第6話

 また小説家になろうで引っかかったァァァ!!


──────────────────────────────




 王女の部屋に長居するのは良くないと思い、俺は早々に話を切り上げて退室する。女の子の部屋にいる分には悪い気はしないが、相手が王女であるならば話は別だ。

 勇者と言えど、男が王女の部屋に長居していれば、そしてそれを誰かに把握されれば、一種の弱みとなる。この城の人間は基本的に善人のようであるが、それでも一部の人間はわからない。


 直接相対すれば、悪意があればすぐに見抜けるのだが、残念ながらそこまで把握することも出来ない。


 ともかく、クリスとの会話のお陰で今後の方針はより固まった。

 

 魔族に対抗するにはどうしても強さがいる。そのためにはやはり、皆にいち早く立ち直ってもらう必要があり……現状立場的にも動けるのは俺だけ。美咲や樹が拓磨の元へ行っている可能性はあるが、あの分ではよほど強引にいかないと拓磨は会わないだろうな。


 ───ジルスの話しぶりではしばらくは『大魔導師』とやらが警備につくから襲撃はできない、とのことで、それを信じるのならここに籠っているのも一つの手だが、一度襲撃された以上、絶対安全という保証はない。


 故に、俺は拓磨を立ち直らせなきゃいけない。そうしなければ待っているのは緩やかな終わり〃〃〃……かもしれない。


 あと数日の時間をかければ、拓磨も自力で脱するだろう。拓磨の精神力ならばそれが可能だ。

 だがその数日を、俺は信じることが出来ない。


 たった一週間。その程度の期間で、俺達は仲間を、クラスメイトを、友人を一人失ったのだ。

 数日待てばなんてのは、それこそ最後の手段。その間に再び同じようなことが起これば、今度はどうなるか分からない。


 俺としては、今日中には終わらせたいところ……まだ拓磨の部屋を訪れてから1時間程度しか経っていない。再び行ってもそう簡単には変化も無いはずだ。


 もどかしさはあるが、時間が経つまでは拓磨に関しては何も出来ない。


 クリスから話を聞いたことで、先程も言ったように方針が固まった。出来れば拓磨の問題を解決し、クラスメイト達の心配が無くなってから、王様とは話したい。王、と言うぐらいなのだから、常に自由な時間なんてことは無いだろう。

 話すなら一度か二度。そう時間はとって貰えないだろうからな。


 となると、残りは個人的にやっておきたいことになるが……そうだ。ルリは、ルリは平気なのだろうか。昨日助けた中には、居なかった。

 だが、図書館の方は場所的になんら被害を受けていない。絶対生きているとは言えないが、死んでいる可能性もその分低い。


 ……確認、しておくか。気になりだしたら最悪の場合を想像してしまって精神的に宜しくない。それに図書館ならちょうど魔族について調べるのにちょうどいいだろう。


 一度襲撃されたのだ。少しでも情報を得ておかないと、痛い目に遭うかもしれない。


 「……結局休み無しか」


 美咲には嘘をついた形になってしまったが、今は休もうにも休めない。部屋に戻っても落ち着くことは無いだろう。


 俺がやらなきゃいけない、という訳ではもちろんない。こんな状況で俺が動かなきゃいけない理由は無く、それこそ俺も他のみんなと同じように休んでも問題は無い。

 なのに、なぜ俺はこんなにも一人で先走っているのか。クラスメイトの足並みも揃っていない状況で、まるで俺一人が皆を守ろうとしているかのように……。


 俺は頭を振った。今は動機は関係ないし、やって損があることでも、俺が無理をしている訳でもない。


 なら考えたところで大して意味の無いことだ。




 ◆◇◆


 


