第5話
話はそれだけかと思ったのだが、どうやら違う様子で、クリスは真剣な顔で再びこちらを見た。
「トウヤ様、先程はお礼をしましたが、次は謝罪を。この度は、私共の不注意により貴方様の大切なご友人であるソウタ様を亡くしてしまったこと、深くお詫び致します」
先程よりも深々と……クリスは頭を下げた。
その言葉の意味を、何となくで理解する。本来であればあれは誰のせいでもなく、悪者は蒼太を殺したあの魔族だけだ。誰も予測など出来ないし、クリスが謝る理由もない。
しかし、クリスが言っているのはそこではないのだろう。俺も何故王女が謝ったのか、直ぐに理解する。
「最初の時、勇者様方を召喚したあの日、私とお父様は、皆様の命、人権、尊厳の保護を約束致しました。もちろん戦いに赴く際に皆様の命を保証することは出来ませんでしたが、それでもこの国の、この城にいる間は安心して生活できる環境を整えるのが道理です」
それは召喚初日。拓磨が述べた内容だ。勇者として務める代わりに、命、人権、尊厳の保護をして欲しいとあの時あいつは述べて、それをクリスと王様が承諾したのだ。
その面で言えば、確かにそうかもしれない。しかし先程も言ったように、防ぎようがないものだ、あれは。タイミングが悪いとしかいいようがなかった。グレイさんは遠征に、マリーさんも魔物退治に行ってしまって城は一時的に手薄になってしまった。
騎士団も結構な人数がいたはずだが、あのガンツやジルスを前にして勝てるものはほとんど居ない。あの時まで拓磨達が生きていたのは運とガンツの気まぐれによるところが大きいのだ。
……いや、敢えて言うなれば、騎士達の奮闘の結果だろう。それが無ければ俺が行った時には、もう何もかも手遅れだったかもしれない。
誰も対応できず、誰にも予測できなかった今回の襲撃事件だが、少なくともクリス達側に非は全くない。むしろ騎士達を、俺達勇者を守るために死なせてしまったことに関してこちらが謝罪するべきだ。
もちろん、実際にはその中に王や王女がいた事は一つの要因だろう。だが、騎士達が全員高潔であり、誇り高い本物の騎士であることを俺は知っている。
直接的に命を救ったのは俺かもしれないが、振り返ればそこには何人もの騎士によって足場が築かれている。顔見知りであった相手も、そうでない相手も、等しく城にいた騎士は護衛を務めてくれていたのだ。
彼らに感謝こそすれ、謝罪されるのは明らかに筋が通っていない。
「だからクリス達は十分に約束を果たしてくれた。結果として、俺が間に合ったんだ」
「しかし、それでも……」
「こういう言い方は卑怯かもしれないが、騎士達の頑張りを、命を賭してまで護ってくれたという行いを、貶めないで欲しい」
なおも続けようとするクリスに、俺は首を振って答える。
蒼太が死んでしまったのは、誰のせいでもない。しかし、勇者を守れたのは、紛れもなく騎士達のお陰だ。
これ以上クリスが謝罪を続ければ、それはその行いを否定し、不十分だったと言ってしまうことになる。
それをしないでくれと。不手際などと言わないでくれと。
「───騎士団は紛れもなく、俺達勇者の命の恩人だからな」
俺が王女達の命の恩人なら、騎士達は勇者の命の恩人だ。それも、命を賭して戦ってくれたのだから。
「だから、謝罪はいい。代わりに俺から、勇者を代表してお礼を言わせてくれ───ありがとう」
「……分かりました。私も、騎士の行いを侮辱したい訳ではありませんから。トウヤ様の感謝の気持ちは、しっかりと王女の名の元に、彼らと、彼らのご家族の元に届けます」
クリスは頭を下げる。そう何度も頭を下げられても困るが、何も言わなかった。
◆◇◆
先程も似たような感じではあったが、クリスはその後、自ら紅茶を入れると、俺にそれを振舞った。
