第18話



 冒険者。それを説明するのは簡単だ。


 冒険者ギルドに寄せられた依頼をこなす職業。簡単に言えばそれに尽きる。


 ギルドに寄せられる依頼は多種多様で、ギルド自身は明確な依頼内容の指定はしていない。条件としては、依頼主が報酬を払えることを証明することと、法や国に背くような依頼では無いこと。これが守れればどんな依頼でもギルドは貼り出すらしい。


 とはいえ、冒険者として最も求められていることは、魔物の間引きだ。魔物の発生速度は通常の動物と比べても異常な程に早く、誰かが間引かないとすぐに魔物は溢れかえってしまうらしい。

 そのため冒険者が受ける依頼の多くは、国が依頼した魔物討伐系のものになることが多い。国が依頼した、ということで、報酬も安定しているのに加え、危険度の高い魔物の討伐依頼はその分高額だ。


 だが、誰も彼もが全ての依頼を無制限に受けられると、今度は自分の力を過信した冒険者が、その高額な報酬につられて痛い目を見ることになる。随分と昔の話らしいが、対策が打たれる前は実際死亡率が高かったらしい。


 そこで重要なのが、冒険者ランクと受注制限だ。


 冒険時にはランクが存在していて、それらは主に昇格試験の合格によって上がる。基本的には『戦闘能力』と『依頼達成状況』、この二つが規定値を満たしていると判断されれば、昇格試験の受験が許可され、それに合格すればランクが上がる仕組みだ。

 ランクは登録時のEから最高位のS+までの7段階で構成されているが、一応EからDに上がるためには昇格試験を受けるのではなく、規定数の依頼達成で自動的に上がるようになっているため、実質DからS+だ。


 そして受注制限というのが、その名の通り依頼を受注する際における制限なのだが、その一つが契約金を支払わなければならないこと。

 言ってしまえば、依頼を受ける際に『この依頼を責任もって受注した』という証明として、冒険者が依頼に対する契約金をギルドに支払うということだ。無事に依頼を達成出来れば契約金を含めた報酬を受け取ることが出来るので損は無いし、一方で達成出来なければそのまま契約金は没収される。


 契約金自体は少ない額だが、例えば複数の依頼を横着して一度に受けようとする。そうすれば額は増えるし、依頼には期限が設けられているため、全てを達成するのは困難になってくる。一度に複数の依頼を受けて結局達成できない、というような状況を作らないための、そして自分には難しい依頼を無闇に受注させないための仕組みだ。


 そして契約金以外に、制限がもう一つある。それは『この依頼はランク〇以上の冒険者しか受けられません』というランク制限だ。

 ギルド側が依頼の難易度を推定し、達成出来るであろう冒険者ランクを提示する。原則そのランク未満の冒険者は、その依頼を受注することが出来ないというわけだ。


 前述した『依頼達成状況』というのは、自身のランクが適正である依頼を安定して達成出来ているかどうかを判断される。例えばCランク冒険者であれば、Cランク以上の冒険者が受注できる依頼を受けて、八割以上達成出来ているかどうか、というのが判断基準だ。

 もちろん『一個だけ受けて達成したので達成率は100%です』なんていう屁理屈は通らず、最低限依頼を達成しなければならない回数も定められている。

 同様に簡単な依頼ばかりを受けていても、当然昇格試験は受けられない。また、依頼の受注、達成状況は、特殊な魔道具マジックアイテムによって世界中のギルドと共有され、記録されているらしい。


 つまり虚偽の申告などもできない。しっかりと適正ランクの依頼をこなして、更に戦闘能力も規定値を満たしていると判断されて、初めて昇格試験を受けられるというわけだ。


 その原則がある以上、『Sランク級の魔物を倒したのでSランクまで上げてください』という異世界ラノベにおける冒険者ギルドお約束の飛び急展開は出来ない。

 例えそれを倒したことを証明できても、戦闘能力が規定値を満たしていると判断されるだけで、依頼達成状況がしっかりとしていなければ、一足飛びにはいけないわけだ。


 どれだけ有能な人物でも、チートな主人公でも、出世には最低限の時間をかけなければならないらしい。ギルド側としても恐らくは、いくら戦闘能力が高い人物でも、それ以上にしっかりと依頼を安定して達成してくれる、信用における人物かを把握しなければならないため、仕方ないといえば仕方ない。


 それを少しでも省いてくれるのが先程の推薦制度なのだろうが、そもそも現在の俺はレベル1。昇格試験を受けられたところで受かるとは限らないと、現在反省しているところだ。


