一章 「はじまり」

一章 「はじまり」

「おはよう。今日は二限目の講義休講だよ」



 窓から太陽の光に照らされる。一日の始まりが感じられる。

 君のメールでいつも目を覚ます。どれだけの距離が離れたところから僕に届いたのだろうとロマンチックさも感じる。

 僕は元来眠りが浅いタイプだ。万年眠たそうな顔をしている。くるくるとした天然パーマの頭を少しかく。

 しかし、君からのメールをいつも待ちわびているから目が覚める。

 特別なことは書かれていない。とても簡単な伝言のような文章だけ。でも君は毎日朝に送ってきてくれる。

 それは、君の優しさから始まったことだった。

 僕が中学生の頃に遅刻をした日のことだ。

 僕は成績が中ぐらいだったし、あまり喋らないから先生からも受けが良くなかった。

 そんな僕が遅刻なんかしたから、先生にもちょっと悪い気持ちが働いたのだと思う。


「あれ、今日は休みだと思っていたよ。こんな時間に来ないでくれよ」


 体に重く言葉がささる。クラスメイトもどっと笑い出した。

 僕は馬鹿にされたと悔しくなったが、何も言い返すことができなかった。ただ立っているだけだった。また時間が解決してくれることを望んでいた。弱い自分だといつも思う。

 その日の放課後、廊下を歩いていると君にぐっと手を掴まれ、そのまま近くの階段まで引き寄せられた。

 引き寄せられた時甘い香りがした。君がつけている香水のにおいだろうか。

 君とはクラスメイトだから、たまに話すぐらいの関係だった。

 僕はなんだろうかとびっくりしていると君が笑顔でこう言った。


「遅刻なんて誰でもあるから気にしなくていいよ。明日から私がメールで起こしてあげるよ」


 その言葉は僕を咎めるわけでもなく、先生を悪く言うわけでもなく、君は僕に優しく話しかけてきてくれた。

 人を悪く言わないことってある種の才能だと思う。

 誰でも相手を多少は嫌に思うことはある。

 それを言葉にせず、自分の思いを伝えることって案外難しいから。

 僕はその時何か話そうと思った。お礼の言葉だとか会った時の挨拶だとか君への気持ちだとかいろいろなことを。でもうまく話せないでいると君は「私は心配性だからいつも早くに学校に来ているの、だから私に悪いなんて思わなくていいのよ」と思いやりのある言葉を付け足してその場を去っていってしまった。

 僕は温かい気持ちになることができた。



 あの日あの場所でメールを交換してから、もう何年も経っているのに、今でも毎日メールをしてくれている。

 君は僕を救ってくれた。

 僕は着替えをして、大学へと向かった。

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