城出王女と近衛騎士〜王女様は嫁ぎたくないので城出することにした〜
森ののか
第1話王都
「重そうなだな。代わりに持ってやろう」
「え? ちょっ…… 誰!? 別にそんなことしてもらわなくても持てるんだけど!」
いきなり一人の青年に声をかけられ、少女は声を上げる。リゼル・ユリオン。フォルカ王国の第一王女だ。だが彼女は隣国セルゼデート王国の王都にたった一人で町娘に扮して暮らしていた。
――なぜなら、彼女は城出してきた王女だからである。
それは二か月ほど前の話。
「はあ? 隣の国の王と結婚? なんで私がそんなことしないといけないのよ。絶対に嫌!」
フォルカ王国王宮。第一王女と国王、王妃は言い合いになっていた。セルゼデート王国から送られてきた親書。そこにはフォルカ王国の第一王女を妃にしたいと書かれていたのだ。だが本人からすれば顔も知らない者との結婚である。良く思うはずがない。
「お願いだから引き受けて。あなたは王女なの。嫌だからといって断るなんてことできないってわかっているでしょう?」
王妃が優しく諭しても、彼女は嫌がり王と王妃を睨みつける。
「なにようるさいわね! もういい! 王女なんてやめてやるわ! さよなら!」
「リゼル!」
彼女は母親や使用人の止める声も聞かず扉を開く。
「いまさら止めても遅いから」
そのまま彼女は最低限の荷物をつかんで外へと飛び出していった。走りにくいドレスを引き裂き庭園を横切って衛兵のいない抜け道から城の敷地の外に出る。
「さて、どこに行こうかしら。やっぱりセルゼデート王国? ふふふ、私は自由よ!」
満面の笑みで彼女は言った。追手がやってこないうちに国境へと向かう。薄暗い森を抜けて、人々でにぎわう市場を抜けて。時には旅人と話しながら。どんなに疲れても彼女は歩き続けた。この先に新しい生活が待っていると思うと、止まることなんてできなかったからだ。
「ここが……セルゼデート王国……」
巨大な王城と色とりどりの家々。セルゼデート王国の王都に入った彼女は瞳を輝かせた。
「素敵。なんていいところなのかしら」
どこか下宿させてもらえるところはないか探しながら、彼女は歩きだす。一枚の張り紙が彼女の目に留まった。そこには、住み込みで家事や仕事を手伝ってほしいと書かれている。気になった彼女はその家の扉をたたく。一人の女性が中から出てきた。
「こんにちは。何か御用かしら?」
「あの、表の張り紙を見てきたのですが……」
「あら、もしかして引き受けてくれるの?」
嬉しそうな顔で彼女は言った。彼女の名前はリアというらしい。この家に一人で暮らしているそうなのだが話し相手がいなくて寂しかったそうだ。
「どうぞ入って。嬉しいわ。あまり積極的な方ではないからお友達がいなくていつも一人だったの」
優しい優しい包み込むような微笑み。まるで天使か、女神さまのような人だとリゼルは思った。
「あ、そうだ。あなたのお名前は?」
突然そう聞かれて彼女は焦る。
「え、えっと、リーゼ! リーゼです!」
リゼルはとっさにそう言った。それを聞いてリアはまた微笑んだ。
「素敵なお名前ね。それにとても可愛くていい子。これからよろしく、リーゼちゃん!」
リゼルはとても幸せな気分だった。初めて王女としてではなく自分自身を見てもらえたような気がして。
「よろしくお願いします、リアさん!」
“リアさん”という言葉を聞いてリアは少しだけ考え込んだ。
「あの……失礼かもしれないけれどご家族は?」
「え、えっと……」
何と答えたものかとリゼルは口ごもる。真実は話せない。そんな彼女にリアは優しく声をかけた。
「話したくなければ話さなくてもいいのよ。失礼なことを聞いてごめんなさいね」
「い、いえ、大丈夫です!」
自分に気を使ってくれているのだと思うと少し良心がとがめる。だが何を思ったのか彼女はこういった。
「あのね、……お母さんって呼んでもいい? ですか?」
本当に本当に小さな声で。それを聞いたリアの顔がぱっと輝く。
「もちろん!」
彼女は言った。それはそれは嬉しそうな顔で。つられてリゼルまで嬉しい気持ちでいっぱいになった。城出をしてきて早々に自分の居場所ができたから。窮屈な王宮より自由な下町の生活のほうが彼女の性に合っていた。堅苦しい決まりごとに囚われなくてもいい場所が。その日から、彼女のリーゼとしての生活が始まった。飽きることのない毎日。明日を心待ちにしながら彼女は眠りについた。
「おはようございます!」
「おはようリーゼちゃん」
朝から明るい声が響く。リアの手料理を見てリーゼは瞳を輝かせた。そんな彼女を見てリアは微笑む。
「ほんとに可愛いわねえ。早速だけど、ご飯を食べ終わったら一緒に市場に行きましょうか」
「わかりました!」
準備をして二人は市場に向かう。そこは彼女が今まで見たことがないほど熱気に満ち溢れていた。たくさんの人々とたくさんの売り物たち。いろいろなところを行ったり来たりする彼女をリアのみならず周りの人々でまで笑いながら見守っている。
「あの子可愛いのね。どこの子かしら? あなたの娘さん?」
突然聞かれてリアは驚いた。今まで彼女は誰かから話しかけてもらったことはほとんどない。そのせいか彼女は満面の笑みを浮かべながら振り返った。
「昨日から家のお手伝いを頼んでいるんです。ご存じないかもしれませんが張り紙があったでしょう? それで、来てくれたの。でも私は娘だと思っているからそのようにしておいてくれませんか?」
「あら、そうだったの。というかあなた意外と話しやすいわね」
驚いたような表情で彼女は言う。どうやらリアはいつも一人でいてあまり笑わないせいか近寄りがたい人と思われていたらしい。彼女が話しかけたことで周りの人々もリアの周りに集まってくる。
「なんだ、普通の人じゃない。もっと話しかけたりしてくれてよかったのに」
「そうよ、なんでも言ってくれていいのよ〜」
本当は仲良くなりたいと思っていた人々が彼女に話しかけた。その言葉を聞いて彼女の顔は明るくなった。自分と仲良くなりたいと言ってくれたのが嬉しかったのだろう。
「わ、私も仲良くなりたいです! よろしくお願いします!」
そんなリアの様子をリゼルは少し離れたところで眺めていた。ここの人たちは優しい。心が綺麗な人たちなんだな、と彼女は思った。みんなが楽しそうだった。笑いあって時には喧嘩もして。そんな生活が本当にあったのだから。彼女はリアのもとに向かって駆け出す。
「お母さん、よかったね!」
「ふふふ、そうねえ」
リゼルは明るい性格だ。ゆえに誰とでもすぐに仲良くなることができた。今ではすっかり二人は街の人気者である。仲睦まじい母子として有名だった。
そんな夢のような生活が続いて2か月ほどたったある日のこと。彼女はいつも通り市場へ買い物に来ていた。たくさんの品物が入ったかごを持ってリゼルは帰路につく。その時だった。声をかけられたのは。
「重そうなだな。代わりに持ってやろう」
いきなり全く知らない青年にかごを奪われて彼女は声を上げる。
「え? ちょっ…… 誰!? 別にそんなことしてもらわなくても持てるんだけど!」
振り向いた彼女の前にいたのは、下の方で軽く結ばれた綺麗な黒の長髪に真っ青な瞳。今まで彼女が見たこともないほどの美青年だった。
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