第36話


 どうにか書き終わり! とは言っても一日遅れているのですが……申し訳ない。



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 「……弱点は、幹、の、内側、だよ……頑張って」

 「助言ありがとう。じゃ、行ってくる」


 ルリの助言に礼を言いつつ、こちらも走り出した。流石に正面から近づく度胸は無いので、ヤテベオを中心として円を描くように膨らんだ軌道を描きながら。


 正直なところ、今までで一番気持ちが悪いといえばそうかもしれない。ゴブリンのような醜悪な感じではなく、どちらかと言えば虫を見た時に近いゾワゾワ感。

 体の内側から飛び出す無数の触手と脚がどうにも生理的嫌悪感を誘ってならない。


 ルリが最初に嫌そうな顔をしたのはそういう理由なのかもな。女の子は特に嫌がりそうであるし。


 それに、あの触手に捕らえられたらどうなってしまうのだろうか。

 触手と聞けば単にいやらしい展開を想像してしまうのは男の性だが、さすがに実物を目前にしてそんな呑気な思考はしていられない。一定の距離を保つ俺に対し、ずっと攻撃的な触手の動き方をしているのだ。


 あれは、捕まったら生きたまま四肢を無理やり引きちぎられたり、口や他の穴から侵入されて体の内側から蹂躙し尽くされるタイプだ。


 よし、もしも捕まったら自爆覚悟でも抜け出すとしよう。


 「だけどその前に、まずは攻略法だな……」


 試しに相手が意識している間合いに入ってみれば、その途端触手は勢いよく俺に襲いかかってくる。

 どれもこれも中々に早く、回避よりも防いだ方が良さそうだ。無詠唱で『石壁ロック・ウォール』を発動し、自身を覆うようにドーム状に展開させた。


 壁越しに幾つもの触手が当たるのが振動で把握出来る。壁を壊すほどの威力ではないが、人体に当たれば鈍い衝撃はあるはず。となれば捕まるリスクもあるし、敢えて受けるというのは却下だな。


 魔法を解くと同時に大きくバックステップ。そうすれば触手が物凄い勢いで俺の元いた場所に突き刺さり、その突き刺さった触手を利用して自身の体を大きくこちらへ近づけてくる。


 脚の速さもそうだが、思ったより機動力も高い。何より触手の動きが速いのが厄介だ。一、二本程度なら問題は無いが、十、二十も来られると流石に対応しきるのは難しい。


 素直にここは魔法を使おう。


 「火はダメだったし、土じゃ殺傷力に乏しい。となると……」


 残る属性の中から有効そうなものを選びつつ、間合いを詰めてくるヤテベオと鬼ごっこ。どうやら自分の有利な位置を把握したらしい。


 取り敢えずその間合いを潰すために俺は再びヤテベオに少し近づく。触手はやはり俺目掛けて伸びてくるが、気にせず前へと進みながら魔法を発動した。


 「『風斬ウィンド・ブレード』」


 俺とヤテベオ。その間を伸びる触手に向けて頭上から風の刃を降らせ、一気に両断してしまう。


 青緑色の体液を噴出しながら無数の触手が地面へと落ちる。流石に斬撃までは対応していなかったらしいと、斬られた触手の下を駆け抜けながら安堵した。

 