 ちなみにその昇格試験の内容は、昇格予定のランクの依頼をギルドが派遣する試験官の前で達成する、という内容であり、Aランク以上は貴族との関わりも出てくるため、常識や知能、礼儀などが身についているか判断するために、簡単な筆記試験が追加される仕組みだ。


 まとめてみれば、冒険者としてお金を稼いでいくためには、自身に合った依頼を継続して受けるのが良く、それは難しい依頼ほど旨味がある。

 そして難しい依頼を受注するためには昇格試験を受けなければならないわけで、冒険者は上のランクを目指して日々依頼をこなし、戦力を高めている───。




 ───と、現状冒険者について把握すべき点としてはこんなところだろうか。


 受付嬢からの説明を聞き終えた俺は、それらの情報を咀嚼し整理する。


 現在の俺は最低のEランク。受けられる依頼はゴブリン討伐や住民から寄せられたお手伝いを頼む的な依頼くらいで、ゴブリン討伐を一回以上、あとは自由な依頼を四回の、計五回連続で依頼を達成出来れば無事にDランクに昇格できるらしい。


 だが、クリスが気を利かせてくれたお陰で、お金には多少の余裕がある。今すぐここで冒険者として活動しなくとも良いだろう。それよりも、次点の目標としては、自身の戦力───レベルを上げるために適した場所を探す必要がある。

 最低限の身分の保証はされたので、冒険者として活動するのはそこからでも遅くない。


 何より、ここは王都。王都ということは、立地的には安全な場所だ。そんな場所では冒険者として旨味のある依頼もそこまで転がってはいない。人口が多い分、個人が発注した依頼は沢山あるので、依頼には困らないが、内容を見る限り、正直日雇いアルバイト紛いのことをさせられるだけで、レベルを上げる行為には繋がらない。


 もっとゆっくりと異世界観光を楽しみたかった気が……いや。


 地球に帰るために、安全を少しでも確保するために、優先順位を間違えてはいけない。


 「なぁルリ、レベルを上げるためには魔物を倒す必要があるんだよな? それ以外の方法は基本無い?」

 「……無い、と思う。そもそ、も、レベルは、ステータス、は、が、人間に、与えた、、だから……魔物以外、倒し、ても、意味無い……」

 「女神シアの、恩恵……?」


 前提を把握するために、ギルドから出つつ隣を歩くルリに聞けば、ルリは小さく頷き、更に補足の説明をしてきた……のだが。

 俺が首を傾げると、仕方ないとばかりにたどたどしい言葉で長文を紡いでいく。


 「……女神シア、は、分かる、でしょ? この世界の、創世神。この土地も、植物、も、生物も、全部、女神シア、が創り出した……って、言われて、る……だけど、唯一、魔物だけは、女神シアの、創造物、じゃ、無い……」


 世界創世の話だろう。確か樹がその系統の本を読んでいたはずだが、俺は手をつけておらず、知識不足だ。女神シアという存在がこの世界では信仰されているというのは知っているが、それぐらい。

 この話によれば、最初に女神シアという存在が居て、その存在が全てを創り出したと。しかし、魔物と呼ばれる存在だけは、その女神シアが創り出したものではない。

 

 長い言葉で疲れるのか、ルリは一度息を大きく吐いて、しかしまだ説明は続けてくれるらしく、小さな口を再び懸命に動かした。


 「……魔物は、別世界、から、やってきた、悪しき存在、とされてる。それで、とても強い……女神シアに、創り、出された、生物は、魔物に、対抗、出来なかった……だから、女神シア、は、自らが、創り出した、存在を、助けるため、に、人間に、『恩恵』を、授けた……」

 「その恩恵が、ステータスで、レベルか」

 「……そう。魔物を、倒すと、強くなる……魔物の、魂を、自分の糧、にして、レベルを上げる、恩恵……でも、身内……女神シアの、創造物同士、で、争わ、ないように、魔物以外、の生物を、倒し、ても、強くは、ならない……」

 

 「分かった?」と俺の方を見るルリに、頷きを返す。あまり口を動かすことに慣れていないのは一目瞭然だが、それでも頑張って喋ってくれたのはとても有難い。


 魔物は異世界からやってきた悪しき存在で、人間を含めた生物はその魔物に対抗する術を持たなかった。だから女神シアは、その対抗手段としてステータスという恩恵を人間に授けた。

