第14話救えなかった
「え、えっと、どういうこと……?」
困惑しながらリゼルはニノンに聞き返した。まさか味方だとか、応援だとか言うことを言われるとは思ってもみなかったからだ。
「そのままの意味に決まっておりますわ。わたくし、あなた達には幸せになっていただきたいのよ」
なんだか少し含みのある笑顔を浮かべて、彼女はそう言った。その瞳から、何かを思い出しているようにも感じとれる。
「ね、あなた、オスローがどうしていつもあんなに無愛想な表情をしていると思いまして?」
「んー……私には分からないわ……」
少し悩んだあとリゼルは返した。特に何も思いつかなかった。強いて言うならそういう性格だから、と。だが、ニノンは首を横に振った。
「オスローにはね、母親がおりませんの」
そんな、とても重い言葉を告げながら、彼女は窓から広がる青空を見上げた。綺麗なモスグリーンの瞳が、柔らかい太陽の陽射しを受けてきらきらと、悲しげに光っている。
「オスローが産まれてすぐ、彼の父親に手酷く捨てられたそうですわ。きっと死んでしまったでしょう」
「そんな……」
知らなかった。リゼルはそんなことを。オスローはいつだって自分のことは語らない。それが自分が信頼されていないからなのか、ただ誰にも話したくないだけなのかは分からなかったが、ニノンの話は彼女の心にぐさりと刺さって抜けなかった。
「彼の父親はその後すぐに別の、可愛らしい女性を娶った。わたくしの伯父ながら酷い方だと思いますわ。そして彼は僻地に追いやられた」
ニノンが、儚げに微笑みながらリゼルの方を向いた。それはとても、綺麗で幻想的な光景だ。
「わたくしはね、わたくしは、オスローを救えなかったの。固く心を閉ざしてしまった彼に、わたくしの声は届かなかった。わたくしは彼のために何も出来なかった。幼すぎて、大人たちの決定に反抗できなかった」
リゼルの瞳が、少しだけ潤む。涙を流したくなくて、彼女は唇を噛んだ。
「お父様にもお母様にも、近づかない方がいいと言われた。わたくしまで彼の継母に標的にされるから、と。そのうち伯父は病気で亡くなって、オスローが跡を継いだ。継母の子供はまだ幼かったから。彼女たちは辺境へ送られた。わたくしはその時、」
一息ついて、彼女は続ける。
「わたくしはその時、喜んでしまった。自らの伯父が亡くなったというのに、わたくしは良かったと思ってしまった。これでは伯父とわたくし、どちらが酷いのか分かりませんわ」
そうしてニノンは少しの間目を伏せて、そしてにっこりと笑った。
「わたくしの話ばかりしても何も面白くありませんわね。それでね、リーゼ。わたくしはあなたに会った。あのオスローが、毎日のように会いに行くあなたに。あなたなら、オスローの孤独を癒してくれる。わたくしはそう思った。あなたの幸せのために。彼の幸せのために。わたくしはあなたの恋を応援したい」
「ニノン……」
リゼルにとって、それはとても重い話だった。そんなことを経験した事の無い自分にとって、それはあまりにも重責だ。だがニノンはぎゅっと彼女の手を握った。
「重く考えなくていいの。彼は絶対に話さないだろうから、わたくしの口から言っただけ。あなたに特別な何かをして欲しいとかではなくて、ただあなたに、彼の隣にいて欲しいだけ。だって彼の隣は、誰よりもあなたがお似合いですもの」
「本当に?」
恐る恐るリゼルが聞き返す。
「ええ、本当よ。それにね、私があなたの恋を応援したい理由はもうひとつあるの」
今度は彼女は、悪戯好きの子供のような笑顔をうかべた。
「わたくしね、お話を書くのがとても好きなの。あなたとオスローの恋のお話が、わたくしの心に火をつけたのよ。ぜひあなたたちを題材にお話を書いてもよろしくって?」
その生き生きとした瞳に勝てなかったのか、リゼルは苦笑しながら答えた。
「もちろんよ。素敵に書いてね」
「オスロー、わたくしやっぱり帰りたくありませんわ」
一回のテーブルに戻ってきた二人が、席につく。そしてそうそうにニノンはオスローに向かってそう言った。オスローがお茶を吹きかけた。ぎりぎりセーフ。
「滞在期間は二週間だと言っていただろう。叔父上達に迷惑がかかるから予定通り帰れ」
「嫌ですわ! お父様とお母様ならわたくしが説得してみせますわ! わたくしはここが気に入ってしまいましたの!」
どうやらニノンは一度決めたら何がなんでもやり通す性格らしい。人の家で自分のいとこと言い合いを始めた。先程までのしおらしい態度はどこへ行ったのか。
「あなたの声だって、十分すぎるぐらいオスローに届いてるじゃない」
そんな様子を見ながらリゼルはぼそりと呟く。少し呆れたように笑いながら。
「わたくしはリーゼともっと仲良くなりたいのですわ! せめて一ヶ月まで期間を伸ばしてくださいませ!」
「無理だ。お前に叔父上達が説得できるとは思えん」
「できますわよ! リーゼもそう思うでしょう? ねえ?」
突然話を振られリゼルが慌てる。どちらの肩を持てば、と一瞬迷ったが、彼女はオスローににっこりと笑いかけた。
「私ももう少しニノンと一緒にいたいわ」
「っ! し、仕方がないな……」
自分の言うことには反対するくせにリゼルの意見は聞き入れる自分のいとこを見て、彼女はくすりと笑う。ニノンはオスローとリゼルがお互いのことを好きなことを知っているのに、知らないふりをしているのだからこの状況を一番楽しんでいるに違いない。
――――――――――――――――――
ちょっと重くなっちゃった
私が書くの楽しかったから問題ないです。話が私の予想外の方に行ったので私の責任じゃないですね。
ニノンちゃんとは仲良くなれそうだ。
次回の更新は明後日です!
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