第4話

 さて、無事に始まったリメイク版。皆さんに読ませるためにいろいろ頑張って行ってますぜ。


─────────────────────────────


 ───迎えた、朝。そう期待通りに行く訳もなく。


 曇った視界。一度目を拭って指を濡らし、時間を確認しようとして、この部屋に時計なんてものは無いことを知った。


 ただまぁ、俺の体内時計が正しければ地球で言う6時前後に思われる。俺の起床時間がそこから外れたことなど、6時より前になにか用事がない限りは、片手で数える程度しかないはず。


 小三以前のことは流石に覚えていないが……いや、いい。それは。


 「………はぁ」


 ため息一つ。どうしてこんなことになったんだろうなと思考をループさせそうになってしまう。

 どうしても何も無い。助けて欲しいと言われた。助けなきゃいけなくなった。それだけだ。


 じゃあどうして俺達が召喚されたんだとも思うが、逆に俺達が召喚されなかったとして、こんなスムーズに進んだだろうか。大人達なら、進んだかもな。俺たちと同じ高校生なら? 拓磨みたいに出来るやつがそうそう居るとは思えない。


 まぁ、そうだな。名も知らぬ誰かの身代わりにでもなれたと思えば、少しは気が晴れるかもしれない。

 きっと、俺たちじゃなきゃダメだったんだ。そう思えればいい。



 俺は適当な服に着替えて、廊下に出た。


 やっぱり気が晴れないので、外の空気を吸おう。


 「勝手に出歩いて良いのか……?」


 疑問はあったが、もしダメなら誰かしらに注意されるだろうと結論づける。流石にちょっと出歩いていたぐらいで、俺達の立場が危ぶまれるなんてことは無いはずだ。絶対に出歩いて欲しくないなら、先に釘をさしておけばいいのだから。


 正直どこをどう通れば外に繋がるのか、まだ見当がつかなかったが、構造を把握するいい機会だ。

 幸いにして昨日メイドに連れられたルートは完全に覚えているし、それと合わせて脳内の地図を埋めていけばいい。流石に部屋には入らないが、廊下を歩く分には問題ないはず。


 そういえば、[完全記憶]なんてスキルを持っている俺だが、効果の程はどうなのだろうか。元から俺も記憶力は高かったので、正直差が分からない。


 もっと複雑なこと───例えば、道行く人の顔を全て覚えるとか、それはさしもの俺も無理だと思うので、そういうことで比較が出来れば、俺のスキルが文字通り『完全』な『記憶』と呼べるのかどうかわかる。


 少なくとも昨日のことは、俺は全て鮮明に思い出せる。メイドの顔、複雑な廊下の道順、装飾品や部屋の構造、料理の細部に至るまで。

 問題はそれぐらいなら、元から出来てしまうということ……気がつけば、俺は外へと続く道を見つけていた。


 まぁ、一階に降りて、壁沿いに歩いていただけだが。どうやらそこは少し道のようになっていて、その先には砂が敷かれた敷地フィールドが見える。


 「フッ! フッ!」


 何だろうかと近づいていくと、耳に微かにだが何か聞こえてくる。息遣い、だろうか。規則正しい一定のリズムで、男性の息遣いが聞こえてきた。


 遠目にも、その姿が確認できる。その砂地の中央近くで、一人の男性が、何かを振っていた。


 ───僅かに光に反射するそれが剣であると、俺は遅れて気がつく。

 それも、随分とでかい。男性もよく見てみればガタイが良く、距離からするにあの身長は2メートルに届きそうだ。そしてその男性の持つ剣の長さもまた2メートル弱はありそうで、剣幅もデカい。

 まさに、某ハンティングゲームの大剣とでも言うような重厚感を放っていた。


 そんな剣を、男性は凄まじい勢いで素振りしている。まず俺なら、あんな剣は振れないと思うし、振れたとしても、ある一定の場所でピタッと綺麗に静止させることなど出来ずに、剣に振り回されてしまうだろう。


