第65話


 昨日は執筆間に合いませんでした申し訳ない!



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 扉を開けば、やはりそこには先程までの草原とは打って変わって薄暗い空間が広がっていた。

 

 相変わらず空間がねじ曲がっているというか、こういった現象はおそらく全て魔法の産物なのだろうが、この迷宮を創造した存在が一番強いのではないだろうか。

 少なくとも自然物ではないだろう。


 コツンコツンと、土や草とは違う硬質な感触が足裏に返ってきて、背後では扉が閉まる。

 

 敵の姿が見える前から剣を抜き放ち、静かに魔法の構成を脳裏に羅列させて準備した。

 対してルリは特に力が籠ってるようには見えない体勢。いつも通りということだ。


 確かにルリならいつも通りで問題ないと思われる。その剣を振るうだけで大抵の敵は倒せるし、攻撃魔法を使っているところは見たことないが、魔法も同じ練度で収めていると考えれば攻撃能力は計り知れない。


 「さて、そろそろお出ましだな」

 「……」


 ルリの様子を見るのはともかくとして、目の前には既に閃光が生じる所だった。どうやら守護者ガーディアンが出現するには閃光という演出が必要不可欠らしい。

 それを腕で防ぎながら見届ければ、やがて見えてくる。今回は影が差していないのでそれだけで少し安堵してしまうが、やはりと言うべきかこの階層の魔物の系統に合わせたタイプの守護者ガーディアンだった。


 つまり多脚型で……ついでに言うなら、


 女性のような体つきをした上半身に、下半身はなんだろうか……沢山の黒い外殻に覆われた脚はまぁそうなのだが、その脚が生えている部分がどうなっているのかがよく分からない。別の体があるのか、女性の上半身から飛び出ているのか、脚の密度が高く確認ができないのだ。

 それ程までに中心部分は小さい。


 全方位に広く低く脚を広がせているため、体の大きさの大部分は脚部が占めている。先端を鋭く尖らせた脚は、触手とまではいかないが少し柔らかいらしく、また関節がいつくもあり非常に複雑な形状をしていて、どれもこれも異常に長い。


 上半身は先程も言ったように女性らしい体つきをしているが、人間のものではない。肌の色は灰色で生気が無く、顔も目や鼻、口といった輪郭があるだけ。


 近いもので言えば人間の女性の上半身をくっつけた蜘蛛である『アラクネ』だが、目の前にいるあれは蜘蛛じゃない。蜘蛛では絶対無い。

 

 だがそんな様子見は良い。守護者ガーディアンがどの程度の強さなのか分からない以上、まずは上級魔法で───。


 「トウヤっ!」

 

 ルリの声が届くより先に、俺はそれまでの思考を全て停止させて一歩後ろに下がる。


 それで十分と判断したのではない。許された時間内ではそれだけしか動けなかったのだ。


 幸い回避には成功し、俺が先程まで居た場所をが刺す。鋭く槍のように尖った先端が硬質な床を僅かに抉って突き刺さり、迷宮の床を傷つけた時点で尋常ではない攻撃力と硬度なのが簡単に予想出来てしまう。

 

 そのまま即座に姿勢を低くする。


 今度は頭上を真っ直ぐ別の脚が、やはり高速で貫いていった。反撃に転じようとするも、剣を振り上げた時には既に脚は引き戻されていて空ぶってしまう。

 ───そう、脚だ。沢山あるあの脚が異常に伸びてきて攻撃した。そして今もまた俺を突き刺そうとしている。


 対応が一瞬でも遅れれば致命的───よそ見の余裕は全くないが、それでも確認のために視線を走らせれば、ルリも同じように狙われていた。そちらには俺以上に攻撃が迫っており、それを回避し続けている。

 ルリの回避力も凄いが、それよりもあの魔物だ。


 左側に体を傾けるようにして回避した俺は、そのまま転がりつつ[鑑定]を仕掛ける。


 種族名は『フェアズミュア』。聞いたことは無いが、迷宮固有の魔物は今のところ存在していないため、このフェアズミュアという魔物も見た目は奇怪だが外に実在するのだろう。

 そして戦闘において最も重要なレベルは……と確認して、俺は内心悪い予感が的中したことにため息を吐いていた。


 確定だな。こいつは、


 「……ルリ。残念なことに、レベル百越えだ」


 起き上がった俺は、一瞬の休憩の合間にルリにそう伝えた。一瞬なので最後まで言い切れたか定かではないが、視界の隅でルリが頷いたのが見える。

 そのまま絶えぬ連撃に何度目かの回避をしようとしたのだが、合間にルリが入ってきて剣を数度振るえば、たちまち迫っていた脚が弾き返された。


 ルリは俺よりもフェアズミュアの脚の攻撃がしっかりと追えているのか、剣閃に迷いは無い。ただ普段のように簡単に断ち切っていないところを見るに、やはりかなり硬度がある様子。


 「確かに、強いね」

 「あぁ。流石にあれじゃ、もしかしたら足手まといになるかもしれない」

 「良い、よ。私のこと……いっぱい、頼って?」


 レベル差は二倍以上。勇者とはいえ、それだけのレベル差があればパラメータに関してはもっと大きな差があり絶望的だが、ルリは心強いことを言ってくれる。

 女の子に頼るのは複雑だが、ルリを相手に無理したところで仕方の無いことだ。


 他のところで挽回すれば良いと納得させ、今は援護に回る。


 ルリの反撃を受けてフェアズミュアは俺から意識を幾分か逸らした。魔物の中で、明確な戦力評価ができたのだろう。

 警戒は俺に三、ルリに七と言ったところか。

 実際フェアズミュア相手にまともに戦えば、苦戦どころか勝ちすらも危うい。しかしこういう時のためにルリが居る……訳では無いが、頼りになるのは確かだ。

 