少し話して口が乾いてしまったから、そのついでとの事だが、サラリと王女に飲み物を入れさせてよかったのだろうか、とティーカップに口をつけながら思っている。
でも既に入れさせてしまったし、本人は特に不満などを向けてこなかったので、次からは気をつけようぐらいの反省だ。
「───それで、まだ何かあるのか?」
「いえ、私のお話は先程のもので終わりです」
「……紅茶を入れたのは話が続くからってわけじゃないのか」
「単なる善意です、そう探らなくてもいいではありませんか……それに、私のお話は終わりましたが、トウヤ様は私になにか聞きたいことがあるのでは無いですか?」
紅茶を一口含み、柔らかい笑みを俺に向けるクリス。
それを悟らせたつもりはないが、恐らく状況から見て判断したのだろう。
確かに俺は、今後のことを聞きたいと思っていた。ただそれは、王様に対して聞こうと思っていたもので、クリスに聞こうとは思っていなかったのだが……。
クリスは、少なくともクラスメイト達よりは聡明だ。勉学的な意味ではなく、思考力の点において非常に優れているのだろう。俺が聞きたい内容も、この分では確信を持っているはず。となれば、自分が答えられると理解しているというわけか。
確かに話などしたことない王様より、クリスの方が聞きやすいこともある。
「なら、いくつか質問をしてもいいか?」
「はいっ! 私がお役に立てるのであれば、喜んでお受け致します」
「じゃあ、これからどうするか聞かせて欲しい」
そうやって手を合わせて喜ぶクリスに、敢えて非常に抽象的に聞いてみる。具体的な質問は的確な反面範囲が狭くなってしまう。その点曖昧な言葉なら、向こうが色々と考えて喋ってくれる可能性もある。
「───トウヤ様は、魔族についてはまだ習ってはおりませんよね?」
「あぁ、一応なんとなくの予想はついてるが、具体的にどう言った種族なのかは知らないな」
「でしたら、少しそこからお話します」
魔族。今回襲撃してきた賊の正体だ。
この世界に人間以外の種族がいることは把握している。だが調べる内容の都合上深くは触れてこなかったし、マリーさんがたまにする座学においてもまだやってはいなかった。
しかし、その名前だけで何となくは把握できることもある。もちろんそれがあっているかは分からないが、去り際にジルスが残していった言葉から考えても、可能性としては十分に有り得るだろう。
クリスは姿勢を正して、まるで先生のように説明を始める。
「トウヤ様はとても聡明な方ですから、細かいところは省きますね。魔族と言うのはこことは違う大陸───『
そのどれも、ガンツやジルスに共通していた特徴だ。魔族というものは日本のラノベにも多く登場していたが、偶然とは思えないほどにイメージが一致している。
「生まれつきの屈強な肉体と、高い魔法適性……数は最も少ないですが、種族の強さとしては一番と言っても過言ではなく、魔族の平均的な強さは、私達人間の社会で言う一流と同レベルと捉えて差し支えありません」
「つまり、種族的に少数精鋭ということか」
「そうですね。ですが、魔族を語る上で私達にとって重要なことは、そこではありません」
クリスは真剣な表情で語る。
「魔族は皆様を呼び出した原因である『魔王』を
「俺達の敵、だな?」
「そうなってしまいます」
申し訳なさそうに頷くクリスだが、俺は首を振って気にするなと伝える。
俺達が召喚された目的は、『魔王』という存在に対抗するためだ。その『魔王』を俺は詳しくは知らないが、特定個人を指し示すものだと理解している。
つまり、魔王という個人の存在がいて、俺達はその魔王が復活するかもしれないから呼ばれたわけだ。もちろん復活した場合どうするかは言うまでもない。
しかしここに来てそれも変わってくる。実は魔王を信仰する種族が居ました、ということは当然、魔王を敵とする俺達はその種族も敵としなければならない。