 すぐに、もしかしたらあの男性は、ここの騎士なのだろう、と思い至る。その奥に見える建物は、兵舎とも言うべきものか。


 「───む?」

 「っ!?」


 そんな、威圧感を放つ男性を観察していると、ふとした瞬間に男性の視線が突然、こちらを真っ直ぐ射抜いた。


 ここから向こうまでは、凡そ50mは距離がある。遮蔽物は特にないが、かといってそんな簡単に向こうから見える体勢でもなかった。

 その距離で詳細に観察していた俺も俺だが、向こうも向こうだ。


 「……音、出してないんだけどなぁ」


 言いながらも、ここは一言ぐらい交わした方が良いだろうかと思い、俺は近づく。武器を振っていた屈強な男に話しかけるのが怖くないのかと聞かれれば、まぁ、少しは怖いかもしれない。


 でも、それとこれは別だ。


 近づけば、よりその大柄な体躯が実感できる。俺とて178と小さい訳では無いが、それでも見上げる、大男だ。

 威圧感が半端ではない。


 そうして俺を見た男性が首を傾げる。「貴殿は?」と。


 重苦しい言葉に、だが俺は臆することなく答える。


 「俺は……夜栄やさか刀哉とうやです。昨日、召喚された勇者の一人と言えば、分かりますか?」


 一瞬、一人称をどうしようかと迷った。私にするか、俺にするか。結局『俺』にしたのは特に深い意味はなく、もう言ってしまったから仕方ないと諦めただけだ。


 「む、勇者殿であったか、これは失礼した……私はこのルサイア神聖国の王都騎士団団長を務めている、グレイ・フラダリウスと申す。よろしく頼む、勇者殿」

 

 ……騎士団長であらせられましたか。


 心の中で愕然とする。うむ、なるほど、この威圧感も納得だなと軽々しく言ってみるが、正直その事実を知って、迂闊に近づいたことを後悔していた。


 騎士団長、ということは、かなりの地位なのだろう、恐らく。そんな相手に容易に話しかけてしまってもいいものなのか。


 「いえ、こちらこそ、よろしくお願いします。それと、鍛錬? の邪魔をしてしまったようで、申し訳ありません……」

 「ぬ、それに関しては、構わない。単なる日課であるからな。むしろ、貴殿の気配遮断も中々のものだった。あの距離に入られる前にほぼ確実に気配には気づける自信があったのだが……流石は勇者、と言うべきであるか」

 「いえ……」


 何故か褒められてしまった。俺としては普段通りに行動していただけで、特別何かしたわけでもないのに無いし、そもそもあの距離で気づける方がおかしい。

 俺は取り敢えず、流すことにした。気配遮断なる言葉が違和感無く出てきたこともスルーだ。


 特に用があった訳でもないので、話題の発展もなく、そこで一度途切れる。如何せんどんな話題を振ったらいいのか見当もつかないし、かといってこのまま直ぐに『じゃあ』と別れるのもどうなんだろうと。仮にもこちらが勝手に覗き見していた感じなのだし。


 「……勇者殿は、ここに何をしにきたのだ?」

 「俺は、外の空気を吸いに。先程客室で目覚めたばかりで」

 「なるほど……城の生活はどうだ?」

 「昨日召喚されたばかりなので、何とも」


 ………また途切れる。


 俺は仕方なく、というか、思い切って話題の方向転換を試みた。


 「あの、グレイさんは、騎士団長なんですよね?」

 「うむ」

 「これは少し失礼かもしれませんが、ということはとても強いのですよね?」

 「そうであるな……少なくとも、並の騎士に倒せるような肉体ではない。剣の扱いも、そうそう負けはしないであろうし、一騎当千〃〃とまではいかなくとも、一騎当百〃〃ぐらいの強さはあるであろう」


 つまり、並の人間が百人居ようが斬り伏せられる、ということか。それは、明らかに強い。

 誰だってわかる。あぁ、目の前の人は多分この世界でも上の方の人なのだろう。


 「でしたら……無礼を承知でお聞きしますが、現在のレベルとパラメータなどを教えていただけないでしょうか」

 「ふむ……理由を聞いても良いか?」


 やはり、自身のステータスを教えるというのはそう簡単なものでは無いらしい。もちろん俺も、ステータスというのは一種の個人情報である、という仮定を考えていたので、それ自体は驚かない。