 「っ……!」


 ルリはあの速さの攻撃を前に恐れることも無くフェアズミュアへと接近した。攻撃が通りそうな胴体へと接近するには、広がった脚の波を超えなければならない。

 一足で跳躍するも、フェアズミュアがルリの接近を許すはずもなく、宙のルリを複数本の脚で迎撃した。


 フェアズミュアの狙いは正確無比───しかしルリも当然その程度でやられるような女の子ではない。いとも容易くそれを回避して、多少ズレた場所に着地し近くにあった脚へと剣を振り下ろした。


 今度は、弾かれることも無く刃が入り込む。だが断ち切れたのはたったの二本のみ。三本目への攻撃は刃が僅かに食い込んで、それまでだった。

 ルリが驚愕に顔を染め、宙を蹴る。その後を追いかける脚へと、俺は横から手を出した。

 流石に見てるだけというのはいただけない。


 「『空間壁ディメンション・ウォール』」


 槍のような先端が、空中で突然何かに弾かれたような動作をして追撃を中断する。固定された空間が強固な壁となり物理的な力を阻んだのだ。


 時空属性上級魔法『空間壁ディメンション・ウォール』───簡単に言ってしまえば、対象となる空間を切り取って固定し、壁とする魔法だ。


 他の属性の壁魔法が中級魔法であるのに対し、時空属性だけはその必要とされる技量に差があるため上級魔法に位置付けされている。その理由としては、時空属性自体が『時間』と『空間』という極めて概念的で捉えにくいものに作用することが挙げられる。


 基本的に時空属性の魔法は、他の属性の魔法に比べて全てが一つずつ難易度が上がっていると考えていい。もしも空間を矢の形に固定して射出しようとすれば、他の属性では初級魔法でも、時空属性では中級魔法に分類されることだろう。

 それだけ、時間や空間への作用は難易度が高い。そして難易度が高いだけあって……効果も極めて強力だ。


 迷宮の床を抉るほどの力がある脚部の攻撃すらも、こうして弾く程度には。


 ルリはその間に体勢を立て直し、剣に手を這わせた。


 「……ゃあっ!」


 小さめの、しかしルリにしてはかなり気合いの籠った掛け声とともに剣を振るえば、白い衝撃波のようなものが振るった軌跡を形どって飛ぶ。

 無論衝撃波がそうもはっきりと見えることは無いので、それは衝撃波ではなく魔法的なものなのだろう。風魔法、いや時空魔法か。

 

 ルリの放った白い斬撃は直線上に飛び、フェアズミュアの脚を複数本まとめて切り落とす。

 断面からは血が流れることもないが、その切断面は鋭利だ。斬撃は少し『打』の要素も含んでいそうに見えたが、明らかに剣以上の切れ味を持っている。


 しかし痛みを感じないのか、そもそも有効打となっていないのか、フェアズミュアに怯む気配は見えない。今のところ脚が再生する気配は無いが、それでも純粋に数は多く、ルリは弱点となりえそうな上半身を狙う。

 フェアズミュアの攻撃手段が脚によるものしかないのなら楽だ。ルリはそれを空中で上手く掻い潜り、そこに俺が先のような援護を入れればいい。

 

 「試してみるか……『空間壁ディメンション・ウォール』」


 自力で対処は出来ると思うが、まずはルリを狙う攻撃を一部壁で防ぎ、それと同時に無詠唱で『風斬ウィンド・ブレード』を発動。

 普段より多めに魔力を注いで、伸ばされたフェアズミュアの脚を切断せんと透明なギロチンを落とす───が、それはやはりと言うべきか意味を為さず、風の刃は押し負けるようにいとも容易く霧散した。


 確認として放っただけだが、どうやらあの脚を傷つけるには上級レベルの攻性魔法でなければ厳しいらしい。しかし、範囲を絞って防御する『空間壁ディメンション・ウォール』ならともかく、『氷棘の回廊オーバー・グレイシャル』のような広範囲の魔法は魔力消費も激しい。

 無論、この魔物が相手では『氷棘の回廊オーバー・グレイシャル』すらも決定打にはならないだろう。中級魔法が無効化されるとなると、上級魔法を持ってしてようやく対等と言えるのだ。


 となると上級魔法の連発や同時発動も視野に入れなくてはならないのだが、それだけの消費量、魔力が足りるかどうか……。


 俺が攻撃手段を考えているうちに、ルリは無事にフェアズミュアの上半身に接近できていた。


 その首を斬り落とそうと剣を構え、間合い内に捉える。あの速度なら文字通り一瞬の間に首が落ちるだろう。

 しかし現実にはそうはならなかった───いや、俺もルリも油断していた訳じゃない。


 そのため、に反応できなかったのは俺の、そしてルリの反応速度を純粋に上回っていたからと言えるだろう。


 僅かに反応が早かったのは遠くにいる分視野の広かった俺だが、それでも何かができる時間は残されていなかった。


 


 いつの間にか、ルリの方へ両手を向けていたフェアズミュアの上半身。それはまるでルリのことを優しく迎えるようにも見えて、しかし結果は真逆のものだった。

 ルリとフェアズミュアとの間に、黒い点が生まれる。小さな、数センチ程度しかない小さな点。


 点は突然、

 その変化速度はまさしく一瞬で、故にルリが認識した時には恐らく既に棘となって、ルリの


 


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 次回はいつも通りです。

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