それも、恐らくは積極的に戦わなければいけないという意味で。
皆を守ることを優先する拓磨が聞けば少しは苦い顔をしそうなものだが、今の俺はそんな立場ではないし、何よりある程度予測はしていた。
それに……以前『能力』に関して調べる際にルリから受け取った勇者の英雄譚にも、魔族について少しだけ言及されていた。推測するには少なすぎる情報ではあったが、クリスの話を聞いていて色々と繋がった部分もある。
「魔族とはずっと、それこそ何百年と昔から戦争を続けています。肥沃な土地が多くあるこちら側とは違い、向こうの大陸は荒れ果て荒んでいますから……少なくとも普通の人間には到底生きることも難しい環境なのです」
領土争い、ということだ。魔族側の土地は厳しい環境で、対するこちらは豊かな土地。魔族が強い力を持っているなら、戦争になってしまうのも当たり前、なのかもしれない。
地球で最も長かった戦いは、確か335年戦争だった気がする。名前の通り335年間も続いた戦争だが、一方で数百年ということは、魔族と人間の戦いは三桁後半になってくる可能性もあるわけだ。
長すぎる。それも未だ終結していないというのが、余計に酷い。
魔族が魔王を信仰しているのは、人間に勝つためか、それとも領土争いが起こる前からの話なのか。何にせよ、現在魔王が復活したなら、魔族は恐らくこの戦争に勝ちに来ようとするだろう。
見えてくる情報としてはこんな所か。
「……それで、魔族が勇者を狙う理由に関しては?」
「私たちは魔族側の思想までは把握していません。ですが、魔王を信仰しているという部分を重視すれば、将来的に魔王に害をなすであろう勇者を……排除しておく、という目的はあると思います」
その線は濃厚だと思う。しかし、どうしても拭いきれない部分はある。
ガンツは恐らく蒼太のことを躊躇いなく殺した。しかしジルスは明らかに戦力的余裕がありながら、拓磨達や俺を見逃した。しかも今回の目的は達成した、という言葉付きでだ。
それに加え、『本命』という言葉を多用していた。恐らく特定の勇者を示す言葉で、それは強さに関係していると思われるが、一体どういう意味で『本命』などと言っているのかは知らない。
そのことを伝えても、やはりクリスも首を横に振る。
「……すみません、魔族側が勇者という存在をどうしたいのか、はっきりとは分かっていないので……ですが、良いことではないと思います」
「俺もそう思う。魔族側の狙いを知らないとなんとも言えないからな……」
なんであれ、俺もその本命に選ばれているようだったので、警戒は必要だ。考えられるものとしては、強い勇者を予め目星をつけておき、ある程度成長したところで攫って、脅しやらなんやらで自分達の仲間にする、というものだが、これも確証はない。
「っと、すみません。話が逸れてしまいましたね……今言ったように、魔族は勇者を狙っている部分があります。そのため、戦力強化にしても、皆様が勇者として活動するにしても、早い動きが望まれますが……」
そこでクリスの顔は曇る。それは当然、現在の俺たち勇者の状況を憂いてのことだろう。
直ぐに動き出すのは、難しい。
「……勇者様方はしばらく休養という扱いになります。訓練もしばらくは行いませんし、実践訓練も中止です。期間は特に決めていませんが、勇者様方の復帰が目安となるでしょう」
「……いいのか?」
先程の言葉があるだけに、その判断は楽観視すぎのように思えるが、ゆっくりとクリスが首を横に振ることで、俺は口が開かれる前に何となく理解してしまう。
「私はご友人を亡くされた勇者様方に、なおも頑張れという言葉をかけることは出来ません。死ぬかもしれない場所に向かわせ、死にたくなければ強くなれなど言うことはできません。勇者様方から、嫌われるようなことはしたくありません……」
