第6話森

「リーゼちゃん、準備できたー?」


キッチンの奥の方から明るい声が聞こえてくる。


「うん、できたよ!」


荷物を準備していたリゼルは元気よく返事をした。今日は遊びに行く日。あとは、オスローが来るだけである。


「お外見てきてくれる? そろそろ来ると思うの」


「はーい!」


玄関の扉を開け外に出たリゼルはまだオスローが来ていないこと確認して市場の方に歩き出す。


「リーゼちゃんだ!」


「やっほー!」


先日あった友達の二人が、彼女に話しかけてきた。二人とも満面の笑みで彼女を見つめている。その笑顔にリゼルは嫌な予感がした。


「今日あの人と二人でデートなんでしょ?」


「違うわよ! お母さんが一緒にどう?って言っただけ! 二人だけじゃないから!」


ひやかすように言った少女の言葉にリゼルは慌てて訂正を入れる。だが二人はにやにやと笑いながら言った。


「もー、恥ずかしがらないでいいのに」


「あの人来てるよー?」


二人の言葉に勢いよく後ろを振り返ったリゼルは向こう側から歩いてくるオスローの姿を見て走り出した。最後に二人の少女に本当に違うのよ、と言い残して。


「あら、今日も軍服なのね」


「ほかに持っていないからな」


特に何かあるわけでもないのに軍服を着てきたオスロー。騎士は毎日軍服しか着ないので私服は持っていないらしい。それを聞いたリゼルは呆れたような表情を見せた。


「それしか持ってないって、ほんとに大丈夫なの? まあいいわ。お母さんが待ってるから早く行くわよ」


二人が並んで歩きだす。少し離れたところから、やっぱり仲いいんじゃないというように二人を見つめている少女たちがいた。



「お母さん、連れてきたわよー!」


「ほんと? よく来たわね~!」


見るからに嬉しそうなその表情。自分のもとにリゼルとオスローがいるだけで大喜びしてくれるというのなら二人にとってそれはそれは嬉しいことに違いない。


「じゃあ行きましょうか。娘と遠出することが夢だったの~! それなのに騎士さんとも一緒に行けるなんて二つ同時に夢が叶っちゃった!」


はしゃぎまわるリア。はたしてどちらが子供なのか……これではまるでリゼルとオスローの子供のように見える……

三人は家の裏手の道から坂道を登り始めた。柔らかな風が吹き抜ける。


「最近こっちに来てなかったから懐かしいわねえ」


感慨深そうにリアが言った。リゼルも周りの様子に興味津々である。そんな二人の様子を見てオスローは微かに笑った。


「本当にそっくりな母子だな」


「そう?」

「そうかしら?」


二人が同時に振り向く。その不思議そうな顔は本当にそっくりだ。本当の母子ではないはずなのに。

そのまま三人は歩き続け、やがて森の開けた明るいところに出た。あたりには色とりどりの花が咲き誇っている。


「わあ、お母さんこんなところ知っていたのね。素敵。お花がいっぱいだわ!」


その光景を見てリゼルは走り出した。こんなところ来たことがない。王宮にいるときはもちろん、ここに来てからも。


「あんまり遠くに行っちゃだめよ?」


「わかったわ!」


リアの忠告を聞き、リゼルは周囲の探索を始める。森なんてうっそうとした場所というイメージしかなかった彼女にとってあまりにも新鮮だったから。彼女は動物なんて鳥や猫ぐらいしか実際に見たことがなかったし、野生の動物など存在を知りもしなかった時もあった。ちなみにずいぶん最近までその存在を知らなかった。


「えっと……多分あのちっちゃいのがりすよね。ならあれは……うさぎ……?」


いたちである。


「あ、あれがくまかしら? 話に聞いていたより可愛くておとなしそうだわ~!」


きつねである。どうやら話し手の話を半分も聞いていなかったようだ。

それはさておき、あまりにも初めて見るものばかりですっかり興奮していた彼女は先程の場所よりずいぶん遠くまで来てしまっていることに気が付いた。ついさっき遠くに行くなと言われたばかりなのに、と焦って戻ろうと踵を返す。


「えっとここは通ったから……あれ……?」


先程の場所とは打って変わって木々が生い茂り暗くうっそうとしている。彼女は、半分迷子になりかけていた。帰るべき邦楽はわかっているのにどうすれば帰りつけるのかが分からない。


「おかしいわね……でもこのままいけばつけるはずよ!」


謎の確信を持ったリゼルは落葉で滑らないように気を付けながら歩き出した。だんだんとあたりが明るくなっているような様子だからきっともうすぐそこだろう。


「確かこっちでしょう?」


くるりと大きな木を回る。目の前に、リアたちの姿が見えた。


「お母さん!」


帰ってこられて安心したのだろう。彼女は、自分の目の前が小さな崖になっていることを知らない。

彼女の足がそこに差し掛かる。


「危ない……!」


咄嗟にオスローが走り出した。回り込まないと助けられないので間に合うかは分からないが……と思ったが、少し強い風が吹いたせいでリゼルのスカートが木の枝に絡まる。


「きゃあ、スカートやぶれちゃう」


「リーゼ、そのまま動かないでくれ……!」


もうすぐで、手が届きそうだから。



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