第17話



 それを表すなら、役所、だろうか?

 建物の中央に時計でも付けていれば完璧だったなと思うような外観。他の建物よりも一際大きく、そしてこの辺りを通る人もまた、特殊だ。人もある程度まばらになっている。


 冒険者ギルド。ルリの案内によってついたそこは、思っていたよりは、小綺麗な場所だったと言っておこう。荒くれ者が集うようなイメージは無いのだが、意外としか言えないだろう。

 

 ───ところで冒険者という職業は、数々のラノベで見られるような魔物討伐をメインとした便利屋のようなもので相違ない。

 そして同時に、職に溢れた者の最後の受け皿としても機能している。その性質上、身分証や書類などの提示も無しに、純粋な自己申告のみの情報で冒険者としての身分を保証してくれるという、今の俺にとっては素晴らしくも、色々と穴がありそうなシステムになっているようだ。


 とにかく危険な仕事、というのが最もメジャーな認識だろうか。騎士団のように装備が支給されたり訓練を受けさせてもらえるわけでもなく、かと言って街の中で安全にこなせる依頼はその分報酬も少ない。


 当然訓練も何も受けていない一般の人間がいきなり魔物と戦おうとするのは、非常に危険だ。俺達は勇者としての高いパラメータと、グレイさんの指導のもと訓練を受けたりしてようやくゴブリンを倒したのだから、その二つがない状態では、普通に考えて厳しい。

 俺達よりは殺しに忌避が無いとしても、相手もまた武器を持っていたりする。子供が相手でも、包丁を振り回していたら無闇には近づけないだろう。


 故に、ゴブリンが相手でも絶対の安全はない。死亡率も当然だが高く、普通の人間は最後の最後という形で冒険者という職を選ぶだろう。

 そして周囲を歩く人は胸当てやレギンスを付けていたり、腰や背中に武器を帯びていたり、街の中にしては物騒だ。それだけで冒険者という職の特徴を出している。

 危険な仕事というのはそれだけでも判断可能だ。

 

 「……トウヤ、入ら、ない?」

 「あぁいや、ちょっと考事をしてて。今入る」


 そんな風に周囲の観察をしていれば、隣にいたルリから急かされてしまったので、思考を切りかえて俺は目の前の役所らしき建物、冒険者ギルドへと足を踏み入れる。


 ちなみに言えば、現時点で目立ってはいた。なるほど、青髪オレンジピンクなど、コスプレとしか思えない髪色の中に、俺達にとっては見慣れた、しかし周りにとっては珍しい黒髪というのは、場違い的な意味でも本当に目立つ。赤髪ですら、地球の落ち着いた赤毛と比べると、圧倒的に明るく鮮やかな色であり、まず地毛としては見れない。

 ルリが居て良かったとつくづく思うな、これは。


 扉を開けば、扉の上に取り付けられた鈴の音が鳴り響く。一瞬俺達に視線が集まり、本来ならすぐに霧散するだろうそれは、しかし奇異の目で見られ続けていた。


 「なぁ、実際黒髪ってどれくらい珍しいんだ?」

 「……この街には、私ぐらいしか、居ない……他に、見たことない、から」


 それだけ目立てば気になるわけで聞いてみたが、予想以上に珍しかった。


 この街の人口は分からないが、往来を行き交っていた人々の数を見れば、万は軽く登るだろう。大通りは東西南に一本ずつしかないが、もちろん細かな通りも無数に存在しているので、そこまで含めたら結構な数になりそうだ。

 そんな中で、ルリが他に見たことないというのなら、数万分の一ということか……これが一万でも、確率としては0.01%。しかし一万人以上はいるだろうから、0.00までは確実だろう。


 まぁ、超級のレアモンスターだなそりゃ。地球では黒色や茶色などの髪色はあっても、他の鮮やかな髪色がないように、鮮やかな髪色が沢山あるこちらでは、黒髪などは逆に少ないということなのだろうか。


 そこら辺はきっと、樹にでも聞けば考察してくれるだろう。流石に人体の髪の色素という細かい知識に関しては知りえていない。


 視線を気にしないようにして、代わりに内装に目を走らせる。


 正面には受付があり、そこでは受付嬢とも呼ぶべき女性達が、見事な営業スマイルを振りまきながら冒険者達の対応をしていた。見るに、依頼の受注や達成報告、それと、あれは俗に言う魔石ませきだろうか? それを渡している冒険者の姿も見える。


 そこから左側に顔を向ければ、そこの壁には掲示板らしきものがかけられていて、そこに手描きの依頼書のようなものが貼られていた。

 それを受付に持っていき受注するのだろう。何となく流れが掴めた。


 さて、一方で右側だが、こちらには外観からは予想がつかぬが、しかし冒険者ギルドであると考えると何ら意外でもない、酒場があった。

 別の建物であるかのようにそこで床と壁が区切られていて、別のものになっている。まだ朝だと言うのに酔い潰れたのかテーブルに突っ伏している者や、酔い潰れてはいないが酒を煽っている者も。


 冒険者に酒場と酒は付き物らしい。日本の異世界ラノベ作家はやはり正しい知識を持っていたのだな、等と思考の隅で思いながら、俺はルリに顔を向ける。


 「……?」

 「いや、ルリは冒険者登録をしたことがあるのかと思って」


 不思議そうな顔を向けてきたルリに聞いてみる。案内されてる身なので何も思わず着いてきたが、ここはルリみたいな女の子には似つかわしくない場所で、明らかに場違いだ。

 