 「で、本体はどうだ?」


 逃げようとするヤテベオに肉薄し、蠢く脚を跳躍で飛び越えてその上の幹に掴まって『振動波オースレイション』をかけた剣を思いきりそこに突き刺す。

 ルリが言うに木の幹の内側が弱点らしいが……と思っていたら、まさかのこちらからも幹の隙間から青緑色の体液が噴出してくる。


 剣には軟らかい肉質の感触が返ってきているので、どうやら内側に何かが居るらしい。それが触手の根元の存在ということだろうか。

 もう少し追撃したかったのだが、流石に触手が戻ってくる。


 剣を引き抜いて回避すると、ギュンと音を立てながら追尾してくる針のようなもの───それは先端を針のように変形させた触手のようで、本当に変幻自在だなと。


 あれは殺傷性能が高すぎるな……魔物の攻撃なんて基本人体に過剰な威力だが。


 それらが連続して襲ってくるので、足を止めずに後退。ザザザザと雨のように地面に触手が降り注ぎ、しかも先の傷は回復してしまっているのも見て取れる。

 一時的にとはいえダメージを通せるため最悪と言うほどではないが、早い速度で再生するのは厄介だ。先から今まで五秒程度しか経っていない。


 「さすがにもう一度は食らってくれないか……」


 攻撃のラッシュを途絶えさせるために再度『風斬ウィンド・ブレード』を放ってみるが、炎を防いだ時と同じように触手を変形させて盾を形取り、受け止められてしまう。それも先端ではなく触手の半ば辺りだ。変形するのは先端だけではないらし。


 どうやら触手の質も変化させているようで、そこには刃が通らない。ずっと変形させているようなことは無いようだが、変形のスピードは本当に一瞬だ。こちらの攻撃が認識された時点でほぼ確実に防いでくると判断しても良い。


 「っと……ぁっぶね」


 回避のタイミングを読まれ、一拍ズレて触手が襲ってくる。ただこのぐらいならまだ正面から捌くことが出来るので、咄嗟に振り上げた剣で触手を斬って防ぐ。

 気色の悪く熱い体液が頬にかかるがこの際仕方ない。二度三度と触手の連撃を斬り伏せていき、背後に『石壁ロック・ウォール』を出現させれば、回り込んで攻撃しようとしていた触手の攻撃を妨げることが出来た。


 ただし、代わりに退路も絶ってしまうことになったが。石壁に背中をつけて、二、三本と同時に襲ってくるようになった触手とまたも攻防を繰り返す。

 ジリ貧なのはこちら側だ。向こうは斬られた触手は後退し、入れ替わるように他の触手が出てくる。後退した触手は直ぐに再生してしまうので……向こうが再生時に魔力や体力的なものを消耗していれば別だが、そうだとしても狙うのは相当時間がかかることになる。


 斬って斬って斬って、この一歩も後に引けない感じはまさに背水の陣のようだ。切羽詰まっているということではなく、物理的に後ろに引けない状態という意味でだが。


 そう言えば、城に居た頃は慎二や拓磨、騎士の方と勝負をする時に一度の試合の中で沢山剣を振るったが、外に出てからというもの、剣を振る回数は明らかに減っていた。

 そもそも相手はほぼ魔物で、まともに戦うことが難しい。例えレベルで勝っていて、スピードという点ではこちらに利があっても、どうしても純粋な力は魔物には適わない。そのため剣を振るうのは基本的に相手に確実なダメージを与える時ぐらいである。


 今はその前提を崩すように、相手の攻撃を防ぐという目的で剣を振りまくっているが、たまにはこういう反射神経に物を言わせるというのも存外楽しい。

 このまま何本の触手の同時攻撃まで剣いけるか試してみたいが、いつまでも膠着しているとルリが飛び出してきてしまいそうだ。


 もしも適性レベルの探索者パーティーならば、こいつをどう攻めるだろうか。背水の陣もどきはやめて再びヤテベオの周りを走りながら、俺は考えてみる。


 俺なら触手を引きつける役と、隙をついて本体に肉薄する役を設ける。後者は一人、前者は二人か三人ぐらい欲しいか

 全部の触手を引きつけるのは難しいかもしれないが、数を割けるだけでも変わる。


 先程幹を攻撃した時にわざわざ俺の事を触手で迎撃しようとしたことからも、本体───と、幹の中の奴は呼ぶことにしよう───及びあの木の部分には触手以外の攻撃方法がないのかもしれない。それさえ対策すればぐんと楽になる。


