第35話
あぁ〜、久しぶりの予告通りの投稿ですねぇ……お待たせ致しました。今回はギリギリではありますが書くことが出来ました。
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歩き始めてわかったのだが、どうも景色の距離感がおかしい。背後を見ても、既に俺たちが降りてきた階段が見えないのだ。
進んだ歩数と視界の広さからして、まだ見えなくなる距離では無い。何よりあれだけ空に伸びていた階段が見えなくなるなんて、本来であれば相当な距離だ。
一キロも歩いていない段階で見えなくなることは無いだろう。
進んでいるのかいないのかよく分からない。いや、魔物の気配を俺も感じとれるようになったので、そういう意味では進んでいるはずだ。
どうやらこの階層は視覚的に混乱しやすい場所らしい。見た目通りの広大な平原なら───それはそれで次の階層までが大変だが───まだ良かったものの、これでは移動すらどうしたらいいのか迷ってしまう。
完全に距離感が狂う、と言うだけでは無いのだ。周りには障害物は何も見えないが、それでも時折森や山のようなものが見えることがある。
それらは基本的に直線で二百から三百メートル程度の距離でないと視界には入らず、ある一定の距離を超えると途端に見えなくなってしまう。それこそ、背後にあるはずの階段のように。
感覚としてはゲームの描画距離限界に近い。その先に何があっても限界を超えると見えなくなってしまうため、普通なら方向感覚もままならないだろうし、周囲の地形すら把握出来ない。霧に覆われているのと似たようなものだ。
見た目は何も無い平原だが、実際はそんなことはなく、二百メートル近くまで行かなければ探索が進まない。
上層の迷路よりは楽かと思ったが、そんなことはない。もしかしたらそれもあって、幹達も早々に引き返したのかもしれない。こんな基本的に何も無い場所では一度の戦闘で方角なんて見失ってしまうだろう。
唯一常に視界にあり続ける太陽の位置は、どこまで行こうとほぼ真上。まだ時間が足りていないのかもしれないが動く気配を微塵も感じないため、そこから方角を見つけることも難しい。
幸い、[完全記憶]によって俺は来た道がわかる。例え周りに指標がなくとも行動を全部思い出してしまえば現在俺が向いている方向がわかるため、戦闘中に走り回って方角を見失ってしまっても問題は無い。
「一応方角は俺が把握してるから、余計なお世話だろうが、戦闘中は心配なく動いてくれ」
「……スキル?」
「ユニークスキルらしいな。完全記憶って奴だ」
恐らくはどうやって把握してるのか聞かれたと思うので、答える。今更ながら、この[完全記憶]というスキルは言葉以上に凄い。
単に記憶力が良くなるだけなら必要は無いのだ。良くなるのに越したことはないが、それでも俺は元から常人よりも圧倒的に記憶力が良かった。99が100になったところであまりありがたみは感じられない。
ところがこのスキルでいう記憶というものは、所謂『思い出』や『知識』といったものだけでなく、『五感』なんていう体の感覚すらも対象としている。
あの時どのタイミングでどんな風に体を動かし、どんな匂いを感じて何を聞き、見たのか。そういったものが曖昧なものではなく、その時感じた感覚そのままで覚えている。
つまり俺の感じた全ての情報を記憶しているわけで、一種の『追体験』に近い。そうまでなれば、言ってしまえば真っ白な空間で自身がどれだけ進んだかを把握するのも簡単な話だ。
もちろん記憶を想起する時間は必要になるものの、そんなものは些事でしかない。
まぁ───何よりも一番は魔法への恩恵だろうが。
ところで、ルリに今それを告げたのはちゃんと理由がある。視界の先には木───ではなく、木の
大きさは普通の木とそう変わらない。品種までは分からないが、一般的な、なんの特徴もない茶色の木の幹に、これまた特徴のない葉っぱ。種類としては見たところ広葉樹だろう。
但し、その木は唯一特徴的な部分がある。
「あれは……根か?」
「……あれ、脚」
呟いた言葉を、ルリは少し嫌そうに否定した。なるほど、脚と言われれば脚だ。
それを一言で表すなら、マングローブ植物というのが最もイメージしやすいだろう。幹を支えるように地表に根のようなものが突き刺さり、それは
わさわさと蜘蛛を彷彿とさせる動きで根のような脚を動かし、それで地表を移動している。決して遅くはなく、俺達が歩く速度より速い。
故にあれは、『木』ではなく『木のようなもの』だ。少なくとも俺にとっては。
そもそも俺達はこいつの気配をあてにやってきたのだから。
「一応聞くと、あれは魔物で合ってるか?」
「……ん。一応、生態的に、植物、と、見れなくもない、けど……大別としては、魔物。名前は、『ヤテベオ』」
「また聞き慣れない響きの魔物だな」
「元々は、ある部族の、伝承で使われて、た……名前、だから」