 「……一応。しといた方が、便利、だし」

 「……」

 「……何か、変なこと、考え、た?」

 「いや、別に」


 果たしてこの容姿の幼女、もとい少女、あぁいやもとい幼女が冒険者という職業に登録するのは法律的に大丈夫なのだろうかとか、そもそも受付がそれを通すのってどうなんだろうかとか、冒険者と言えば『ここはお子様が来るような場所じゃねぇ』と言うような奴が一人ぐらい居そうなのにルリには誰も絡まなかったのかとか、そんなことが脳裏を過ぎった訳では無い。


 少なくとも受付嬢がルリを目にした時の反応は、驚きに似ていた。それも小さな女の子が、と言うよりは、ルリ個人が来たことに対して驚いているように見えた。

 そして同時に、側に立つ俺にも。


 「すみません、冒険者登録をしたいんですが、こちらで出来ますか?」

 「はい、出来ますよ」


 そんな驚いた様子も、俺が声をかければ瞬時に切り替わる。そこは職柄ということだろうか。

 受付嬢は見事な営業スマイルを浮かべて、俺に対応した。


 名前、種族、性別、年齢などを聞かれ答えれば、特に何か書類やらを求められることも無く本当に自己申告ですんなり通る。なお、名字は申告しておらず、受付嬢は手元の紙に『トウヤ』とカタカナで書いていた。

 この世界には日本語、漢字があるが、名前に漢字を使う習慣は無いらしい。確かに日本名は見かけないし、イメージ的には言葉は日本語、名前はヨーロッパ風で基本カタカナ、そこにファンタジー的な部分が混ざっている感じだ。


 僅か一分にも満たない応答で、受付嬢はメモをした紙を持って一度受付の奥に引っ込むと、十秒ほど後に一枚のカードを手に戻ってきた。


 「これが冒険者としての資格を表す証明書です。失くさないように気をつけてください」

 「ありがとうございます……あの、これで終わりですか?」

 「はい、これで終わりですよ」


 まさかと思いつつ聞けば笑顔で返答が……いや早い。スマホで行う会員登録よりも早いんじゃないか?


 本当に必要最低限の情報しか言っていないのにそれで登録するってどうなのだろうと思いつつ、そのカードを受け取る。

 うむ、免許証のようなカードだ。こんな世界にあるのは似つかわしくないような、しかし冒険者カードと言われると違和感がないのが不思議。情報としては、俺の名前と種族、そして登録日と、『ランクE』という項目がある。


 ランク───まぁ、冒険者には付き物なのかもしれないが。


 「それでは早速冒険者としての説明をしたいのですが……その、の方は本日はどのようなご要件で?」

 「……あ、私? ただ、トウヤ、の、付き添い、だけど……」

 

 突然受付嬢に聞かれたルリが、カウンターにギリギリ届くかどうかという体を背伸びさせつつ答える。

 明らかにルリの方が付き添われる身であるように見えるが、突っ込んではいけないぞ俺。


 「付き添いですか? てっきりこちらの方をしに来たのかと……」

 

 ルリのことを知っているらしい受付嬢は、意外だと反応する。どうやらルリには何かしらの権利がある様子。こちらの方、つまり俺だが、ルリが俺を推薦するということだが……果て、冒険者に推薦制度とかあるのだろうか。

 ルリにはその言葉がピンと来たようで、あっと思い出したような表情をしている。


 「……そっちの方が、楽、だっけ?」

 「楽と言いますか、推薦された冒険者はBランクまでの昇格試験を受けることが出来ます。でも、推薦にはギルドが発行している推薦書が必要でして……」

 「……持ってない、し、書くの、面倒くさい……から、いいや」

 「はぁ、まぁそれでしたら構いませんが……」

 

 ルリは興味無さげに言ったが、俺としては少しだけその特権の恩恵を受けたかったような。今の話の内容からして、推薦というのは恐らく、既に登録している冒険者のうち、何らかの条件を満たした者が、他の冒険者を推薦、実力を保証して、こちらも何らかの条件を満たさないと受けられない昇格試験とやらを、受けられるようにするというものなのだろう。

 

 現在の俺のランクがEであることを考えると、Bランクというのは3つもランクが上だ。そう簡単にランクが上がるかどうかも不明な状態、一足飛びに昇格試験を受けられるのなら良かったのだが……同行してもらってるルリに強いることは出来ない。


 それよりも気になるとしたら、ルリが推薦した場合無名の存在がランクBまでの昇格試験を受けられるのなら、つまりルリはランクがという可能性が高いということになる。でないと実力なんかは保証できず、推薦としてはおかしくなる。

 そして、ランクというのはこちらの世界でもアルファベットにちなんでいる。つまり、Bの上はAで、Aの上は、魔物のレートにSがあることから、Sランクが設けられていると思われる。


 となると、ルリは上から二つ目、もしくは一番上という可能性があるのだが……冒険者として最も求められる能力が戦闘能力などであることを考えれば、ランクが高い=強いという式が成立し、仮に魔物のレートと冒険者ランクを同列で当て嵌めてみれば、AどころかBですら明らかに強い方だ。一流レベルではないだろうか。


 ……俺の方を見て、『何見てるの?』とばかりにコテンと首を傾げているルリが、推薦という特権を持てるほどに強い人物だという俺の予想は、当たっているのか否か。少なくとも今俺は、この予想は間違ってるんじゃなかろうかと、その可愛らしい仕草を見て思っている。


 「───では、トウヤさん。改めて、冒険者について説明させていただきますね」


 ルリが推薦しないということを知って、受付嬢はそれ以上聞くことはなく、直ぐに俺の方に笑顔を向けてきた。

 何にせよ、これで身分証は取得出来た。別に冒険者ランクを早急に上げることが目的ではないので、取り敢えずは第一の目標をクリア出来たということにしよう。

 

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