第21話

 ちょいお色気回。ちなみに次回もお色気回。


──────────────────────────────


 何度見ても、ルリが恥ずかしがっているというか、気まずさを感じているというか、そういうのは確かで、やはりどうしても脳裏を過る『本当は男女が同じベッドで寝る行為の難易度の高さを理解していない』という可能性は低そうだ。


 無知な少女であれば説明してどうにかということが出来るが、理解した上で了承された俺は、どうするのが正解なのだろうか。

 多分どうもしないのが正解なんだろうが、そうだとしても、こんなシチュエーションは初めてなわけで。


 「……本当に良かったのか?」

 

 結局部屋に着いてから捻り出せたのは、そんなありきたりすぎる再確認の言葉だけだった。


 予想通り、王城の一室とは比べ物にならないほど質素で狭い部屋に、ドンとベッドだけが置かれている。しかし、これでもやはり俺がイメージするファンタジーの宿屋よりは随分と良質で、この世界の文明、技術水準が予想より高いことを認識できる。


 ベッドのサイズとしてはシングルベッドとほぼ同じというか、つまりシングルベッドだ。ということは、二人で寝ることになった場合には、ルリが超絶小柄であることを考慮しても、肩がくっつく。お互いに横向きになって少しでも横幅を減らさなければあちこち当たるだろうし、そうしても少し動けば触れるだろう。


 そんな内装を見て、改めて俺はルリに問う。本当に良いのかと。


 「……良い。私が、自分で、言ったこと、だから……」

 「確認しておくが、男と一緒のベッドで寝ることの意味、分かってるんだよな?」

 「……」


 躊躇いがちに、コクリと、頷きが返ってきた。


 別に、必ずしもそういうことがある訳じゃないのは当たり前だが、それでも男女が同じベッドで眠るなんて言うのは、そういう事実があったり、互いにそういう思いがあったり、という状況が大半だ。それこそ、身内でもない限り。


 それをルリも理解している。つまりそのぐらいの関係性があって初めてすることなのだと、分かっている。

 その上でということは……無理でもしているのだろうか。しかし俺にはそうは見えない。


 俺が中々頷かないのを見て、手、ではなく、ルリは俺の袖を握ってきた。

 クイッと引くような、あざとい行為はしない。上目遣いに見ることすらない。


 ただ瞳は伏せたまま、ボソッと。


 「……嫌?」


 それだけ、聞いてくる。


 それはまるで、拗ねる子供のようにも見え、寂しそうにも見えて、うっと言葉に詰まる。


 『私と一緒に寝るのは嫌?』と、小学生レベルの容姿の少女に、口数の少ない少女に、俺は聞かれているのだ。


 ……いや、嫌、ではない。というか本来であれば俺が渋ることでもないのだろう。

 全てを理解した上で、ルリは良いと言っている。俺がそれに了承しないと、確かにルリと一緒に寝ることを嫌だと思っていると捉えられてもおかしくないし、違うならばなぜ拒否するのかとなる。

 もしくは、俺がルリにそういう思いを抱いている、とも誤解されてしまうかもしれない。


 これから旅をする相手なのだから、 そんなことを思わせながら一緒に居るというのも、それこそ気遣いが出来ていない気がして、ならどうすれば解決するかと言われれば……。


 「嫌じゃない……分かった、一緒に寝ればいいんだろ? それでいいか?」


 最後は俺が折れるしかなかった。ルリが無理をして俺と一緒寝ようとしているなら止めさせられるのだが、そうでない以上───意図的にそうしようとしているのならば、止めさせる口実がないため、もう仕方ない。


 ルリが、少しだけ安心したように、袖から手を離しながら頷く。


 「……良かった」


 拒絶されなくて良かった、ということだろう。しかし、俺にとっては決して良いことでもない。


 了承したということは、同じベッドで寝るということだ。この、横になれば確実に体がくっつくような一人用のベッドに、二人で仲良く入るわけだ。それだけで俺としては色々考えることがあるわけで。

 

