第20話
色々と試すことはあるが、気がつけば外から入り込む光は茜色となっていた。
ふと、ということはあの太陽のようなモノがやはり光を放っていて、だから地球のように夕方は茜色に染まるのかと思ったり。この世界が果たして惑星なのか、それとも実は平面的なものなのかは分からないが、あの太陽らしきものをこの世界、星は回っている───太陽の方が回っている、衛星の可能性もあるが───のは高い可能性として有り得るだろう。距離に関しては分からないが、茜色になっているということは、割と地球と似たような状態なのかもしれない。
だからなんだという話なのだが。ただふとした瞬間にそういうことを思うだけで、それを解明したところで何か役立つ知識を得られるのかと言われれば、別にそんなことは無い。少なくとも俺は、そういった何かしらの専門分野に足を突っ込もうとは思っていない。
けれど、もしかしたら必要になる時が来るのかもしれないという、そんなちょっとした心だ。
それはともかく、御者を務める女性が馬車内へと通じる窓を開いて「もう少しで街に着きますよ」と言ってきたので、俺の膝を枕にして熟睡している、ルリの肩を揺らして起こしてやる。
「ルリ、そろそろ着くらしいぞ」
「………んぅ……」
起きた時に疑問に思われても困るので、先にルリの姿勢をしっかりさせておく。流石に俺の膝の上で起きたと認識すれば、確実に意識するだろう。
ルリは素直なところと素直じゃないところがハッキリと分かれるタイプだ。自分から起こした行動ならある程度羞恥も耐えられるが、そうじゃない、突発的なものに関しては違う。
それに、露骨ではないが少しツンとした、ぶっきらぼうな態度もある。今では軟化しているが、それだっていきなりのことにはどうなることか。
ともかく、ルリは肩を揺らされると、微かに身動ぎした。そのまま眠たげに瞳が開かれ……ようとするが、夕日が眩しいのか薄目状態で留まる。
「……着い、た……?」
「あと少しで着くらしい」
まだ微睡みの
ぼーっとはしているが、その程度。ルリはいそいそと少し乱れたローブを直して、はっとしたようにこちらを見るが、俺は首を横に振る。
「何もしてないからな」
「……別に、疑って、無い」
いや、少しは疑っただろ。ローブが乱れてたのは単純に膝枕をした時に体が横になったせいだ。
それを説明することは出来ないが、言葉を先に放ったお陰か、特に追及されることはなかった。
時間は先程も言ったように夕方。やがて馬車の窓から、王都より二回り程度小さい街が見えてきて、ようやっとか、なんて思ったり。もちろん街は壁に囲まれていて中は見えないのだが、防壁があるのは予想出来ていた。
流石に長時間座っていたことで尻が痛いが、それもようやく解放される……明日にはもちろん同じような旅をしなきゃいけない訳だが。
そのまま街の中へと入る。街に入る時に検問はあったが、冒険者カードを見せればあっさりと通過。作ったばかりというのもあり本当に通るか不安だったが、検問をしていた門番らしき人が特に不審に思う様子を見せなくてほっとしている。
途中で馬車から下ろしてもらい、また明日も乗せてもらうことをお願いしてから、ようやく俺はんーっと伸びをした。
「っ~……やっぱ、王都よりはまだ気楽だな」
「……それは、そう」
人通りは多いが、それでも王都より明らかに少ない。しかし慣れぬ土地であることに変わりはなく、俺はルリとの距離を縮めて、辺りを見回した。
「御者の人の話だとこの近くに宿屋があるらしいが……」
「……早く、みつけ、たい」
「だな」
ルリは旅はしたことあると言っていたが、比較的王都に近い───それでも一日───距離のこの街を知らない辺り、ただ覚えていないのか、ここに寄ったことはないのか。
何にせよ、ここではルリの土地勘も無いため、手探りとなるだろう。俺は探しに行くためにルリの手を握った。
「……いき、なり……ビックリ、した」
