第15話



 「───なぁ、本当にこれ持ってっていいのか?」

 「はい。これらの魔道具マジックアイテムは讓渡、アイテムバッグは貸し出しという形になりますが、実質トウヤ様の物だと思って頂いて構いませんよ。どうぞお気になさらず」


 そうやっていい笑顔で言われるのは、当然先程準備してくれた魔道具マジックアイテムとアイテムバッグに関してなのだが、それでも俺は確認したかった。


 普通、持ってけと言われたら精々が数個だと思うじゃないか。


 まさか、台車〃〃を使わなければならないほどの量を持ってけと言うなど、思わないじゃないか。俺は仕入の商人か何かか。

 ───という考えは、最初にアイテムバッグの話が出た時に想定しておけということであって、あの応接室分は余裕で入るという言葉から察しろということであって。


 いやでも流石にそこまで推察するのは難しいんじゃないかとも思うわけでともかく。


 「こちら魔物避けの魔道具となっています。こちらは暗幕を張る魔道具でして、こちらはどれだけ離れていても会話が可能な───」


 と、目の前ではここまで魔道具を運んでくれたメイドのサラさんが、一つ一つ手に取っては魔道具の効果を説明し、それらをアイテムバッグ───見た目は普通の、特別大きい訳でもないショルダーバッグ───に収納してくれている。

 本来なら一度では覚えきれないだろうが、その点に限っては問題ないというのはもはや言うまでもないだろう。


 ただ、普通に考えてこれだけの量、絶対安くはないだろうなと思うだけだ。


 そう考えている内に、魔道具は台車分丸ごと普通サイズのショルダーバッグの中に収まった。ちなみにだが予備の着替えや俺の制服、あと役に立たなくなったスマホなども入れてくれているらしく、更に言えば今、手渡しで金貨袋を貰った。


 何から何まで至れり尽くせりである。ちなみに金貨は地球で言う諭吉のようなものなので、俺は万札が入った袋を受け取ったことになる。

 ご丁寧に金貨だけでなく、その下の銀貨や銅貨等の小銭まで入っているのは、使いやすくしてくれてのことだろう。金貨袋ではなく普通に財布だ。


 「出世払いでいいか?」

 「はい、期待してますよ」


 王女の笑み。流石にこれだけの金を受け取ったのならば、後で返さなきゃと思うのは当たり前だ。とはいえ今の俺には返せるものが無いので、結局のところ出世払いである。勇者として活躍して元を返す方法が一番いい。


 さて、丁度これで俺の準備が全て整ったところなのだが、そのタイミングでその場にもう一人、待ち人が現れる。


 ゴロゴロゴロと車輪の音を鳴らし、どこか旅行───旅ではない───にでも行くのかと聞きたくなるようなキャリーバッグを引いて、通路の奥からその少女は姿を現す。


 この世界では珍しいらしい純黒の髪と瞳。ゆったりとしたローブのような服装は歩く度に裾を地面に擦ってしまっていて、改めて見るとやはり小学生レベルの子供にしか見えないわけで。


 「丁度、ルリさんも来ましたね」

 「……ん」


 と、クリスの声に喉を鳴らして反応した少女、ルリは、130センチほどの背丈で持つには大きいそのキャリーバッグをよいしょと縦に立て、自分も準備万端ですとアピールしてくる……キャリーバッグって、異世界にあるものなのだろうか。実際こうしてあるので、『ある』以外の答えはない訳だが。


 今更ながら、何故この子は了承してくれたのだろう。何度も言うが可能性としては五分五分……それだって大きく見積っての話だ。明らかにインドア派のルリが俺についてくる理由など、好奇心以外にないと思われるが、果たして期間未定の旅に付いてくることを受け入れる程なのだろうか。


 もしくは、クリスが実は頼み込んだとか。王女からの頼みとなればルリも承諾するだろうが、それにしては不満が見えない。となると、やはり自分の意思ということになるだろうが……。


 「一応俺からも確認するが、ルリ、本当にいいんだよな? 多分野宿とか普通にするし、危険もあると思うぞ」


 実は誤解があったとか、後から気づくとなると大変なのでしっかりとその面も含めて聞けば、ルリは小さく頷いた。


 「……安心、して。私、これでも、旅は経験済み」

 「魔物とかもいるぞ?」

 「私より、レベル低い、貴方に言われたくない……上げてから、言って」


 いや俺一応勇者だから。と言いたいが、レベルが最底辺、1なのには変わらない。

 まぁ純粋にレベルの話だけでなく、ルリの方にも自信はあるようだ。見るからに肉体派ではないので、魔法を主に使うのかもしれないと考えれば、魔物も倒せるだろう。

 パラメータ次第じゃ見た目もアテにならないが。


 「心配なさらずとも、ルリさんは自衛できるだけの戦力は確実にあるはずです。ですから私も反対はしなかったんですよ」


 と、俺が心配していることに気づいたクリスがそうやって安心させようとしてくれる。確かにルリに本当に戦力がないなら、クリスがその時点で止めていたはず。それが分からないなんてことは無いだろうし。