 「あー……まだ寝るには早いし、夕飯でも食いに行くか」

 「……ん」


 少しでも気を紛らわすために、先延ばしなだけだとわかりながら、俺はルリにもっともらしいことを告げていた。


 時刻はまだ夕方。ここからどんどん暗くなっていき、時間帯が遅くなればなるほど、男女間の空気はおかしくなる。

 せめて夕飯を食べて、ルリが早々に眠りこけてしまえば、その時はある意味俺はゆっくりと眠れるかもしれない。


 一緒のタイミングに寝るよりは、そちらの方が遥かに楽だろう。




 ◆◇◆



 宿屋に隣接する食堂にて、如何にも定食というような定食を食べ終える頃には、周囲も暗く、夜と言ってもいい時間帯になっていた。

 食堂には人が溢れていて、まだまだこれからと言わんばかりに酒を飲んでいる人間も多いのだが、当然俺達はそこに混ざるわけもない。


 再び部屋へと戻れば、食堂の喧騒は過去のものとなり、より一層の静けさが何となく気まずくなるような。


 ───俺はここからどうすればいいんだろうか。


 部屋にはベッド以外には木製の丸テーブルと椅子が一組あるだけで、そこがまたファンタジーの宿屋という感じなのだがそれはともかく、寝るにしろ寝ないにしろ、凄く気まずいわけで。


 珍しく自分でも思考が停止していることに驚きつつ、数秒沈黙を保っていれば、ルリが先に動き出した。


 反射的に、その肩を掴んでいた。


 「……何?」

 「……」


 当然困惑した様子のルリがこちらを見るのだが、ここに来てからというもの、ルリに先に動かれると色々と変な方向に事が運ばれているような気がするのだ。

 それを思い無意識的にルリの行動を阻止していたのだが、残念、その後の行動を特に考えておらず、これでは俺はただ変なことをしただけになってしまう。


 急ぎなにか紡がなくてはと焦る一方で、時間切れの鐘が音を鳴らす。


 「……寝る時は壁側と通路側、どっちにするんだ?」


 結局、何を馬鹿なことをと思うようなことを俺は聞いていた。仕方ないでは無いか、俺が何か言わないとルリが先に口を開きそうだったのだから。

 その結果特に思考した訳でもない、本当に思ったことをそのまま聞いてしまった訳だが、正直アホらしいと自分でも思っている。


 ルリも困惑していたが、質問にはしっかりと答えてくれた。


 「……トウヤ、は?」

 「俺はどっちでも。ルリに合わせる」

 「……じゃあ、壁側」


 ベッドは壁にくっつくようにしてなっている。ベッドで眠る時の位置を聞いたのだが、ルリは壁側を所望した。

 

 あぁそうと頷いたはいいものの、やはりルリから手を離せずにいた。


 「……どう、したの?」

 「いや、女の子と同じベッドっていうのは……そう、緊張するから、どうしたらいいのか困惑してるんだ」


 『抵抗』という言葉はあまり良くないと判断して『緊張』に置き換えたが、咄嗟についた言い訳は、ルリを納得させるに足るものだったようだ。


 「……そう……私、に、緊張、するの……」

 

 何となくその言い回しはルリ的には良かったらしい。女の子として意識されたことが嬉しいのか、はたまた俺もそういうことに緊張することがわかって嬉しいのかは知らないが、ルリはベッドへと足を進める。


 「……私、は、気にしない、から……普通に、していい……」


 そう言っていそいそとベッドに上り、ポンポンと。

 自身の横を叩いた。


 この時点で俺の思考は再び『俺はここからどうすればいいんだろうか』とループをしかけたが、それを寸前で押しとどめ、仕方ない、本当に仕方ないと自分を言い聞かせつつルリの促しに従った。


 ベッドをギシギシと軋ませつつ乗れば、ルリはすぐ隣だ。


 「ルリは平気なのか?」

 「……何、が?」

 「いや、恥ずかしくないのかと」


 今この状況、シチュエーションは、俺としてはとても恥ずかしい。赤面こそしないが、過去を探してみても中々見つからないぐらいには恥ずかしがっている。

 一番の要因としてはやはり同じベッドというのが挙げられる。というかそれが全ての元凶だ。同じ部屋というだけでもヤバいのに、同じベッドとなればもう……にも関わらず、ルリは積極的だ。