「悪い。けど、王都じゃルリの方から手を繋いできたし、今度は俺の方からしてもいいかと思って。お互いを見失うほど人は居ないが、探すのに夢中になってたら居なくなってるのに気が付かない可能性もあるからな」
気恥しさをおくびにも出さず、いつものようにポーカーフェイスを貼り付けて言えば、振りほどかれることは無かった。
あの時ルリの方から手を握ってきたのだし、このくらいのスキンシップは問題ないだろうと判断してのことだ。理由に関してもほとんど建前でしかない。
───なんでだろうな、こんなにも触れ合いを求めるなんて、
ただそれを思考に浮上させないようにして、人波に沿って移動した。この時間帯、宿屋を利用する人間もいるだろうし、この辺りに宿屋があると御者の人は言っていたので、見つけるのは容易いだろう。
事実、そうかからずに俺達は宿屋を見つけることが出来た。
「あったな」
「……ん」
ルリの手を引いてそちらへ向かう。やはり黒髪は珍しいのか多少目は引いていたが、そんなものはお構い無し。
「二部屋一泊、入れますか?」
見つけた宿屋の中へと入って、直ぐにある受付に居る女将さんらしき人物に、俺は聞いていた。
その隣では、ルリがどことなく気まずそうにしている。というのも、俺が手を離さずしてそのまま女将さんに話しかけてしまったからだろう。
何となく離すタイミングを逃してしまった。かといって、変に離しても……といった心境か。
偶然にも俺もそれと似たようなもので、片手の感触は努めて無視している。フニっと、フワッと、柔らかな感触が病みつきになってしまいそうで、本当に辛い。
女将さんは俺の言葉を聞いて、しかし直ぐに申し訳なさそうな顔をした。それだけでもう俺の希望通りには行かないのが理解出来てしまって……果たしてどんな不都合があるのやら。
「ごめんなさいね、今日はあと一部屋しか空いてないの」
そんなことを考えていたら、一部屋フラグが回収されてしまった。俺はルリと顔を見合わせる。
ルリの意思を確認したい。というかルリの意思なくして決定はできない。
「料金さえ払ってもらえれば、同じ部屋に二人でも構わないんだけどねぇ……そこのところ、どう?」
なので、どう、と聞かれても、残念ながら俺に回答権はない。
ここで男側の俺が決めてしまうのは完全にダメだろう。相手が叶恵とかならまだしも、ルリだ。
もう一度、ルリと顔を合わせるが、ルリは別に嫌そうな顔をしていない。迷いは見えていたが、それも極わずか。
「………家族、だから……平気」
やがて俺が何も言わないと察したのか、ルリはそう女将さんに告げてしまった。
否、普通にではない。完全に恥ずかしがっている……が、ここで『でも』とかなんとか挟むのは、変だろう。
女将さんは言われて気づいたとばかりに俺達を見比べる。
「あら、確かに、言われてみれば髪も黒だし、顔立ちもどことなく似ているような……?」
髪はともかく顔立ちは似てないと思うのだが、ツッコミは入れない。ともかく、ルリが良いと言ったならそこに関しては問題ない。いや、こんな見た目の、身内ではない少女と同じ部屋に泊まることに抵抗は少なからずあるが、こういう時こそルリが年齢をまだ言ってないことを思い出そう。
年齢不詳なら───問題ない。合意の上なら犯罪性は無い。これが見た目通りの……10とか、場合によっては一桁にすらなりかねない年齢で身内でもないと危ないが、年齢不詳なら問題ないな。
「まぁでも、家族なら問題は無いわ! ベッドは
そう、犯罪性は無い、問題ない……と言ったが、女将さんのに言葉に、思わず頭を抱えそうになった。
犯罪性が高まってしまった。
流石にそれは許容できない。例えば今日は馬車で、すぐ隣でルリは寝て、そのまま膝枕までしたが、あれとは全く違うのだ。
幾らルリが幼い容姿で、俺もルリに対して身内のような感覚を抱いているにしても、どう頑張っても異性であることに変わりはない。