 となれば、やはりルリはある程度強いのか。こんな王城の司書を務めているぐらいだ。採用条件に戦力も必要になってくるとか、あるのかもしれない。


 ルリに疑って悪かったと謝罪しておき、さて、これで完全に準備は整ったわけだ。


 サラさんからほとんど重さのないアイテムバッグを受け取り、ルリは再びキャリーバッグ……を引こうとして、よいしょよいしょと中々大袈裟な動作に、俺は見てられなくなった。


 「中身、こっちに移すか」

 「……ん」


 キャリーバッグで移動するのはキツいと理解したのだろう、俺の言葉に素直に頷いくルリ。ようやく移動しようとした矢先からつまづいているぞ。


 まぁ、なんかこう、緩くて良いんじゃないかと思ったり。


 「すみません、男の俺がやるのもアレなので、サラさん、お願いできますか?」

 「っ、は、はい! 気が回らず申し訳ありません、今すぐに」


 と、言ったはいいものの女の子の荷物をとなると俺がやるのは難しいのでサラさんに言えば、一瞬、呆気に取られたような反応をしつつ直ぐに了承を貰える。

 あぁ、そう言えばさりげなく名前で呼んでしまったか……と気づくが、不快な様子には見えなかったのでいいのだろう。


 着替えとかも入っているだろうそれを見ないように回れ右しつつ待機すれば、あら紳士と言わんばかりに微笑むクリスと目が合う。


 こちとら女友達と外泊にも行ったりするんだ、このぐらいの気遣い出来なきゃ『変態』と罵られて終わりよ。ちなみに一番気遣いが出来ないのは樹である……まぁ、拓磨は美咲が、俺は叶恵が幼馴染みで、昔から身近に女子が居るのに比べ、樹は身内にも近くにも女子が居なかったらしいし、仕方ないのかもしれないが。

 

 「……ん、オッケー」

 「お待たせ致しましたトウヤ様」


 ともかく終わったらしい。荷物を入れたアイテムバッグを受け取り、これで今度こそ準備はオッケーだ。

 

 「……改めて見るとかなり目立ちますが、大丈夫ですよね?」

 

 まだ何かあるのかと思ったら、あぁ、と、俺は自分とルリを見て思う。

 黒髪黒目は珍しいとか。となると当然、俺もルリも両方ともそれとなれば、さらに目立つということか。


 「何か聞かれても『家族です』とか言ってやり過ごす。髪色や目も遺伝するんだろ?」

 「はい、ですからまぁ……信憑性ゼロではありませんね」

 「……私、トウヤと家族? ……わかった、必要なら、家族になる」


 ルリさんその言い方だと誤解を招きそうですよ……表情に乏しいから分かりにくいが、ちゃんと恥ずかしがってはいる様子。女の子だもんな、男と家族なんていうのは、例え嘘の言い訳だとしても少しは気にするか。


 何にせよ口裏を合わせてくれるならこちらとしてもやりやすいし、ルリの羞恥は致し方ない犠牲だ。それに、本人は恥ずかしがりながらも了承してくれているので、無闇に気にするのも余計だろう。


 「さて、と。じゃあ俺達はそろそろ行くな」

 「はい、何時までも話していては出ていくタイミングを失いますからね……先程渡した魔道具の中に距離を問わず声を届ける、受け取ることが出来る二対の魔道具の片方が入ってます。もう片方は私が持っているので、もし連絡がある時はそれで話せますので」

 「了解。本当に、何から何まで助かったよ。ありがとう」


 礼を言えば、クリスはまた柔らかく微笑んで、そして最後に少しだけ表情を変えた。

 どう変えたと言われてもわからないが、今日ずっと王女だったその顔を、年相応の少女のものに戻した、とでも言おうか。


 「……トウヤ様はとても心が許せるような相手です。だから、本当はちょっぴり寂しいんですよ? トウヤ様が一人で行くのを最初ダメと言ったのも、実は……寂しかったから、なんて思いもあります」

 「……光栄、だな」

 「えぇ、光栄に思っていてください。そしてどうか、次に会った時は沢山ワガママを言わせてください。勇者として、王女の御機嫌を取るのも仕事でしょう?」


 ようやく心許せる相手が出来たのに、まだ全然ワガママを言えていない……と、寂しそうにではなく、笑顔で告げるクリスに、思わず苦笑いで頷いてしまう。


 最初、クリスを助けたのは拓磨達のついで、なんて話をしたが、こんな風に笑顔を見せられたら、優先順位が上がってしまうな。

 何より、年下の女の子にそんなことを言われたら……受け入れざるを得ないだろう。


 満足そうな表情を見せたクリスは、そうして顔を、王女に戻す。


 「ではトウヤ様、そしてルリさん。お二人共お気を付けて───

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