第2話近衛騎士

「え、えっと……とりあえず名乗ってくれる?」


彼女が彼のことを見たのは初めてだった。当たり前である。そして、街の誰も彼が何者か知らないようだ。少し笑ってから彼は答えた。


「オスロー。私の名はオスローだ。王宮の騎士団に勤めている」


「へえ」


彼女は少し考え込む。


「貴族?」


「まさか。そんなはずないだろう」


それにしては偉そうな態度だと彼女は思った。平民の中でも裕福であったり多少の権力を持った者はいる。オスローはたぶん、その家の出なのだろう。


「私に何か用が?」


「いやなに、少々気になったのでな。……さっきここに来てからこのあたりが活気づいたような気がして」


リゼルは一瞬、それが私に何の関係が?というように首を傾げた。だが、すぐに気が付いたのか少し笑った。


「私の名前はリーゼ。リーゼよ、オスロー」


そういってから彼女はあっと小さな声を上げた。リアが家で待っていることを思い出したからだ。


「早く家に帰らないと昼ごはんが食べられないわ。またね、王宮の騎士様」


ひらひらと手を振りながら彼女は彼から奪い返したかごを持って歩き出した。家へ向かって数歩歩いてから彼女は足を止める。うんうんと頷きながらほんの少し呆れたような笑みを浮かべて彼女は振り返った。


「あのねえ。なんでついてくるの!?」


「いけなかったか?」


心底不思議そうな顔でオスロ―は答える。そんな彼にリゼルはため息をついた。


「こっちには特に何もないのよ。私は家に帰るだけだし。それに騎士なのにこんなところにいていいの?」


彼女は早く家に帰らなければならないのだ。なのになぜかこの状況である。しかも彼が着ている軍服は紺色。つまり、近衛騎士団の軍服である。近衛騎士団の任務の中に王都巡回は入っていないはずなのだ。休憩時間がそんなに長いはずがないのでいい加減帰った方がいいのでは、と言う感じである。

だが彼は問題ないと言った様子で笑った。


「まだ時間はある。心配しなくてもいいぞ」


「別に心配してるわけじゃないけど」


そして彼女は家に向かって走り出した。


「勝手にしなさい」


と言い残して。



「あらリーゼちゃん、おかえりなさい。遅かったのね。何かあったの……ってあら?」


家に帰ってきたリゼルを見てリアが言った。リゼルが勢いよく後ろを振り向く。


「ちょっ、まだいたの!?」


「勝手にしろと言った」


「そうだけど!」


リアが面白そうに笑う。


「もしお時間があるなら一緒にお昼はどう?」


「ちょっとお母さん!?」



家に入れてもらい少しあたりを見回したオスローが不思議そうにそうに問う。


「狭くないのか?」


「鳥籠よりはましでしょう」


鳥籠。それは窮屈な王宮のこと。広いはずなのに狭く感じる習慣に囚われた金の鳥籠。そんな彼女に彼は笑った。


「鳥籠に住んでいたことでもあるのか?」


「ないわ。だって私鳥じゃないし」


リアの呼ぶ声がきこえる。笑いあっていた2人は話をやめて彼女のもとに向かった。


「リーゼちゃん楽しそうだったわね。よかった」


機嫌良さそうににこにこと笑うリア。リゼルは今まで1度も友達を家に連れてきたことがなかったため嬉しいのだろう。


「なんだかもう1人子供が出来たみたい」


「お母さん!?」


楽しそうに笑ったリアは一瞬だけオスローをじっと見つめた。何かを懐かしむような、そんな顔。そしてまた微笑む。何事も無かったかのように。


昼食を食べ終わった3人は少しだけ話をしてから別れることになった。リゼルとリアが玄関からオスローを送り出す。


「楽しかったわ、また来てね」


「ではお言葉に甘えて」


「ちょっと何勝手に決めてるの!?」


相変わらずリゼルの叫び声は響いているが、オスローは気にせずくるりと背を向けた。少しだけリゼルの方を振り返って彼は笑う。


「また今度」


「なんなのよあなた!」



「もうお母さん、あの人にはさっき会ったばっかりだし別に友達じゃないのよ」


勘違いを訂正しておこうとリゼルがリアに告げる。だがリアは首を傾げた。


「私にはすごく仲が良く見えたわよ?」


「なっ……! た、たまたま道で会っただけだもの。あまりにも私に話しかけてくるから勝手にしたらって言ったらついてきただけなんだから!」


今までにないほど早口でそういうリゼル。そんな彼女を見てリアは何かを察したようだ。


「ふふ、そういうのには素直になったほうがいいのよ」


家の中の掃除をしながらリゼルは考え込む。自分はもしかしてあのよく分からない騎士と友達になりたいの? だが考えては首を横に振っていた。


「いやいや、きっとからかわれてるだけよ。また来るって言ってたけど来るわけないわ。忙しいはずだし、平民だからと言っても貴族にほとんど近いような人のはずだもの」


近衛騎士団なんて平民にとっては雲の上の存在。国王を護る任務の人々なのだ。騎士団の中でも最も位が高い。まあ、私には関係ないわ。そう呟きながら手を休めず掃除を続ける。


「まあもしまた来たならもう少し話してあげてもいいかもしれないわね」


その様子を物陰から見つめていたリアはため息をついた。


「あの騎士の子、また来てくれたらいいのに……」


天井を仰ぎ、彼女は酷く悲しそうな顔をする。


「もしあのまま……私が……それか……」


ぽつりぽつりと呟きながらリアはさっき整えたばかりのテーブルクロスの端をぎゅっと握った。


「今は、あれぐらいに……」


泣きそうなほど弱々しい声。本当に本当に小さな声。だからその声はリゼルには聞こえない。


「ずっと前も今も、きっと私の弱さは変わっていないのね……」


「お母さん、終わったよー!」


リゼルが彼女のいるところを覗き込む。驚いた彼女は慌てて笑顔を取り繕った。


「ありがとうリーゼちゃん、助かったわ」


「これが仕事だもの。なんでもやるに決まってるわ!」


できるだけさっきのことを考えないように。リアは彼女とできそうなことを探し始めた。

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