第8話りすとねこ

「わ~!」


「わあ~!」


仲のいい母子は顔を見合わせた。


「「この子可愛い~!」」


二人が瞳を輝かせ見ていたのは真っ白いねこ。アクアマリン色の目をしたこのねこは、リアとリゼルを虜にしてしまったらしい。


「その子にするかい?」


そばでその様子を見ていた店員が声をかける。二人は昨日言っていた通り猫を探しに来ていた。りすは今から見に行くらしい。


「この子にします!!」


部屋から出てきたねこを抱いて、リアはとんでもなく幸せそうな顔をする。


「もふもふ~!」


「お母さん、私も!」


リアに渡されてねこを抱き上げたリゼルはとろけるような微笑みを浮かべた。


「癒される~!」


大人しいねこのようで、全く嫌がる様子がない。自分の髪を止めていたシフォンのりぼんを外し、リアはねこの首にゆるく結んだ。もともと綺麗だったねこがさらに綺麗に見える。


「名前、なににする?」


「うーん……」


数秒考えこんだ二人は、同時に声を上げる。


「ミアはどう?」


「ミアってどうかしら?」


全く同じ名前を口にしたリアとリゼルは、顔を見合わせてふきだした。くすくすと笑いながらりすのいるところへ向かう。


「おんなじ名前だなんて偶然ね」


「きっと心が通じ合ってるんだわ。ねえ、ミアもそう思うでしょう?」


ミアは、特に興味も示さずごろごろと喉をならした。



「この子なんて可愛いの〜!」


「可愛すぎるわ〜!」


先程と同じく、二人は1匹のりすの虜になっていた。本当に仲良しだなあ、と店員が笑う。


「この子でいいかしら?」


「もちろん!」


鳥籠を受け取り、支払いを済ませた二人は家に帰るため歩き出した。


「なんて言う名前にしようかしら?」


「そうねえ……」


また二人は考え込む。数秒後、何かを思いついたように二人は顔を上げた。


「「セリはどうかしら?」」


またもや同じ名前を叫び、二人は笑い出す。ここまで揃うものなのか。


「すごいわ、同じこと考えてるのね!」


「セリちゃんに決まり! 2匹とも可愛いわ〜!」


にこにこと笑うリアとリゼルが、一番可愛い。



「あら、いらっしゃい!」


昨日一日休んだからだろうか。夕方にやってきたオスローを、リアは嬉しそうな顔で迎え入れる。


「ねこちゃんとりすちゃん、もういるのよ。見ていく?」


「ああ」


家に上がったオスローは、ねこと戯れているリゼルに近寄った。


「名は何というんだ?」


「ふあ!?」


いきなり声をかけられたリゼルは、驚いてびくりと肩を揺らす。慌てて平静を装った彼女はオスローを睨みつけた。


「いつ来たのよ。びっくりするでしょ!?」


「今さっきだ。綺麗な猫だな」


綺麗な猫。その言葉を聞いたリゼルの心はなぜかざわつく。綺麗という言葉がねこに向けられたものだから? それは誰にも分からない。


「綺麗なのは当たり前だわ。お母さんと私の飼いねこだもの。ミアっていう名前よ。りすのほうはセリよ」


「ほう、ミアとセリか。いい名前だ。どちらが付けたのだ?」


ほんの少しだけ彼は笑う。そして、リゼルの隣に座りミアの頭を撫で始めた。


「お母さんと私、二人とも同じ意見だったの。すごいでしょう?」


ミアがリゼルの膝の上にいるので、オスローがミアを撫でる動きが伝わってくる。さっきまでは不服そうな顔をしていた彼女は満更でもなさそうな面持ちである。


「しかし、ねことはこれほど触り心地の良い生き物だったのか。私も飼おうか」


「ミアにお友達ができるわ」


嬉しそうにリゼルも、ミアを撫で始める。こんな威圧感あふれる近衛騎士がねこを飼って果たして懐いてくれるのかは分からないが、少なくともミアは懐いているようだ。あまりにもミアにばかりかまっているからか、鳥籠から抗議の鳴き声が聞こえた。ような気がした。セリが、じっと二人の方を眺めている。


「あら、セリったらミアにやきもちを焼いてるの?」


面白そうに笑いながらリゼルはセリに近づく。隙間から手を入れ、彼女はそっとセリを撫でた。


「セリの毛並みも綺麗なのよ。触ってみたら?」


「そうなのだな」


オスローが鳥籠に近づいた。そっとセリを撫でた彼は自分の手を見ながら呟く。


「確かに綺麗だ」


綺麗。きれい。その言葉がリゼルの頭の中をぐるぐると回っていた。私は? 私の髪は綺麗? そう思ってから何を考えているのだろう、と慌てて忘れようとする。でもそんなことは無理だ。綺麗と言ってくれないだろうか。

ふいに、彼女の頭になにかが触れた。大きくてがっしりとした手が、そっと壊れ物を扱うかのように動く。


「え……?」


「ほう……」


威圧的な薄笑いだったけれど、リゼルにはそれが優しい微笑みに見えた。


「お前の髪も、触り心地がいいな。綺麗だ」


「な、何よ、褒めても何も出ないわよ!?」


慌てて取り繕ったが、彼女の驚いたような嬉しそうな顔はしっかりオスローに見えていたと思う。


「綺麗と褒めて何が悪い。素直に感想を述べただけだ」


そう言われた彼女はあまりにも嬉しすぎて、でもそんな顔を見られるのは恥ずかしくて、そばにいたミアを抱きしめて何とかやり過ごした。


―――――――――――――――――


なぜかリゼルがツンデレになってる。どうして。

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