 グレイさん、と呼ばせてもらっているが、グレイさんは答えを拒否する素振りは見せていない。素直に理由を告げれば、答えて貰えそうだ。


 「俺達は、昨日この世界にやってきたばかりなのはご存知だと思います。そして俺たちの世界には、ステータスなんて言うものはありませんでした。ですから、自分達のステータスが実際どれほどなのか、俺たちに求められている最低ラインはどの程度なのか、知りたいんです。比較対象にするようで、申し訳ありませんが……」

 「……成程、そういうことであれば構わぬ。だが最後にステータスを見たのはしばらく前だから、正確ではないが」

 「いえ、十分です」

 

 むしろ最善だ。そういえば、グレイさんは少し思い出すような仕草をした後に、なんでもないように告げる。


 「ふむ。そうだな……レベルは130〃〃〃、パラメータは詳しくは言えないが、最も伸びのいい【筋力】が6桁後半〃〃〃〃であるな」

 「───ひゃく、さんじゅう、ですか……」


 本当に、なんでもないように……レベルって99で終わりでは無いのか。いや、ゲームでもないんだから、勝手に限界があるとか思う方がおかしいのか。


 というか、パラメータ6桁ってなんだ。俺達の【筋力】が1000で、一レベルごとに1000ずつ増えて行ったとしても、130レベル時点で『131000』だ。6桁後半なんて届くはずもない。

 もし6桁後半、ここでは600000ぐらいだと仮定するが、レベル130でそこまで届くとなると、1レベルごとに4600近く上昇する計算だ。


 4600って、伸び幅がやばいのだが。


 いや、それにしたって、130レベルにまで行くのってどれだけ時間がかかるのだろう。ゲームのようにサクサク上がるのか? 勇者補正は、まぁ、ないとは言えない。[成長速度上昇]なるスキルはあったし。

 そもそもどうやってレベルを上げるのだ。何か条件がある? やはり敵を倒すとかだろうか。いや、そもそもそれを言うなら筋トレで筋力がついた場合パラメータはどうなるのか───。


 「───勇者殿、何か一気に考え込んではないか?」

 「……いえ、まぁ、それがどれだけ途方もない数値なのかなと考えていました」

 「そうだな……100レベルというのは一つの壁で、これを越えられれば世間的には超一流と称される。越えられなくとも、レベルが80まで届けば、一流だな……中にはその100を超えて、150にすら届く化け物のような存在も居るが」

 「………勇者って、どこまでいけますかね」

 「勇者の潜在能力は一級品だ。召喚される時に、女神シア様が勇者に加護を与えているらしく、それに由来するらしい。だから貴殿らも、きっと遠くないうちに私を超えるだろう」


 ……この巌のような人を、超える? 正直想像などつかなかった。

 どこから挑んでも返り討ちにされそうな未来しか見えない。そもそも、俺は喧嘩以上の戦いなんてほとんどしたことないし、武器の扱いも当然皆無だ。木刀や模造刀を少し握ったことがある程度。


 嘆いても仕方ないのはわかっているが、こればっかりは勇者の成長力……いや、己の成長力に期待するしかない。

 パラメータは完全に運だと思うが、技術力は結局のところ俺自身のものだ。


 「ふむ……勇者殿さえ良ければ、少し手解きをしようか?」

 「手解き、ですか?」

 「うむ。もしかしたら聞いているかもしれないが、今日から騎士団指導の元、勇者に訓練をさせよとの命令が下されているからな。もののついでだ」

 「えっ、そうなんですか?」

 「あぁ、勇者殿らが学生という話は聞いている。いくら潜在能力が高いとはいえ、元学生であれば、武器も満足に扱えないだろうという判断のようだ」


 ……どうやら本格的に、俺たちは戦いに備えなければならないらしい。


 「だからまぁ、ここで会ったのも何かの縁だ。少し早めの個人指導と行こうと思うのだが……これ、は流石にきついだろうな。少し待っていてくれ」


 一度自身が持っている大剣を俺に渡そうとして、流石に無理だと悟ったらしい。うん、多分持つので精一杯だろう。

 グレイさんは俺にそう告げて、一度その場から離れる。直ぐに戻ってきたが、その手には一般的にイメージする鉄の剣が握られていた。この人が持っていると酷く小さく見えるが、それでも真剣には代わりないはず。