 男に色々勘違いを起こさせてもいいぐらいに。いや、ルリに勘違いを起こしたらその時点でアウトなのだが、ルリ自身は俺と隣同士で寝て気にならないのかと。


 「……」


 返事は返ってこないが、ルリは視線を逸らした。

 つまり───そういうことなのだろう。平気なわけが無いと。


 「……そう言えば明かり、消していいか?」

 「………ん」


 思い出したように言って、俺は一度ベッドから降り、部屋の中央で光る照明に触れることで、明かりを消した。

 部屋は暗闇に包まれ、慣れぬ瞳は真っ黒に塗りつぶされた光景しか見せず、仕方なく何も見えない中手探りでベッドまで戻る。


 一応ベッドまでの距離は短いので特に意識することも無く辿り着けるし、ベッドに足を引っ掛けて思わずルリの方に、なんてことも無い。


 しかし、暗闇の中では視界を確保出来ないことに変わりはなく、ベッドに上るためにしっかりと手をついたのだが、その瞬間───。


 「……んっ、と、トウヤ……?」


 ふにゅっとした柔らかな感触が手を通して伝わる。何故かそれに合わせて、ルリが、を上げた。

 なんと言おうか、高くて、甘いとでも言えばいいのか、そんな感じの……。


 ……いやいや、いやいやいや。俺が今手を着いているのは、ベッドの縁と言ってもいい場所のはず。ルリは壁側に居るはずで、ここには本来何も無いはず。

 

 しかし、俺の手に伝わるのは、ふにっと、ふにゅっと、そしてくにゅっと───連続した、柔らかで微かな沈むような感触。これはベッドにしては柔らかすぎるような。


 ここには何も無いはず。それこそ、ルリがわざわざ照明が消えてからこちらに寝返りでも打たない限り。そして今の一瞬でそうする理由は……多分無い。よってここにあるこの柔らかな感触は、ルリのものでは無い───!!


 「………いつ、まで……んで、るの……?」


 と、半ば現実逃避気味にしていれば、やはり所詮は現実逃避でしか無かったことがルリによって知らされる……あれ、ではやはり俺が触れているのはルリの体で、まぁそれが腕とか肩ぐらいならまだ何とかなるかもしれないのだが。


 ───ルリの声音、声の位置、そして明らかに腕なんて言う形状ではないこれは、果たしてどのだ?


 声が出るのは口。口の位置は横軸上では体の中心部分にある。

 口の位置を割り出し、そこから導き出される現在俺が触れている部分。まず確実にルリの体には触れているだろう。もろに、それこそルリが変な体勢にでもなっていない限り、もろに触れている。

 

 なら、その中心部から僅かに横に逸れたは果たしてどこなのだろうか、と。微妙にトクン、トクンと振動が伝わってくるここは。


 今、俺が確認するために、、と。




 「……んっ」




 一秒近くかけて思考が停止していた。しかし何より耳に届いた、幼い声音の嬌声に───俺は慌ててその手を離していた。


 ───考えれば、いやいや考えなくとも分かれ俺、今とんでもないことしてたろ!?


 代わりに動転したせいか、ベッドから転げ落ちるという無様まで晒す。


 「と、トウヤ……!?」

 「……いや、落ちただけって言うか、本当に悪い。まさかそこにルリが居るとは思わなくて」


 突然の物音にルリが珍しく間を空けずに叫んだ。とはいえ痛くはない。痛くはないが、そんなことよりも謝らなくてはという思いが強かった。


 そう、あの感触からして、あの柔らかで心地よい感触からして、完全にを触っていた。


 触っていたというか……んでいた。


 ぶっちゃけると───、なのだろう……しかも擬音にすると『ぽよん』とか『たゆん』なんていう、豊かそうで何となく問題なさそうなものではなく。

 『ふにっ』と『ふにゅっ』と、もしくは『くにゅっ』と、何となくアウトそうな擬音ばかり出てくる触り心地の。


 そんなルリの胸を揉んでいたと、遅れて理解した俺は、関係破綻を呼ぶようなハプニングに対して真面目に危機を感じていて。


 暗闇の中で、ルリが胸を腕で覆いながら起き上がる気配がする。

 怒られるだろうか、罵倒されるだろうか。予想に反して、ルリの声音は驚く程に柔らかいものだった。


 「……そう……暗い、から、仕方ない……私が、動いたのが、悪い、し……」

 「本当にすまん……すぐ退くべきだった」

 「……それに、関しては、ちょっと、思わなくも、ないけど……私、胸、無いから………仕方、ない……」


 柔らかいが、最後の方は段々としおれていくようなものだった。


 なるほど、もし俺が触ったのが『もっと大きいもの』だったなら、無意識にでも俺は離れることが出来ただろう。だって、それ以外考えられないから。多分反射的に手を離していたはず。


