プログラマー兼猫、ただいま恋愛中。 

柊城ちゃか

【第1話】赤茶色の雨

「さぁ、お腹の下も洗いますよー。」


 今、俺の下腹部に手を突っ込んでいるのは、裸の美少女。目を開ければ、そこは天国なのに、俺は目を開けることができない。


 なぜ、こうなったのか、それは………。


 ★


 数十分前。


 俺、赤坂あかさか朱羽しゅうは高校の帰り道を、メガネが特徴的な親友、倉橋くらはしりょうと一緒に歩いていた。


「なあ、亮。最近出た猫のゲーム知ってるか?」

「ああ、スナイパーキャットね。すごいよな。確か、『プログラミング言語かぐや』を使ってたっけか。」


 最近発売されたゲームの話をしているのだけど、普通の話とは毛色が違う。


 というのも、俺たちはプログラマー志望の高校生で、片田舎の「私立天城高校プログラミング科」に通っている。


 俺たちからすると、スナイパーキャットは、かなりトップクラスのゲームで、あの域に達するゲームを作るのが俺たちの夢だ。


「スナイパーキャットのスライディング時の物理演算、あれ、盗めないかな。」

「ねー、できたらいいよね。次の文化祭で活かせたらな。」


 そんな話をしていたら、視界の奥に、見覚えのある近所の八百屋が見えてきた。


 亮が立ち止まり、手を振る。


「それじゃ、バイバイ。」

「また明日。」


 俺たちは軽い挨拶を交わす。


 亮は曲がり角の奥に消えていく。


 一気に、寂しくなった、そんな気がした。


 するとその途端、唐突に土砂降りの雨が降り出す。天気予報にはなかったはずだ。あいにく、傘は持っていない。


 カバンで、雨を防ぐも、防ぎきれるはずもなく、体には雨の水圧が何度もかかった。


 待てよ、なぜか雨が赤茶色に見える。


 服が赤茶色に染まり始め、俺の体がどんどん雨に溶け出していく。


 自分という存在が消えてしまう恐怖が、俺を襲った。


 ★


 数秒間に渡る恐怖を乗り越え、


 透明に戻った雨の中、俺は小さくなった自分の体を見回す。


 全身が毛に覆われ、赤色と茶色の縞模様になっている。頭の位置が異様に低く、寒さに体を震わせれば、ぶるぶるっと、水が飛ぶ。


 足には肉球がつき、小さな前足と、踏ん張りの利く後ろ脚に分かれている。


 ああ、猫になったんだ、そう理解した。理解せざるを得なかった。


 ニャアアアアン


 周りの世界の大きさに、俺は感心して、空を見上げた。


 と、その時


 タッタッ


 という靴が走るリズミカルな音。

 

 俺は何だか恥ずかしくなり、咄嗟に、近くのダンボールの中に入る。


 段ボールから外を覗けば、遠くから金髪の女子高生が、豪雨の中、傘も持たずに走っていることが分かる。


 俺は身をうずめて、体を隠し、やり過ごす。


 タッタッ


 それがだんだん近くなり、そのまま、遠くならず


 その音はピタッと俺の前で止まった。


 段ボールから顔を上げれば


 土砂降りの中、美少女が金髪を只みだりに流していた。


 俺はパチリと瞬きをする。それでも、変わらない目の前の光景。


「こんな雨の中、放っておけないじゃないの。」


 その美少女は頬を赤くして俺を抱き上げた。脇に来る温もりで、俺は周りの寒さを理解する。


 彼女が俺の瞳を覗き込み、俺も彼女の大きな目を覗き込む。


「ああ、可愛い。」


 彼女から出たとろけるようなその声は、俺の知っている彼女の声じゃない。


 そう、目の前の美少女を俺はよく知っている。

 

 同じ天城高校プログラミング科に通う二年生。


 高円たかまど凜々花りりか


 俺の天敵だ。

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