第4話ここは、安心する場所。
「とにかく! 私は今から朝食なの。なんでこんなに食事のタイミングで来るのかしら?」
前回は昼食前。今回は朝食前。騎士団で食べなくていいのか。リゼルはため息をつく。
「お前がそのタイミングでしかここに来ないからだろう」
「確かにそうだけど……!」
彼女は確かに食事の前にしか市場に来ない。たまに来ることもあるのだが、大体いつも同じである。
「とっ、とりあえず何も用がないのなら帰ったらどうなの? 仕事朝から忙しいんでしょ」
「忙しいから朝来た。問題ない」
なにがよ! 心の中で彼女は叫ぶ。だがそこまでしてきたのならこのまま追い返すわけにもいかないと思ったのだろう。呆れ顔で彼女は彼に言った。
「また寄って行ってもいいわよ」
「リーゼちゃんおかえり~! あら、またお会いしたの? 偶然ねえ~!」
家に帰ってきたリゼルを満面の笑みで迎えたリア。隣にオスローがいるのを見た彼女はさらに嬉しそうに笑った。そんなに喜ぶものなのか……と思いつつお母さんが喜んでくれてるなら連れてきてよかったのかもと少し笑うリゼル。なんだかよく分からない空間である。
「そうだ、昨日買ってきたケーキがあるのよ。私たちはこれから朝ごはんだけど一緒にどう?」
「ちょ、ちょっとお母さん!?」
「ではお邪魔させてもらおう」
相変わらず何の遠慮もない…… 不服そうな顔をしながらリゼルは朝食を作りにキッチンへ向かった。
「リーゼちゃん可愛いわねえ。あなたもそう思うでしょう?」
突然話を振られたオスローが少したじろぐ。
「……まあ……」
ごまかすように彼は答えた。リアがにっこりと微笑む。
「お母さーん! ちょっと手伝ってー!」
「は~い、今行くわ~」
一人残された彼は、小さくため息をついた。遥か昔を思い出すような表情で。
「家族がいたら……このような感じだったのだろうな……」
家に帰れば母親が笑顔で迎えてくれて、終始笑いが絶えなくて。だがその様子を少しだけ想像してから彼は首を横に振った。
「いや……それは……たとえ家族がいたとしても――」
「ちょっと何してるの? 食べないの?」
いつの間に来たのだろう。彼の顔をじっとリゼルが見上げている。その様子を見て彼は面白そうに笑った。
「なになに!? 何かあるの!?」
「いや、何もない。行こう」
多分、リゼルの頭の中は大混乱だと思う。
「お母さん、このケーキ美味しいね~」
「でしょう? 私ここのケーキ大好きなの」
「確かにそうだな」
昨日帰りにあの通りの店で買ったケーキ。王都・貴族街で人気があり、連日多くの人が買いに来る。だがオスローは知らなかったようだ。
「家族というものは存外悪くないものなのだな」
ぼそっと呟いた彼は、優しい微笑みを浮かべた。いや、優しくはないかもしれないのだが、いつもとは違った雰囲気なのだ。刺すような冷たい薄笑いではなく、どことなく不器用でぎこちない笑顔。きっとこれが今できる彼にとっての最上級の微笑みなのだろう。
「なによ……そんな顔も出来るんじゃない……」
誰にも聞こえないぐらい小さな小さな声でリゼルは言った。若干赤面したその顔を隠しつつ、ばれないように極力大きな声でリアに話しかける。
「お母さん、一口いる?」
「まあいいの? ありがとうリーゼちゃん」
嬉しそうに顔を輝かせるリア。まるで本物の家族のように感じられるのはきっとこのあたりを探してもこの家だけだろう。
「そろそろ仕事に戻る。いきなり来たというのに優しく出迎えてもらえて感謝している」
「また来てね~」
彼を送り出した後片付けをし始めたリゼル。そんな彼女にリアが声をかける。
「リーゼちゃん、あの子律義に次の日の来るだなんて面白いのね」
「そう? 見た時びっくりしたのよ」
あらあら、とリアが笑った。つられてリゼルも笑いだす。
「あ、そうだわ。あのねリーゼちゃん」
少しの間くすくすと笑っていたリアが急に改まったような表情でリゼルのほうを向いた。
「今度向こうの森に遊びに行かないかしら? 静かで綺麗な場所なのよ」
「もちろん行くわ!」
それはそれは嬉しそうな顔でリゼルは頷いた。満足げにリアが微笑む。
「でね。忙しいかもしれないけどもし予定が空いていればあの近衛騎士くんも一緒にどうかなあって。一緒にいて楽しいもの。いや?」
きらきらした瞳でリゼルを見つめるリア。そんな瞳を前にして断れるような人ははたしてこの世に存在するのだろうか。この状況で嫌だというなんてリゼルには絶対に無理である。というか別に嫌ではないので断る理由がない。
「……お母さんがいいなら私もいい……」
「ありがとう~! 嬉しいわ。もし明日あの子が来たら聞くって覚えておかなくちゃ」
彼は近衛騎士である。大変忙しいはずなので来てくれる可能性は低いのだがリアが嬉しそうなので良しとしよう。別に私だって、来れるのなら来てくれるともっと楽しいし。そんなことを考えながらリゼルは仕事に戻った。
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