第23話あなたの思い出を閉じ込めて?

「つきましたわ!」


とんとんと石だたみを踏んで、ニノンが振り返る。オスローにずっと抱き上げられていたアディリィがわあ、と目を輝かせた。


「素敵なお店です! お花いっぱいで綺麗……」


「もう少し近くに寄ろうか」


「あ、ありがとうございます!」


入り口に植えられた花に顔を近づけて、彼女はその甘いにおいを堪能する。そんな二人は、さながら親子のようだ。しばらく花と戯れてにこにこしていたが、いい加減こんな入り口に居座るわけにもいかないので五人は店内へ入った。


「こんにちは、何をお探しですか?」


出迎えてくれた女性に、軽く会釈する。


「ごきげんよう。わたくし、首飾りを探しているの」


ニノンがいつもの調子でそう答えてしまったものだから、女性は慌てて頭を下げた。


「し、失礼いたしました、貴族の方だったとは……」


あの上品な言葉遣いであれば、誰だってそう思ってしまうだろう。実際ニノンは、貴族などではないのだが。


「顔をお上げになって。わたくし、貴族ではありませんわ。それにこの通り。家族と遊びに来ただけですの。この話し方は普段からの癖ですから気にしないでくださいませ。ね?」


「そう、で、したか……」


かなり大きめでほっと息をついた音が聞こえた。冷静に考えなくてもはた迷惑な客である。


「首飾りをお探しですね。お客様用ですか? それともお土産に?」


平常心を取り戻した女性が何やら箱を漁りながら、尋ねる。ニノンは、そんな彼女にわかりやすいように、ぱっと後ろを向いてぐるりと全員を指さした。


「わたくしと彼女たちに、ですわ。あの男には腕輪でも見繕ってくださいませ」


突然のあの男呼ばわり。そんなことするからアディリィが不思議そうにオスローの顔を見上げてしまったではないか。


「かしこまりました。皆さんでおそろいのものがいいでしょうか? それともそれぞれにお似合いのものにいたしましょうか」


「それぞれに似合いのもの、ですわね。まずあの子から選んで差し上げて?」


一番初めに選ばれたのは、アディリィ。まさか自分の文もあるだなんて、思っても見なかったのだろうか。彼女は目を大きく見開いて固まってしまった。


「あら、どうしまして? 早くこちらにいらしてくださいませ?」


あまりにも困惑して彼女が動かないので、痺れを切らしたニノンがオスローの腕から彼女を奪い取る。


「何を呆けていますの。わたくしがあなたの分を用意しないとでも?」


「あ、え、いえ、その、私は……」


昨日会ったばかりで、あなたとは何のつながりもなかったのだから。もうすぐ帰らなくてはならなくて、帰ってしまえば二度と会うことはないだろうから。続く言葉はわからなかったが、なんとなく言いたいことは察せた。赤の他人の自分のために、どうしてこんなことを。


「いいですことアディリィ」


飾りを試す用の椅子にアディリィを座らせ、ニノンは彼女の頬を両手で包んだ。マシュマロみたいに心地いい、柔らかい肌。


「わたくしはあなたとの思い出が欲しいのよ。わたくしがここであなたにこれを贈れば、あなたの記憶にわたくしたちは残るでしょう。わたくしたちも同じ。あなたに出会ったことを、形にして残しておきたいのですわ」


アディリィの瞳から、涙はこぼれなかった。けれど、今にも泣きそうな顔をしていた。きっと、リゼルやニノンたちは、家に帰れば自分と出会ったことなど過去の話として忘れてしまうだろうと思っていたから。そして、自分との思い出が欲しいだなんて、一度だって言われたことがなかったのだ。


「嬉しい、……」


絞り出すように呟いたその言葉は、全員の耳にちゃんと届いたようだ。リゼルもリアも、にっこりと微笑む。オスローまで、笑ってはいなかったものの纏う空気が緩んでいた。


「さあ、選んでしまいましょう? この子にはとびっきりのを選んでくださいませ!」


そばで聞いていた女性はこの会話にぐっと来たようで、絶妙な表情をしていた。どんな表情だ、それは。


「では失礼しますね。まずはこちら! 白い貝殻の首飾りです」


意気揚々と彼女はアディリィに首飾りを試していく。貝殻一つの素朴なものから、きらきら光る透明の石がついたものまで。見立てていたものはだいぶ試して、最後の一つを手に取った。


「最後はこちらです! バーベナって言うんですよ、綺麗でしょう?」


バーベナ。たくさんあるところにはあるが、とれる場所は少ないため珍しい、淡いピンク色の貝殻だ。アディリィの髪の色がピンクブロンドだからか、余計に彼女に似合うような気がした。


「どう? アディリィ。気に入ったのはありまして?」


ニノンがにっこりと問いかける。そんな問いに、彼女はもちろん、心の底から嬉しそうな顔をして、こう答えたのだ。


「私、これが一番好きです! きらきらしてて可愛い色で、眺めているととってもあったかい気分になれるの。優しくって嬉しいな」


――――――――――――――――――


みんなで無限にきゃっきゃしててくれ。

次の更新予定日は一月十八日です

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