第9話廊下に咲く満開の花

「はあ~、可愛いのねミアちゃんったら。こっちにおいで~!」


「セリ~! 今日も元気いっぱいね。可愛い~!」


朝から飼いねこと飼いりすの可愛さに癒されているリアとリゼル。リアはミアのふわふわの白い毛を撫でながら、リゼルはセリの頭を撫でながら、頭の上にハートマークを無数に飛ばしている。


「セリ、おなかすいたの? はい、朝ごはん」


さっきからずっとこの調子である。いい加減自分たちの朝食を準備したらどうなのか。


「あ、そうだお母さん」


何か気になったのか、リゼルはリアのほうを向いた。どうしたの?とリアは首を傾げる。


「セリのご飯、木の実はもちろんだけど麦までいいの? お母さん意外とすごいのね」


「あら、もちろんよ~ 可愛いねこちゃんとりすちゃんのご飯なんだから~!」


平然とした表情でそう言い放ったリア。だが普通の庶民が飼いりすに麦をあげることなんてめったにないし、そもそもねこもりすも飼うことなんてできない。二匹同時だなんてお金がかかるから。


「お母さん、素敵な布つくるものね……きっと高値で売れるんだわ。私もお母さんの織った布のドレス着てみたいわね……」


ぼんやりと呟きながら彼女は朝食を作るためにりすの元を離れる。


「綺麗なピンク色のドレスでね、フリルがいっぱいついていて、お花がちりばめられてるの。毎日そんなドレスで過ごせたらきっと楽しいわ」


そこまで想像してから彼女ははっとした。首を横に振りながら先程より早い速度で歩き出す。


「何言ってるのかしら、私ったら。もうあんな堅苦しい鳥籠の中には戻らないと決めたでしょう。ドレスなんて、もう着る機会もないわ」


リゼルに王宮に戻る気はない。だから、もう毎日ドレスを着て生活なんて無理だ。わかっているはずなのに。窓の外を眺め、自分のスカートを見る。


「もし、もしあの人と……」


ふわふわの、リアがくれたスカート。回るたびに花が咲くように広がって、まるでドレスのよう。


「無理ね。だって今の私では……つりあわないものね……」


とびきり悲しそうな顔で、彼女は呟いた。遥か昔に感じる王宮にいたころに、夜会で踊ったワルツのステップを踏みながら。


「あの時はお父様と踊ったんだわ。きらきらの宝石がたくさんついた重いドレスを着て。一回踊っただけで疲れてしまって、ずっと座っていて退屈で」


くるくると満開の花が咲く。狭い廊下で、そのワルツは優雅に美しく咲き誇る。


「お母さんの織った布で作ったドレスならきっともっと踊れたわ。あんなに軽いのに丈夫だもの」


だんだん楽しくなってきてずっとそこで踊っていたリゼルは、ふと踊るのをやめた。


「……ここから先、どんなステップだったかしら」


何度も踊りなおすが、そこから先が思い出せない。練習しないと忘れてしまうのね、と彼女はため息をつく。


「朝ごはんつくらなくちゃ」


思い出すのは後回しにして、彼女は台所へ向かった。誰もいなくなった廊下に、リアがそっと足を踏み入れる。


「いまの……あの子、ワルツが踊れるなんて……」


その反応は当たり前だ。普通庶民は踊れない。どんなものかも知らない人がほとんどなのだ。


「続き……」


自分のスカートの端をそっと持ったリアはこの上なく優雅に一歩踏み出した。再び廊下に花が咲く。それは、ワルツだったのかただ回っているだけだったのか。



「私もねこを飼ってみたのだが、存外いいものだな、ねこというのは」


今日も家にやって来たオスローは開口一番にそういた。呆れたような顔でリゼルは彼に問う。


「ねこを飼った? あなたが?」


「なんだ。いけなかったか?」


不思議そうにそう返したオスローに彼女は口ごもる。


「悪いなんて言ってないわよ……その……連れてきてくれたらミアとお友達になれるかしらと思って……」


「奇遇だな。私もそう思って連れてきた」


彼の足元から黒猫が顔をのぞかせる。


「かっ、可愛い……! 名前は?」


「フェリクスだ」


「フェリクス! かっこいい名前!」


滅多に見ることのできないリゼルの嬉しそうな顔にオスローは少し笑う。


楽しそうにしているからか、遠くの方で見ていたミアがそっと近寄ってきた。リゼルの足元に座ってフェリクスの方を覗き込むミア。それに気が付いたフェリクスはミアの隣にやって来た。


「もう仲良しなの? 早いわね」


くすくすと笑いながらリゼルは二匹を眺める。いきなり、ミアがずっと眺めていたフェリクスから視線をそらした。この様子は絶対に意図的にやっている。フェリクスはその視線の先に回り込むもミアはまたそっぽを向いた。


「あら、ツンデレちゃんなのね。可愛いわ~」


「飼い主とそっくりだな」


「何ですって!? 私は別にツンデレじゃないわ!」


そうはいっているが、リアはリゼルのことをツンデレだと思っている。そんな微笑ましい様子を見ながら、リアは笑った。花の綻ぶような、可憐な微笑み。

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