蛇に騙された蛙

「小出くんがやったの見ました!」

 今でも鮮明に思い出すあの光景。あれが全ての始まりだった。教室の扉に群がる生徒たち、中心にはうずくまり頭を抱えた女性。地面いっぱいに広がったチョークの粉は煙を上げて入道雲のようになっていた。犯人と見られる男子達は焦りながらもばれないように野次馬に紛れている。そのリーダーが天野だった。クラスの人気者だった彼はいつも同じ野球チームの子と徒党を組んでは教師を対象にいたずらをしていた。ある日の昼休み、先生が来るタイミングを見計らって黒板消し落としをしようと教卓に集まっていた。

「これさぁ、藪崎なら引っかかるやんな?おっさんやしわからんやろ!」

グループの一人斉藤雄二がそう言った。

「でもさぁこれありきたりじゃない?二組のこうすけ達もやってたし、一個下の五年もやっとったやろ。ちょっとちゃうやつやってみよや」

その中でも過激派な山本玄はイタズラのマンネリ化に悩んでいた。

「ならこん中の粉かぶせてみる?あいつが粉被ってんのばりおもろない?」

チョークボックスを取り出した天野の提案にグループは盛り上がりを見せていた。小出は何やら物騒な話をしているなと思いながら6時間目のプールの心配をしていた。黒板に近い窓で機嫌の悪い空と睨めっこしていた。そして昼休みが終わりに差し掛かり天野達は粉をぎっしり入れた黒板のチョークボックスを扉に挟んだのだ。扉は昼休み終了の五分前に開かれた。凶器は藪崎に向かってまっすぐ下に振り下ろされるはずだった。しかしここでイレギュラーが発生した。扉を開けたのは担任の藪崎ではなくなぜか新任の副担任横山先生だった。藪崎よりも小柄な彼女は身長が低い分距離が伸び、チョークボックスはより凶暴な牙となった。角がおでこに当たり大きく鈍い音が鳴った。粉は満遍なく降りかかり先生は短く悲鳴を上げた。生徒達が集まり犯人達は焦りを見せていた、ただ一人を除いては。すぐに先生がやってきた。藪崎だ、職員会議が伸びて代わりに副担任の横山先生を、向かわせたそうだ。保健室の先生が来る事態にまで発展し、その異様さから他クラスや他学年の生徒まで押し寄せてきた。

「誰がこんなことやったんだ。天野、お前らか?」

いつもいたずらをしている天野達が疑われるのは自明の理であった。しかし天野はすぐこれを否定した。

「いや僕らは怪我させるようないたずらせえへんよ先生」

藪崎は愚かにもこれに納得したようだった。

「小出です!小出くんがやったの見ました!」

驚愕した。まさか飛び火がくるとは思っていなかった。俺はずっと窓で空を見ていた。雨でプールがなくならないか心配だったから。そう言っても先生は信じてくれなかった。流血沙汰になるほどだ、犯人にされたらただじゃ済まないに決まっている。小出は否定するのに必死だった。次第に天野のグループも活気を取り戻し横山親衛隊の女子達にも責められはじめどんどん追い詰められていった。何も言葉が出なくなった。外は大雨が降り始めていた。今日はプールじゃなくなったかな。

 校長室に連れ出され親を呼びだされた。事情を説明したが誰も信じてくれなかった。家での風当たりはますます強くなり、学校ではいじめが始まった。上靴と画鋲はセットだった。守ってくれる人は誰もいないと思っていた。天野のグループが話している時近くに座っていた生徒は誰も声を上げなかった。全て諦めていた。消えてしまいたかった。しかし、ただ一人味方になってくれる人がいた。ゆりちゃん。藤井ゆり、唯一いじめを止めようとし俺の話は全て信じてくれた。彼女がいなければ俺はどうなっていただろうか。公立の学校に上がればどうなるかわからない。親の機嫌を伺いながら家では勉強しかしなかった。結果中学受験には成功、小学校の生徒との関係はゆりちゃんを含め全てなくなった。中学からテニスをはじめ大学まで続けることとなる。筋肉はつけるようにした。スポーツをするためでもあったが何より強くなりたかった。弱いままでいるのは嫌だった。そして、彼女が俺にしたように俺も誰かを守れる強い存在になりたい。そう思った。だけどあいつと再会した時、前向きにはなれなかった。蛇がカエルを食べれてもカエルは蛇を食べられないのだ。強く実感してしまった。恐怖や敗北感で消えてしまいたいと思っていた。お前が死んだと聞いた時正直胸がスッとしてしまった。これじゃあお前と一緒なのかな?


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蛇を供養した蛙 The KingO @sukaaazum

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