第21話ははとむすめ

大遅刻ですごめんね


――――――――――――――――――


「んー……」


柔らかな、風に揺れる葉の音。窓から差し込む眩しい光に眠い目をこすって起き上がったアディリィは、その瞬間大声をあげた。


「っあ、もうこんな時間!?」


どうしよう、早く支度をしないと。そうやって寝台から出ようとしたが、それはかなわなかった。だって隣に寝ていたリゼルとニノンが彼女の体をがっちり抱きしめていたのだから。


「そ、うだった……」


そうだ。今日は、彼女は自分の家にいないのだ。だからわざわざ朝早くに起きて、母親の機嫌を確認する必要もない。少し安心してほんと息をつくと、アディリィは再びベットに潜った。しみついてしまった週間のせいで眠れるわけではないから、隣に眠る少女たちの顔をまじまじと見つめる。


「……お姉さま、……」


そう口に出し、小さく笑う。アディリィにはもともと、兄がいるはずだった。異母兄弟だけれど。一度も見たことがないけれど。彼女の母親が憎んでいる相手だ。もし姉がいれば毎日、こんなふうだったのだろうか。では兄がいればオスローのような? きっとリゼルたちがいれば楽しい毎日が送れるだろう。実現することの無い妄想を浮かべて首を横に振る。アディリィの母親はアディリィ自信が機嫌を取るしかないのだ。



「ふあ、おはようアディリィちゃん。早いのねえ」


三人の中で一番に目覚めたのはリアだった。ぼーっと寝顔を眺めていたアディリィは慌てて姿勢を正す。


「お、おはようございます」


「あら、そんなに緊張しなくってもいいのよ? 朝から日差しが気持ちいいわ」


ふわりと笑って彼女は寝台を降りる。


「降りていらっしゃい? 着替えましょうよ」


「あの、私……」


おりたいけれど降りられないのだ、と言おうと口を開いたら、リアは笑いながら彼女に巻き付くリゼルとニノンの手を外してくれた。


「二人とも意外とお寝坊さんなんだから。ほらここに座って、髪を整えるわね」


彼女のピンクブロンドに櫛が通る。彼女の緩いウェーブがかった髪は、本当に綺麗なのだ。続いて昨日来ていた服を洗っていたのを着せて、リア自身も着替えた。


「朝ごはんになりそうなものを買ってこようと思うんだけど、アディリィちゃんもいく?」


「いいんですか?」


突然のお誘いに彼女は目を輝かせる。自分よりもずっと年の離れた人と買い物に行く。初めての経験だ。


「だって一人でずっと待ってるのはつまらないでしょう? 置手紙を残していきましょうね」


さらさらと残りの三人にあてた一言を書いて、リアはアディリィの手を取った。


「さあ行きましょうか」



屋敷の外に出ると、街は活気にあふれていた。ちょうど店が開店したところらしく、あちこちで楽しそうな会話が広がっている。


「卵とお野菜とチーズが欲しいの。どこにあるかしら?」


「卵、あっちに売ってます!」


いち早く店を見つけたアディリィがその方向を指さした。


「まあありがとう。私ったら未だにお買い物でものを探すのが苦手なのよ」


困ったわねえ、と呟きながらリアは店主に声をかけた。


「卵を六つ頂けるかしら」


「いらっしゃい、卵六つだね。おや、見ない顔だがどちらさんだい?」


不思議そうにそう尋ねる店主。リアがにっこりと笑う。


「ここの海を見に来たの。とても素敵ね」


「本当かい? それは嬉しいねえ。あんまり有名なところじゃあないからね。よその人間は滅多に来ないのさ」


「まあ、それではみなさんきっと損していらっしゃるわ」


彼女の柔らかい雰囲気につられて会話に笑い声が増えていく。いいな、とアディリィは思った。自然に会話に花が咲く。そんな、そんなこと、自分の家ではめったにない。可哀想な人。権力なんてなくったって、リアたちは輝いている。


「そろそろ買い物に戻るわ。ありがとう」


「こっちこそ楽しい話が聞けて良かったよ。またここにも来ておくれ」


やっと卵を買い終えて、今度は二人は野菜を目指して歩き出した。


「ごめんなさいねえアディリィちゃん、一緒に行きましょうって言っておいてすっかり放って置いちゃって……」


先程のことだろうか。申し訳なさそうに眉を下げたリアに、アディリィは笑いかけた。


「いえ、私にはなんだか新鮮で、聞いているだけでも楽しかったです」


きゅっとつないだ手に力を籠める。するとリアは嬉しそうな表情を浮かべた。


「さあ、早く終わらせて帰りましょうか」


このまま穏やかな日が続けばいいのに。柄にもなく変な想像をしてしまって、アディリィは急いでそれを頭の外へ追い出す。手の届かないものに手を伸ばしたって意味がない。これは束の間の夢なのだ。あの家をなんとかできるのは自分だけなのだ。



「さあリーゼちゃんに二ノンちゃん、そろそろ起きないと一日が終わってしまうわよ?」


寝台の淵に腰かけて、リアが眠る二人にそう告げる。その瞬間ふたりはがばりとおきあがった。


「も、もうそんな時間ですの!? 気が付きませんでしたわ。一人で目を覚ますのに離れておりませんの!」


「昨日夜更かししたからだわ! どうしましょう!」


慌てる二人が面白い。


「まだ大丈夫よ。でも朝食が覚めてしまったら美味しくないわ。ね?」


微かに香る朝食の匂いに二人は一気に笑顔になった。


―――――――――――――――――


にこにこ仲良し。

次の更新予定日は十二月二十八日です!

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