 それを受け取れば、ズシッと手のひらにくる、かと思いきや、意外にも、というか驚くほど軽い。

 羽のようにとまではいかないが、片手で振っても特に負担に思うことはなさそうなぐらい。


 「よし、重量は問題なさそうだな」

 「……あの、手解きとは言っても、どうすれば?」

 「最初から剣術を叩き込もうとしても難しいだろう、まずは素振りからだ。その剣を持って、上から下に振るだけでいい」

 「それだけですか?」

 「これでも剣の道に生きて数十年だ。素振りを一目見ればある程度読めるところはある」


 なるほど、言葉が重い。その道のプロがそう言うなら、従うべきだ。


 「分かりました……では」


 取り敢えず素振りをしろということなら、そのぐらいなら出来る。こうでいいのかな、立ち方はこうだろうか、なんて思いつつ、まぁグレイさんも勇者とはいえ学生にそこまで期待していないだろうし、肩の力を抜く。

 あとは、かつて木刀でやった素振りを思い出しつつ、上段から振り下ろす。


 「フッ───!」


 多分振り切ったらダメだろうから、途中でピタッと剣を止める。うん、多分いいんじゃないだろうか。個人的にはいいと思う。体勢も出来るだけ自然をキープした。


 もう一回やるか? チラリとグレイさんを見れば、満足気に頷いている。


 「ほう、いいぞ。今の素振りは中々いい」

 「……そう、ですか?」

 「あぁ、振り上げから振り下ろしまで澱みなく、緊張で強ばってもいない。重心もしっかりしているし、剣筋もブレがない……十分、いや、十二分だ」

 「あ、ありがとうございます」


 たった一度の素振りなのに予想以上の評価に戸惑いつつ、俺は頭を下げる。自分でもいいとは思っていたが、騎士団長にそこまで言われるほどとは予想していなかった。

 ただ、それは多分俺が元々学生だったという認識からの相対的な評価で、これが騎士だったら、できて当たり前の事だと思う。


 実際自分のとグレイさんのを比べれば、同じ素振りでも、決定的に何かが違う。

 

 剣を返そうとすると、グレイさんは「それはそのまま持っていてくれ」と言い、己が大剣を持ち直す。


 「……あの」

 「少し手解きをと言ったな。勇者殿、貴殿は筋がいい。正直に言って、先程の素振りは指摘する部分など見つからなかった。だから、少し性急だが、これは期待と受け取ってくれ。私と打ち合ってみないか」

 「打ち合うって、剣をですか?」

 「あぁ、その通りだ」

 「一合ももたない気がするのですが」

 「こちらも手加減はする。正確には、私に打ち込んでみろ、か。私は防御に専念するから、好きなように打ち込んでみてくれ」


 と、いわれても……剣を構えたグレイさんは、パッと見では脱力しているように見える。本当に、構えているだけだ。

 

 俺も見様見真似で剣を構えてみるが……どうしよう。打ち込めるビジョンが見えない。

 俺が剣に不慣れだから、とは言っても、打ち込むぐらいはできる。だがそうではなく、打ち込めない〃〃〃〃〃〃


 踏み出すことを躊躇ってしまうのだ。行ったら逆に斬り伏せられるのではないか。そんなことはないとわかっていても、そう思ってしまう。


 まぁ、元々単なる学生であるし、警察や自衛隊の親がいるわけでも、ましてや俺自身が戦闘に慣れているなんてこともなく、それでいて読み取るのだけは得意だから、そう思ってしまうんだろうなと。


 それとも、グレイさんが敢えてこちらを威圧しているのだろうか。踏み込みを躊躇わせるように仕向けているのならば、俺はこれを越えればいいのか。

 防御に専念すると言っている以上、攻撃はしてこないはず。しかし、だからといって反撃の可能性を無視するのはどうなのだろう。


 少し考えて、俺は諦めた。うん、戦闘初心者の俺がどんなに思考を働かせたところで、どうしようも無い。


 取り敢えず、打ち込んでみる。そのぐらいの気持ちだ。勝とうとか、一撃入れようとか、そんなことを考えられる相手じゃない。

 身体能力も、剣の扱いも、対人戦も、どれも俺は足元にも及ばないはずだ。だから、勝とうとは思わない。あくまで剣に当てるだけ。


 俺は緊張に体を強ばらせないよう、自然体になりながら、駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る