そう、どれもこれも、恐らくクリスが自分一人で判断したものでは無いだろう。しかし、もし勇者にこのことを伝えた時、例えクリス本人の口からでなかったとしても、クリスに矛先が向く可能性はないとは言いきれない。
もちろん、クラスメイト達が万全の状態なら問題ないだろう。しかし現在であれば、精神的に弱っている今であれば、確かにクリスや他の、この世界の人間に嫌な印象を抱くことは十分にありうる。
「いや、そういうことなら仕方ない。誰だって好き好んで人に嫌われたくはないからな……ただ、俺も皆には出来るだけ早い復帰を促すつもりだ。特に───」
「タクマ様、ですよね?」
「……あぁ」
クリスも、拓磨のことは耳にしているらしい。
「……トウヤ様から見て、タクマ様はどうですか?」
「クリスもやっぱり心配か?」
「はい。タクマ様はシンジ様と共に私達をあの魔族から守ろうとしてくださいました。それに、私にとっては最も交流がある勇者ですから……心配にもなります」
なるほど、拓磨もあれで恐らく、クリスとは仲良くしていたのだろう。クリスから感じる心配は本物で、建前とかそんなものは一切混じっていない。
「拓磨は、結構深刻だと思う……アイツはリーダーとしては適役だけど、命を背負うことには慣れてない。自分の命じゃなくて他人の命が狙われ、そして奪われたからこそ、アイツにとってはそれが苦しいんだろう」
もちろん、それだけじゃない。だが詳しく話したところで意味の無いところだ。
「……大丈夫でしょうか?」
「大丈夫……とは、もう確信を持って言えはしないけど、俺が何とかしようと思う。これでもアイツの親友だし、今日まで多少なりとも支えてきたつもりだからな。クリスは、俺が無事に拓磨を復帰させられるのを、拓磨が立ち直るのを祈ってて欲しい」
「……本来ならば、私が皆様の心まで癒して差し上げるのがよろしいのでしょうが、そうは出来ませんからね……口惜しいですが、トウヤ様にお任せします」
王女が出向くのは、あまり得策ではない。王女は表面上の俺たちしか知らず、癒すと言っても限度があるだろう。在り来りな言葉を優しく囁いてやることぐらいだ。
男連中なら意外とコロッと行く可能性は否定出来ないが、クリスにそれをさせるのも酷な話だ。歳は俺達よりも下で、王女でもある。向こうは俺達のケアまでするのが当然のように思っているようだが、そんなことはない。
今の状態でも十分してくれている。
「あぁ。拓磨が復帰すれば、あとはもう時間の問題だ。自力で立ち直れる奴も居るだろうが、そうでないやつも、拓磨というリーダーのお陰である程度マシになるはずだから」
うちのクラスの特筆すべき点として、全体的に高い協調性という部分を挙げることができる。すぐには無理でも、拓磨が居ればやがて立ち直れるはずだ。
少なくとも最後まで立ち直れない、なんてことにはならないと信じている。蒼太の死は大きいが、乗り越えなければならないことで、それが出来ないとは思っていない。
「……タクマ様と比べる訳ではありませんが、トウヤ様もまた、リーダーとしての資質を備えているのですね」
「これでも五年近く拓磨と一緒に居たから、多少はな。だが、拓磨が最も適任なのは変わらない」
「確かに、トウヤ様はリーダーと言うよりも、参謀タイプのように思います……こうして陰ながら、全員のことを考えている。頑張ろうとしている」
幼い顔で精一杯の笑顔を作り、俺に微笑みかけてくれるクリス。俺にはそれを理解しながら、わざわざ口に出してくれるクリスこそ、頑張っているように思えるがな。
俺の思考を見抜いた訳では無いだろう。先程の言葉の続きとして、クリスはそっと、今度は静かな笑みを向けた。
「───そんな貴方のことを、私は今、誰よりも尊敬していますよ、トウヤ様」
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