【書籍版 試し読み】光合成理論

奈瀬セナ/角川ビーンズ文庫

第1話 第一章 風薫る➀

「ヨーコ」

「なーに」

「先生が呼んでる」

「え」

 昼休み、友人とジェンガをして遊んでいると、その中のひとりにそう言われて注意が逸れた。その瞬間にぐらりとその塔が傾いて派手な音を立てながら崩れる。

 おのれ謀ったな。と、思ったら本当に呼ばれていたらしい。教室の入口に渋い顔をする担任が見えた。

「え、なんですか?」

「お前な……。学校に必要ないものはもってくるなっていつも言ってんじゃん」

「そうですね」

「ジェンガは要らないよな?」

「先生も今度交ぜてあげます」

「ならいいけど。それよりさあ」

 いいんですか。いい歳した大人がノリよく返してくれるところが生徒から好かれる所以なのだろう。ヨーコ、とクラスメイトと同じように呼ばれて顔を上げるとプリントを渡された。

「なにこれ」

『交流イベント参加者随時募集中!』の文字がポップ体で一番上にのっているプリントに首を傾けた。イベント。いかにも自分に関係なさそうなプリントだ。

「残念ながら関係おおありだ」

「いや、関係ないとか思ってません」

「顔に出てるから」

「出してません」

「ていうか、それに参加ね」

「……どれに」

「これに」

 先生の指がプリントの一部を指した。つられてそれを目で追う。"特別支援学校のみなさんと……"、と続くそれ。ああ、なるほど。

「お断りします」

「ヨーコ暇じゃん。他の奴らと違って」

「多忙を極めています」

「いーから行け。ほらこれあげるから、頑張って」

 真顔で言ったのにすぐあしらわれてしまった。この野郎。確かに部活も委員会も入ってない呑気な就職組ですけど。なだめるみたいに飴玉をいくつか手に落とされて、完全に子ども扱いされていると思った。

「じゃあお願いな。"それ"毎回参加者少なくて困ってんだよ」

「……今度なんか奢ってよせんせー」

「おっとこれから職員会議だ」

 ひらりと身を翻した担任。溜息を吐いてから廊下の窓の外に視線を落とすと、友人たちが再びジェンガを崩す音が聞こえた。

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