 魔物を倒すと強くなるというのは、魔物の魂を糧にして強くなっているということで、これがレベルアップという現象。また身内同士、この場合は女神シアが創造した生物同士で争わないように、魔物を倒す以外の手段ではレベルアップが出来ないようにしたと。


 これだけ丁寧に説明されれば、把握するには十分だ……が、ルリはまだ説明が出来ていなかったと、何かを思い出したように口を開く。


 「……魔物、側にも、ステータスは、ある。魔物も、生物を、倒すと、レベルが、上がって、強く、なるから……魔物を、創り出した、女神シア、みたいな存在、が、魔物にも、恩恵を授けた、っていう説が、有力……実際は、知らない……けど」

 「いや、十分すぎる情報だ。助かるよ」

 「……ん」


 何にせよ、レベルアップが魔物を倒すことでしか出来ないということは理解出来た。神話の話にどこまで信憑性を持っていいのかは不明だが、少なくとも曖昧かつ非現実的な話、という訳ではない。

 実際にステータスというシステムがこの世界にある以上、その話は仮説として成り立っている。


 問題は、効率よくレベルを上げることが出来る場所だ。ゲームなら序盤の敵を倒してボスを倒し次のステージへ、というのがお決まりではあるが、ここは現実で、リアルで、最初の街から離れれば離れるほど順々に強い敵が居る、なんていうご都合的単純設定にはなっていない。どちらかと言えば、オープンワールドゲームに近いだろう……ゲームの例えを出すのは微妙かもしれないが。


 常に適正レベルの魔物と戦い、比較的安全かつ効率よくレベルを上げることが、移動時間も考えると難しいのだ。出来れば移動時間が少なく、かつ高レベルまでその場でレベルを上げ続けられる場所があればいいのだが……残念ながら地図は頭に入っていても、魔物の生息分布図はまでは手を出していないため、候補地がさっぱりと浮かばない。


 「どうするか……」

 「……レベルアップ、するのに、適した……場所?」

 「あぁ、出来れば低レベルから高レベルまでカバーできる場所が良いんだが……心当たりあるか?」


 俺が零した呟きを、ルリは拾い上げてくれる。前後の会話と俺の目的から、俺が何に対し困っているかを把握したらしい。

 それを聞けば、自身の記憶を探るようにルリはその場で一度立ち止まった。往来で立ち止まるのは迷惑に繋がるかもしれないが、幸いにして、ルリはすぐに歩みを再開させた。

 それは同時に、望む記憶が見つかったということでもある。


 「……ちょっと、遠出になる、けど」

 「構わない」

 「……隣国、ヴァルンバ、の、王都が、レベルを上げる、には、一番、適してる……と思う」


 隣国、隣の国。確かにそこにはヴァルンバという名の国があったはずだ。方角はこの国から北西で、しかしその国には確かルサイア『神聖国』のように、特殊な呼び名があったはず……。


 「……

 「……ん。あそこ、には、迷宮が、あるから……」


 思い出して、納得する。そういえばその国にはという特色があったなと。


 「分かった、ならそこに行こう。距離は……」

 「……馬車、で、大体、8日?」


 地図から概算したのだろう。少しだけ虚空に視線を走らせたルリは、すぐにそう導き出した。

 8日……隣国の首都、王都まで行くのにそれだけの時間がかかるというのが、この世界の広さに対する移動速度の遅さを示している。


 やはり一日でも早い移動が求められる。馬車がどの程度の速度かは分からないが、俺が本気で走り続けるよりは遅いだろう。かと言ってルリが居る状態で走って移動するのは論外で、俺は時間を確認した。

 まだ、地球で言う七時台。恐らくこの世界にも、タクシーのような運輸業はあるだろう。


 「……今なら、まだ、早い、から、馬車、出てると、思う……こ、こっち」


 そうと決まればと、少し前のように、俺の手を掴むルリ。今度は意図的なものらしく、まぁ先程説明された通りの理由であるからだろう。変に意識したり、逆にここで手を掴まないと、先程の行為が今度は何だったのかとなってしまう。

 実際そこまでルリが考えたのかは定かではないが、一つ言えるのは、俺の手を引くルリは、恐らくまたその顔に、微かな羞恥を滲ませているだろうということだ。


 可愛いことで、なんて、穏やかな気持ちになるのが自覚出来る。


 「その前に、携帯食的なものを買っておきたいから、先にそっちを頼めるか? 流石に食事無しで旅をするのは御免だ」

 「……ん」


 その小さな手を握り返して言えば、ルリは先を急いでいたことを恥じるように、俯いて別の方向へ俺を引っ張り出した。

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