BIT●H MAY CRY
淳之介「…………ん」
朝…か――。
そう認識すると同時に、足元の違和感に気づく。
麻沙音「…………兄ぃ。 どうし……て……ムリばっか……しちゃ……やだぁ……」
泣きながら……縋りつくようにして、アサちゃんが眠っていた――
淳之介「――っ! アサちゃん……ごめんな。 俺、どうかしてたんだな……」
愛する妹の頭を撫でようと身を起こしかけて、全身を激痛が走る―っ
淳之介「――っつぅ…あぁ……」
痛みで意識が覚醒する。
あぁ、俺は……あの後、気を失ったのか……
そして、きっとアサちゃんはずっと看病してくれていたんだろう……
淳之介「お前は…自慢の妹だよ、アサちゃん。こんな俺を……まだ兄だと言ってくれるのか…」
優しい妹を起こさないようにひっそりと動き、布団を掛けてやる
淳之介「……何か、食べるか」
逃げるようにして部屋から出る。
確かにお腹は空いていたが……まだアサちゃんと二人きりでいられるほどの覚悟が無かったのだ
片桐「しっかりしろ!橘淳之介!!」
片桐「……もう、性帝なんてマネ……しなくてもいいの。」
片桐「だから……ね、橘君。……おかえりなさい。」
思い出すのはあの日の片桐の言葉――
何故”トリ公”である片桐が、俺を迎えるのか……
あぁいや……そうか
淳之介「アサちゃんに聞いたのか……?」
あのアサちゃんが話したとなると、それだけ片桐に心を開いていた、ということになる。
と、そこまで思考を巡らせたところでリビングの扉に手をかけ――
片桐「あらアサちゃん…どう?お兄さんのようす……は……」
そこまで問い、お互いに予期せぬ人物の登場に固まる
――しばしの沈黙
片桐「……ねぇ、橘君。……お腹、空いてない?」
不意に片桐は、それだけ問うてきた――
トントントントン……
ダイニングテーブルに掛けていると小気味良い音が聞こえてくる
何から話そうか……いや、何から問いかけるべきか……
何かを話そうにも、考えが纏まらない
片桐「ん…よし、とりあえず簡単にだけど出来たから先にこれ、おあがんなさいな」
淳之介「あ……あぁ」
考え込む俺をよそに、またしても突然声を掛けられる
同時に目の前に並ぶのはあちらの世界でも作ってくれたサンドイッチとコーンポタージュ
淳之介「……美味い」
片桐「そ、なら良かったわ」
思わず漏らした感想に、片桐は満足そうな笑みを浮かべると再びキッチンに向かってしまった
トントントントン……
グツグツグツグツ……
三度、沈黙が流れる
片桐「ねぇ…橘君? あっちの世界は…あっちのアタシたちは…どうだった?」
淳之介「…え?」
片桐「向こうのね…橘君が言ってたの。あっちの橘君は、最初にアタシと会って…だから変われたんだって…戦えたんだ…って」
片桐「……アンタも……アタシと会えてたら……違ったのかな……? この世界も、もっと素敵な世界に……なってたのかな?」
淳之介「……片桐」
何か、胸のつかえを、後悔を吐き出すように片桐が話す
――それは違う。 実際にこの世界では橘淳之介は片桐奈々瀬とは出会わなかった
そう否定することも出来たはずだが……
彼女が望んでいる答えではないと感じる
淳之介「確かに向こうの世界、向こうのみんなは輝いてたよ。眩しいほどに」
淳之介「あそこには…苦しみもがいて望んだ自由があって、未来があって、みんなの笑顔があって……」
どんな言葉を伝えれば、彼女の望む答えになるのかはわからない。
ただ…この世界に、或いは過去に、後悔や絶望を浮かべているのなら
淳之介「でもさ、まだ間に合うと思う。今こうやって片桐、お前と話せるように……お互いが理解しようと努力することが出来れば、きっと」
それは平坦なことじゃないだろうし、時には衝突も生まれるかもしれない。
時間だって掛かるだろう。
それでも――お互いに理解する努力をしようとしている今の世界なら…
淳之介「今ならやり直せると思うんだ。全てを。お前となら…お前たちとなら…」
