急いでその場から離れようとするも足に鈍い痛みがはしる。

 先程慌てて避けたことにより、足首を痛めたのだ。


 このあとなにが起こるか譲は知っている。

 

 頭上より迫る鉄骨。それが鋼の衝撃となって全身を貫く。

 肋骨が折れ、内蔵に突き刺さる感触。

流れ出す血液の熱も、急速に遠退く意識も、迫りくる死の抱擁も。

 なにかしゃべろうとしても、口がパクパク動くだけでうまく言葉にできない。


 そのあまりのリアルで生々しい記憶は、全て自分が体験したものだ。

だからなのか、譲にはこのあとなにが起こったのか。


 ぼんやりと見上げた空は酷く赤黒くなっている。

 そこには小さな点が見える。

 その点が次第に大きくなる。

 

 何度も体験したためか、その様子を意外と冷静に観察できる自分がいた。

 自分にはどうやっても逃れられないとわかる。


 あぁ、やっぱりまた僕は死ぬんだと。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る