響きが違うのは、今とは言語体制が違う時代のものだからか。英語の感じはせず、確かに言われてみればどこかの伝承に使われてそうな名前にも思える。
そのヤテベオとか言う木の魔物は、あっちへフラフラこっちへフラフラ、目的が見えない足取りではあるものの確実にこちらへ近づいている。
果たしてあれは俺たちに気がついてのものなのだろうか。眼球らしき器官は表面には見当たらず、そもそもあの魔物に生物らしい意思があるのかも分からない。
「……ちなみ、に、あれは、人を食べる」
「
普通なら危ないから近づかないのが正解だろうが、俺達が、というか俺が迷宮に潜っているのは戦闘経験を積むのとレベルアップが主な目的だ。
特にあんな特徴的な魔物と戦わないでどうするという話だ。明らかに知識があるルリが居るうちに戦って経験を得ておかないと、後で遭遇した時に痛い目を見るかもしれないのだから。
ルリに断って、俺は自らの手をヤテベオに向ける。
敵意ある行動と見抜かれているのかは分からないが、ヤテベオはそれに反応するように動きを小さくした。こちらの様子を窺うようにゆっくりと動いている。
まぁ、正面がどこかもよく分からないが。
「見た目が植物ならまずは火だよな」
初めての魔物に遭遇したら魔法はありで挑む。不意をつけるなら不意もつく。縛りを課すのはしっかり戦って相手の戦力を把握してからである。
それはともかく、魔物とはいえ如何にも燃えやすそうな見た目をしているなら火属性の魔法で攻撃してみるのが良いはずだ。
なので試しに、シンプルに『
「これが効くかどうか」
準備時間はたっぷりとあったため、魔法の発動位置も比較的ヤテベオに近い場所を選択することが出来た。
補足しておくと、本来であれば、魔法とは自分の魔力を打ち出す行為だ。そのため自分の体から離れた場所に発動するには、そこまで魔力を広げる必要がある。
そうすると敵にも感知されやすいし時間もかかるため、何かを打ち出すような魔法は基本的に自分の体の近くに発生させてから相手に向けてやる必要がある。
だがしかし、前述したように今回は準備の時間があった。魔力を隠蔽しながら敵の近くで方を発動することも出来るというわけで、ヤテベオから十メートル程度のところに火球は発生した。
発生と同時に加速した火球は、正面からその燃えやすそうな葉っぱへと容赦なく突っ込む───。
瞬間、ヤテベオの葉の部分が大きく
その葉の部分を頭とするなら、正しく頭が縦に割れたと表現して良いだろう。
葉の内側からは本来であれば木の幹が見えるはずだが、こちらから見える限りではそこには幹の内側に繋がっているのか空洞が広がっていて、その空洞からヤテベオは複数の蔦のような触手を吐き出した。
「エイリアンかよ……」
「……?」
見た目はさながらエイリアン。バッカルコーンにも見えなくはないが、どちらにせよまた随分と癖のある魔物だ。
仮にも魔法技能に自信のある俺が作り出した『
木の部分とは違い、触手の方は少し表面に液体が分泌されているように見え、その結果として炎は触れた部分の炎上に留まり、それも大してダメージに繋がっては無さそうだ。
完全に炎に耐性がある。選択ミスであったらしい。
見た目に惑わされてはいけないということだな。燃えやすいからこそ、燃えにくい性質も兼ね備えている可能性があると。
特に攻撃と言えるほどのことも無く直ぐに炎は鎮火してしまった。当然ながら、ヤテベオがこちらに敵意を向け、触手が威嚇するように激しい動きをしながら大きく広がる。
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戦闘は次回に! 私の予想第3章が長くなりそうなので実は一部と二部に分けるか迷っているところです( ̄▽ ̄;)
次回ですが、またいつも通りで。さて、執筆速度が戻ってるといいのですが……。
ちなみに作中では他と響きが違うこのヤテベオという魔物ですが、オリジナルという訳では特になく、こちらは正式には『ヤ=テ=ベオ』と書きまして、中央アメリカと南アメリカの一部に生息すると言われた食人植物らしいですね。
情報があまりないのでなんとも言えないのですが、近代の創作、もしくはどこかの伝承に出てくる存在かと思われます。
名前の意味はスペイン語で「私はすでにあなたを見ている」……ほう、意味深ですね怖い。
短く太い幹を持ち、長い蔓で獲物を捕らえるという描写が多いとウィキペディアさんに書いてありました。幹とは言っても木なのかどうかは分かりませんでしたが、まぁ今回は木にしました。
ゴブリンやオーク、ドラゴンみたいな王道ファンタジーモンスターも好きですが、こういうエイリアンみたいな気持ちの悪いモンスターも大好きです。
あと、触手ってだけで心躍らせるのは私だけでしょうか。
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