桃園日記
K TANABE
第1話 少女、十五にして志す
アズサ ヨウミョウは疲れていた。帰宅するなり彼女は玄関から一番離れた自室に上がりベッドに倒れこんだ。何もする気が起きない。
彼女は中等部3年で先月15になったばかりである。彼女を蝕む底なしの無気力と
青春をはるか
しかし彼女は、そうするにはあまりに渦中にありすぎた。
アズサは中途半端な存在であった。彼女はそのエネルギーをあばずれと暴力に浪費して素行を崩すほど愚かではなかったが、自分が何者であるかを知れるほど知力に富むというわけでもなかった。
彼女の若さは
アズサは仰向けてしばらくそのままでいた。彼女は以前の経験から知っていた。動けぬ時は無理をせずに居れば僅かの気力ならば湧いてくる。
だんだん彼女は立ち上がり制服のネクタイを外した。帰ったきりそのままになっていた通学カバンを机のフックに掛けた。
「歩こう」
彼女は散歩に出掛けることを決めた。心身の健康にはとりあえず体を動かすのが最も勝手がいいのである。
夕食前の外出を家族に咎められることを避け、アズサは部屋にあったサンダルを履いて窓から家の裏を通る路地に下りた。
連邦の東の辺境の辺り一面の水田に散在する人家の間に敷かれた未舗装の道を歩きながら少女はただ未来を恐れていた。
自分の魂は原因不明の何かに削り取られている。そう彼女は感じた。
患いを友人や両親に打ち明けて相談すればよいではないかと思うかもしれないが15の時分に果たしてそれが出来るであろうか。若い日には誰しも揺れ動く自分に躊躇い、それを悟られることを臆するはずである。
彼女とてその例外ではない。しかも彼女には真に友とする者のたった一人もなかった。
いつから、なぜこの
きっと以前に何か決定的な出来事があったに違いないとアズサは思うがどうしてもそれが思い出せない。同じ考えを辿ってはいつもここに来て思考の糸が途切れてしまう。
もはや考えることにうんざりしていたがそれを辞められる訳でもなかった。
精神の干ばつは彼女にとって深刻であった。勉学に励む矜持や趣味に打ち込む情熱が彼女から消え去りつつあった。その現状に彼女はひどく失望していた。
意識感覚のが心から溶け出していく一方、彼女の中に留まり続けてなおも膨張し続ける感情があった。彼女は何かを欲するようになっていたのである。しかし何を求めているかは彼女には分からなかった。それはその他の感情が消えていくにつれて大きくなっていった。
手に届かぬものほど人を苦しめるものは存在しない。現在では無気力、倦怠感に加えてこの飢えと言っても良いほどの病的な渇望が彼女を懲らしめるようになっていた。
このままでは近いうちに私は摺りつぶされてなくなってしまおう。しかしこれ以上いったいどうすればよかろう。
そう思いながらもアズサは歩みを進め地域の中心となっている集落に出た。おぼつかぬ足取りで役所の掲示板前を通った時『それ』は目に飛び込んできた。
『連邦は諸君ら若人を必要としている』
その正体は掲示板に貼られた新設学校の公募であった。一見何の変哲もないポスターが何故かアズサにはとてつもなく大きくて恐ろしい物のように思えて目を逸らすことができなかった。しかしこれまで彼女を苦しめてきた数々とは何かが違った。むしろ鎖を打ち砕いて彼女を開放するための
彼女は大槌で全身を強打されたような衝撃を受けたがそれは決して好まざるものではなかった。荒療治には痛みが伴うものだ。彼女はそう直感した。
ここに行かなければ。その一念のみが少女の脳裏を支配した。新設学校に行けば、学校の設立される連邦本国の首都に赴けば、何かが変わるということを彼女は知性ではなく本能で知っていた。
自分ではどうしようもないこの現状が良くなるかもしれないという気持ちももちろんあった。しかし彼女はそれ以上に知りたかった。彼女が何を欲しているのかということを。
もはや渇望は
もう何も彼女を止めることは出来ないように思われた。アズサは公募に記された入学試験の日時と住所を震える手に書き写してサンダルであるのを構わず夕闇の中を家に駆けて帰った。
-人物等の紹介-
アズサ ヨウミョウ(養明梓)
本作の主人公、連邦東部の一民族の娘。当話で15歳。12月8日生まれ。大家族の小地主の三女
連邦
大陸の大部分を統治する巨大な国家、千年以上に渡って数多の民族と宗教を従えてきたが近年その不安定化が著しい
連邦本国
連邦の中核となる国。本国人はかつて征服等により連邦を築いた民族の末裔で現在も統治の実権は彼らが握っている。
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