淳之介「――まぁ、向こうの俺のおかげってのが情けない話だけどな」
なんとなく恥ずかしくなり、自嘲気味に笑う。
片桐「……ん、そうね。ふふっ、ごめんね急に。はぁ…ちょっと羨ましかったのかなぁ、アタシ」
果たして、彼女の望んだ答えになったのか
少しでも後悔や絶望を払うことが出来たのか
それ以上、何かを話そうとすることはないまま、時間だけが過ぎて行った
片桐「――今日はもう帰るわね。……とりあえず、今日の分のご飯は用意したんだけど……明日から橘君の分まで用意しないといけないみたいだから――」
片桐「また明日、準備して来るわね。…何かダメな食べ物とかあったりする?」
淳之介「いや……特にないが……」
片桐「りょーかい。 じゃ、また明日ね」
淳之介「あぁ、近くまで送って……」
片桐「だーめ。アサちゃんが起きた時にちゃんと隣に居てあげなさいな、お兄ちゃん」
淳之介「……あぁ、そうだな。……ありがとな、奈々瀬」
奈々瀬「…別に。そんな大したこと――」
淳之介「いや…違うんだ。」
今日のことももちろん感謝している。 だが、真に伝えなくてはならないことは…
淳之介「今日までアサちゃんが生きてこられたのは…アサちゃんが希望を失わなかったのは…奈々瀬、お前が居てくれたから」
淳之介「お前がアサちゃんの隣で戦ってくれたから――だから…ありがとう」
もし…奈々瀬が居なかったら…アサちゃんは…
この島で頼れる人もなく、生きる希望もなく、最低限の食事もなく……
壊れてしまっていたかもしれない、死んでしまっていたかもしれない、ドスケベの凶刃にかけられていたかもしれない……
心からの感謝…伝えると同時に自然と頭を下げていた
奈々瀬「ちょっ、ちょっと、やめてよもう。別に、アタシがやりたくてやったことなんだからいいって……」
淳之介「それでも、だ。 お前が居たからアサちゃんは…俺たち兄妹は救われたんだ」
奈々瀬「わかった、わかったから。顔を上げて、ね。」
これ以上頭を下げ続けても奈々瀬を困らせるだけだと思い、彼女を見やる
奈々瀬「……それに、アタシだってさっきの話、感謝してるんだから…」
淳之介「え? 何か言ったか?」
淳之介「何でもないですけどっ!また明日ね、淳っ」
何故か慌てたように帰って行ってしまった。
淳之介「――ほんとうに、ありがとう」
さて――奈々瀬との約束だ。アサちゃんの隣に戻ろう。
どんなにケンカになったとしても……例え突き放されたとしても……
もう一度、兄妹としてやり直そう、この世界で
麻沙音「…………兄ぃ。 どうし……て……ムリばっか……しちゃ……やだぁ……」
まだ兄と呼んでくれる、本当は心優しい妹の、本当のお兄ちゃんになれるように…
奈々瀬「……自分だけ言いたいこと言ってくれちゃってさ……ばーか」
思いもよらない感謝の言葉
そしてあっちの淳と変わらない、余裕を浮かべた笑み
アタシは…ホントは羨ましかったんだと思う。
誰よりも近くで淳のことを見ていて、誰よりも一緒に淳と戦っていて、誰よりも淳のことを支え続けて居られた、向こうのアタシが…
奈々瀬「今ならやり直せると思う、か……」
これからこの島は大きな変革に向かっていく
きっとその時に、今度こそ近くで見て、一緒に戦って、支え続けられるんだと…
それこそが私の願い、私の進むべき未来―
奈々瀬「それに……」
奈々瀬――
こんなことで喜ぶだなんて子供っぽいことだとは思う
それでも、確かに淳は名前で呼んだ。
それは”性帝”と”トリ公のメンバー”ではなく、”橘淳之介”と”片桐奈々瀬”になれた証に感じる
奈々瀬「……ふふっ。……別に、なんでもないですけどっ」
ニヤニヤを抑えられず、誰かに言い訳するかのように独り言をつぶやく
きっと明日も気持ちいいほどの快晴だろう
そんなことを思いながら彼女は家路に着いた
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