七章 「会えない理由」

 学校から君の家までは近く、すぐにたどり着いた。帰りに何度も君を家まで送っていたから道は覚えている。

 白色で統一されて大きくて綺麗な二階建ての家だ。

 その綺麗な色は君の心を表しているようだ。

 僕はチャイムを鳴らした。

 返事はなかった。

 でも、僕は君が家の中にいることを確信できた。

 もう一度チャイムを鳴らす。

 やはり返事はない。

 金属音が冷たさを感じさせる。

 寒さで手の先が冷たくなってくる。

 僕はドアをゆっくりノックしてから話しかけた。


「さくらさん。一ノ瀬理央だけど、少し話できないかなあ?」


 今度は反応があった。階段を降りてくる音がした。でも扉は開けてくれなかった。

 扉の向こう側で君は座ったようだ。


「君に何かあったのか心配なんだ。僕が力になれるならなりたい」


 僕は君に届くようにと扉越しに君にゆっくりと話しかけた。

 扉一枚なのに随分遠くに僕たちはいるように感じた。


「理央くん、私はあなたに会えない」


 君は泣いていた。


「理由を教えてほしい」


 そのあと、何を話しても返事はなかった。

 僕は一度帰り、また後日来ることにした。

 毎日毎日君の家に通い詰めた。風が吹き、雨の日もあった。

 君が嫌がるかなとも思ったけど、それよりも君を助けたかった。

 通い始めて五日目のことだ。

 僕がいつものように話しかけていると、君から反応があった。 


「どうして?」


「君の力になりたいから」


 少しの沈黙が流れた。


「私は、幸せになるのが怖い。幸せになるとその後には絶対に不幸が待ち構えているから。世の中そんなものでしょ。幸せの絶頂が来るとどうなるの?幸せというのがわからない。だから私は幸せかなと思ったら、いつも自分から身を引いていた。そうすることで自分を守って来た。理央くんといると、すごく嬉しくて楽しい。だからその分すごく怖い」


「僕が君を守るから」


 僕はさらに話しかける。


「幸せになりたいと強く願っているから、幸せになるのが怖いんだよ。自分の気持ちに素直になっていいと思う」


「でも、不幸は人に伝染する。私が幸せになることで理央くんがもし不幸になったなら、それを私は耐えられない」


 君はこんなときでも人に優しい。弱っている時こそ本心が出ると言われる。やはり君は心から優しい人なんだろう。


「僕は君といれば不幸になんかならない。僕は君が好きだから」


「ありがとう」


 少し戸惑っていたが、返事が返ってきてほっとした。


「私は今まで大切な人に出会わなかったのかな。こんな気持ちになるのは初めて。これが幸せってことなのかな」


「きっとそうだよ」


「私も理央くんのことが好きよ」


 君は扉をあけて僕に抱きついてきた。僕は君を強く抱きしめた。

 僕たちはやっと思いが通じあった。

 近くにいたのに、ずっと結ばれなかった運命の赤い糸がしっかり結ばれた。

 言葉にすることがこんなにも美しいこととは思わなかった。こんなにも思いが通じあうことが素敵だと思ってもいなかった。

 この上ない幸せが僕を包む。

 僕はこれから君を大切にしたいと思った。

 もみじの葉っぱは色づき始め、空を染めていた。

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