 つまり一人で三、四人分ぐらい働けばいい。


 「魔力を消費することになるけども……」


 幸いにして、魔力残量はまだ問題は無い。最大でどれだけの魔力を使用するか脳内で確認し、帰りを含めてみてもギリギリ安全圏ではあることを把握。


 その場で一度急停止し、角度を変更。ヤテベオに向けて疾走を開始する。


 いきなりの急接近にヤテベオは全速力で後退しながら、触手をけしかけてきた。だがそんなものは予想される行動の結果だ。


 再三の『風斬ウィンド・ブレード』を発動し触手へ向ければ、一本の触手が変形して盾を作ることでいとも容易く防がれてしまうが、もう効かなくなった手段を意味もなく選ぶことは無い。


 どちらかと言えばそれは囮だ。だからこそ本命が別にある。


 「『凍れ』」


 ほぼ同時に発動していた氷魔法の『凍域フロスト』が、迫る触手を迎え撃った。


 距離が三メートル程度にまで縮まった触手が、その途端に先端からそれを凍りつかせていく。


 魔物も魔力感知能力がある。魔法は効果が強ければ強いほど感知されやすくなってしまうが、それも意識をしていたらの話。二度目の『風斬ウィンド・ブレード』をしっかりと防がれた点から、魔法を警戒されているのはわかっていた。

 そして逆に一度目は対処出来なかったとなれば、常に様々なことを警戒できるような機械的な能力は持ち合わせていないということで、だからこそ囮の魔法で釣るという作戦が通用すると考えた。


 それに加え、『風斬ウィンド・ブレード』を上空から放っていたのも警戒方向に対するいい誘導になった様子。どちらにせよ、俺の魔法の効果範囲に入ったことで、攻撃に向かってきた触手は軒並み凍りついていく。


 再生する相手を、炎や氷で絶えず攻撃し続けたり状態を固定してしまうのはありがちなやり方だ。そして炎が効かないなら後は、という話である。

 氷にも耐性があった場合に対応するための策もあるにはあったが、凍結した触手は動きを止めている。妨害能力はしっかり機能しているということだ。


 これで残る触手も結構減った。そして俺に斬り落とされるのを恐れて少し離れていた触手がこちらに近づく前に、俺は走り回るヤテベオの元に辿り着いていた。


 「また動き回られても困るしな」


 そう言いながらヤテベオの脚を固定するために土魔法である『鎖縛チェーン・バインド』を発動すれば、地面から複数本の石鎖が出現してその脚に絡み付き、強固に固定していく。


 ヤテベオ自体が少し地面に沈みそうになるほどに力強い引きで拘束し、そのまま跳躍して木の一番上に上手く乗れば、触手の根元を見ることが出来る。

 こんな一箇所に全ての触手をまとめていたら、根元から全部まとめて斬ってくださいと言っているようなものだ。


 「『凍刃アイス・エッジ』」


 今までで一番焦ったように追ってきた触手を一振で斬り伏せ、そのままの勢いで幹から伸びる無数の触手の根元に剣を振るった。


 『振動波オースレイション』と、そして氷属性の付与エンチャントである『凍刃アイス・エッジ』。その二つの魔法を乗せた剣は、意図も容易く無数の触手を切断し、同時に断面を凍結させた。


 これでも再生出来るのなら、してみればいい。


 「どうせその前に俺の攻撃が届く」


 幹の内側、触手が蠢くその中へと剣先を向ける。

 上部ががら空きなのは触手を素早く出すためで、攻撃しにくい場所だから。だがそれは同時に、近づかれてしまえば本体をモロに晒すことになるという意味でもある。


 これだけ至近距離なのだ。体に直接魔法を叩き込んでやる。


 「───『轟破ブラスト』」


 ヤテベオは一瞬の硬直の後、幹の内側から体液をばら撒きながら爆発した。




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 次回はね、明日が丸一日用事があるのでまた遅れてしまうかもしれませんが、ご了承を!

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