つまり、俺がそういう気分にならないかと言われれば……限りなくゼロに等しいながらも、ゼロではないと言えてしまうような、そういう訳で。
……いや、分かってはいる。小学生レベルの容姿の相手にそういう気分を抱く方がおかしいというのは。それでも、可能性としては無いに等しいとしても、ルリの可愛い、可憐な様子を変に誤認してしまえば、分からない。何故かと言われれば、俺はこれでも健全なる男子高校生であるから、としか答えられない。
少なくとも、隣にルリが居る状態でベッドに寝て、普段通りの精神状態を保っていられるかどうか、五分五分でもいい方だろう。多少なりとも意識してしまえば、寝るのに支障が出る。旅が始まった以上、例え目覚めが最悪なものだとしても、肉体の疲労は取っておくべきで、それが出来ないとなると少しキツイ。
そしてルリ自身、性別的な羞恥を感じていることもある。それに関しては馬車で起きた時、最初に自身の体を確認して、俺に微かながら視線を向けたことから理解出来ているし、ということは、異性的な意味で多少なりとも俺の事を意識しているところはあると思う。
自惚れとか自意識過剰ではなく、純粋なる反応として、推測する。そこに嫌悪感が無いのは現状としては断言出来るが、それは逆に好意的であるとは言えない。
信頼されているとは思うが、男として好意的に取られているかどうかなんて知る訳ないし、それが知れる機会がある方が問題だ。
ともかく、ルリだって少なくない抵抗があるはずで、一つのベッドとなれば流石に厳しいと思われる。異性と一つのベッドで寝るなど、女だけでなく男としても色々な意味で多大な抵抗があるのだから。
……仕方ない、ここは家族でも同じベッドは抵抗があるという言い訳で、ルリだけ部屋に泊めよう。最悪他の宿屋を探すなり、もしくは諦めて寝ないという選択肢も取れる。
そう思って口を開く俺よりも、残念ながらルリの方が行動が早かった。
「………平気」
一言。少し背伸びして、完全に動揺を見せながらも放ったたった一言で、俺の予測を覆してきた。
間はあったし、先程よりも強い抵抗はあったようだが、それでも拒絶するには至らなかったらしい。嬉しく思う反面それでいいのかと本気で聞きたくなってしまう。
そんな俺の心情など知らないだろう女将さんの方が、ニッコリとした笑みで話を進めてしまった。
「それは良かったわ! 部屋は二階の突き当たりで、鍵は、はいコレね。うちの宿は壁は厚いから、例え隣の部屋で何かあろうとそうそう聞こえてこないよ。家族で気まずい思いになる心配はないから安心しなさい」
果たしてそれは、善意か悪意か。きっちり料金表を示しながら有無を言わさぬように言ってきた女将さんに、だが俺は困惑しそうになる思考を抑え、まずはとポーカーフェイスで対応した。二人一泊分の料金を払いつつ、そして鍵を受け取れば、女将さんは要らぬ気遣いすらも回してくれる。
今の一言だけで何となく気まずくなってしまうとは考えないのだろうか。果たしてルリがその方面の知識を持っているのかどうか……に関しては、微かに変化のあったその表情を見て把握できる。
そういうのはしっかりと理解しているらしいというか、あれだけ本を読んでいれば当然とも言えるか。となれば尚更、俺に対しての意識はただ漠然とした恥ずかしさではなく、性的な部分もきっと伴っているのだろう。
それなのに同じ部屋で、同じベッドでも良いと言ったことに関してはやはり困惑するが、それでも俺は、ルリが良いと言って、その体で話が進んだ以上仕方ないと、最後までポーカーフェイスを崩すことなく、あまり覇気のない足取りで示された部屋へと向かうことにした。
部屋に行ったら取り敢えず真意を聞こう。そして何がどうあれ、ともかくとして俺の信頼を落とさないように気をつけよう。
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