 しかし実際に俺が触れたのは……非常に、非常に申し訳ないながら、柔らかな感触はするが、『平たい』ものだった。確かにベッドのシーツと誤認するほどではないが、それでも……。


 つまりだ、こう、平たいが故に、俺は最初、


 となればルリも、俺が中々退かなかったのは胸が無いからだという考えに至るのは必然で、これ完全に俺が悪いような。


 「それに関しても、本当に悪い……」


 ただ触れて、すぐに離れればそこまで大事じゃなかったが、何度かんでしまった以上、最早死刑ものだ。

 それでも、ルリはただ恥ずかしがっているだけの様子だった。怒っているような気配はない。


 そして、事実怒ってないと示すように、ゴソゴソと動く音がして、やがて少しずつ慣れてきた目は、しっかりと俺が寝る分のスペースを空けてくれたルリの姿が見える。


 「……いい、よ……ちょっと、に、なった、だけ……だから……」

 「さっきの事があった後で、俺、隣で寝ていいのか?」

 「……ん。事故は、仕方ない……トウヤの、せいじゃ、ない……から」


 その『変な気分』というのがどういうことかは聞かず、寝て良いのか確認を取れば、ルリは頷いた。自分の体を触られてなお、それは事故だから仕方ないと、割り切れているらしい。

 いや、確かにさっきのは不可抗力だと分かるかもしれないが、それでも許してくれるのは寛容すぎる気がしないでもない。しかし、これ以上問答をしても仕方ないので、今度はしっかりベッドに手をついて上った。


 我ながら完璧にやらかしたと、脳内では反省と後悔とでいっぱいだ。原因がどこにあったかといえば、確かにルリが言うように、ルリ自身が動いてしまったという部分は大きい。

 しかし、ここにおいての被害者はやはりルリである気がしてならない。それこそ先の件が、でない限りは。


 今の俺なら、暗闇でも気配ぐらいは探れる。それを怠ったのは俺で、突然のことに思考を停止してしまったのも俺の未熟さが原因だ。あと何度も揉んだのは不可抗力とはいえ、必要ない行為であったのも確かだし、何よりルリの容姿が幼いというのが最も大きく決定的にアウトな部分だ。


 想像してみよう。高校生が小学生の胸を、事故とはいえ揉んでしまった。しかも暗闇で、ベッドの上で。


 果たしてこれは、いや、犯罪にまでは確かにいかないかもしれないが、アウトじゃなかろうか。現実は小説とは違うのだ。確実なセクハラであるような、相手が許しても世間と俺自身が許せないだろうと。


 「……本当に、気にして、無い」


 表情は見えていないはずだが、俺が困惑してるのが分かったのだろうか。今は明らかに動揺を見せているし、分からないことはないか。

 ルリは俺にそうやって言ってくれ、更に言えば、後ろから少しだけ体を近づけてくる。


 気にしてないし、俺に対して信用を無くしてもいない、と示しているんだろう。自分から俺と一緒のベッドで寝ることを、何より逃げられない壁側を選ぶぐらいだ。ルリが俺に対して信用を持ってくれているのはわかる。

 しかし、しかしだ。俺からしてみれば、先の柔らかな感触と相まって、その距離は別の意味で不安だ。眠れる気がしない。


 さっきのことのせいで、少し、なんだ、ルリをしている。

 異性として見てしまっているような、理性でそれを抑えている状態で。


 「あぁ、ありがとな。ただ次からは本当に気をつけるよ」


 せめてルリにそれを悟らせないよう、俺は意識して動揺を消し、ようやくポーカーフェイスをいつも通り貼り付けて、そう返すことが出来た。


 兎にも角にも、時間の経過でこの思考を無くすしかない。これから先、ルリと気まずい雰囲気になんてなりたくもないし。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る