 「……ん」

 「……」


 別に、恐れていたわけじゃない。ただまぁ、図書館に入ってそんな喉を鳴らすような声が聞こえた時、俺は胸をなで下ろしていた。


 だって、何時ものように、何ら普段と変わりなく、黒髪の少女はカウンターに伏せていたのだ。その眠たげな瞳が半目で俺を見上げ、傍には相変わらず本が積まれている。


 ……今のは虚勢だ。本当はめちゃくちゃ安心してる。ルリとはこちらの世界の人の中では一番話した相手だし、いざ目の前にすると、生きてて良かったと実感してしまう。


 「……あ、起きたの?」

 「まあな。ということは、俺が気絶してたのも知ってたのか」

 「グレイから聞いた。中位魔族を倒して、それで気絶したって」


 普段通りの声、言葉。トーンも特に変わりなく、全部ひっくるめていつも通りなのが何故か凄く有難くて。


 ただ唯一、俺を見る目は、色が違う。


 微かに頬を緩ませて、ルリは口を開いた。

 

 「……生きてて、安心した。貴方が死ななくて良かった」


 普段は真顔に近いのに、こういう時はしっかりと、微かにではあるが笑みを浮かべてくれる。


 ───心を打たれる、なんてことにはならないが、不意打ちであったのは違いない。そう思ってくれる程に、ルリとは関係を築けてきたということなのだろう。

 

 友人、と言うには容姿に差があるが、そんなものになれたのかもしれない。安心した、ということは心配してくれていた、ということでもあるし。


 だからか、ルリには確かに安堵が見えたし、俺はそれを嬉しく思う。どれだけ感情や思考が読めても、言葉に出されて初めて味わえるものがあるから。


 「こっちこそ、ルリが生きてて本当に安心した。昨日は大丈夫だったか?」

 「ん。昨日は、たまたま街に出てたから。運良く、平気だった」

 「そうか……ここも無事だったし、何よりだな」

 「……ん」


 本当にそれは、幸運だ。ルリはパッと見強くは見えないし、もしかしたらステータスは予想よりは強いのかもしれないが、正規の騎士が勝てない相手に、自衛が出来るほどとも思えない。ここが狙われなかったのも、ここには誰もいなかったからだろう。魔力を探知しようとすれば、把握出来てしまう。


 そうすればルリは、今度はその笑みを潜めて、代わりに少し影を落とした。


 「……ところで、勇者の一人が死んだって、聞いた……平気?」

 

 あぁ、そのことかと、俺も笑みを無くす。流石に笑いながら言うことは、無理だ。とはいえ、今日何度も聞かれたこと。


 「平気だ。辛くはあるが、どうにかな……他の奴らは厳しそうだけど」

 「……そう」


 悲しみの共有は、多分難しい。恐らく蒼太とルリにはほとんど交流もなかったし、だから別にそんなことをしようとは思わない。

 これ以上続けても仕方ないだろう。ルリに気を遣わせるだけだし、俺もいくら平気になったとはいえ、思い出せば悲しみが出てくるのは避けられない。


 「悪いな、この話はここで一旦」

 「……ゴメンなさい。ちょっと、無神経だった」

 「謝らないでくれよ、心配で聞いてくれたのはわかってるから」


 こちらの傷口を抉る行為であれば当然不機嫌になるが、ルリがそんなつもりじゃないのは視れば分かる。

 心配したからこそ聞いてくれた。そんな気遣いを有難く思いこそすれ、無神経だなんて思わない。むしろ普段より優しいルリに、心惹かれる部分すらある。


 「それより、今日もいつもみたいに本を読ませてくれ。また調べたいことがある」

 「ん、トウヤがそう言うなら……調べるのは、魔族について?」

 

 このタイミングで調べること、それの当たりを付けたのだろう。ルリの言葉に迷いなく頷く。


 「あぁ。魔族の基本情報、魔族が築く文明や、魔族が住んでるって言う魔大陸について……それと、魔王についても載ってる本はあるか?」

 「ある。ちょっと待って」


 そうすれば、ルリは何時ものように俺のために本を持ってきてくれる。これ程までにある本の中、一応分けられているとはいえ、迷うことなく目的の本を見つけてこれるのは、相当な記憶力が必要だ。


 一分もしないうちに、ルリは数冊の本を持ってくる。


 さて、ここからは読書の時間だ。どれだけのことが分かるかは知らないが、魔族について、そして魔王については、勇者として知らなければならないだろう。


 「ありがとな」

 「……ん」


 ルリにお礼を言えば、いつもみたいに視線を逸らしたりするのではく、正面から頷いて喉を鳴らした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る