自己恋愛
冬蜜柑
第1話 私
窓から射し込んできた朝日が痛い位眩しい。
顔を枕に埋めながら目覚まし時計を止める。
布団を蹴っ飛ばして起き上がり背中をうんと伸ばす。
携帯で現在時刻を確認した後に一階へと降りる。
「おはよー」
寝ぼけ眼で私は両親に挨拶をした。新聞を読んでいる父と台所で料理をする母。二人から「おはよう葵」と返事が返される。
椅子に座ってからテレビを見る。
画面の向こうではいつものアナウンサーが今日の天気予報を伝えていた。
今日は一日晴れるらしい。
「はいどうぞ」
母が白米と味噌汁と目玉焼きをテーブルに並べる。
「いただきます」
私は最初に目玉焼きの黄身を割った。ドロリと中の黄身が溢れる。
いつも通りの日常。いつも通りの朝だ。
朝食を食べ終わり、洗面所で顔を洗って髪をとかす。今日は寝癖がなかなかにしぶとい。
二階へと上がる。学校に行く準備をしないと。
昨日終わらせた課題と今日の科目分の教科書及びノートを鞄に詰める。
寝間着を脱いで制服に着替える。高校生になりこの制服も大分着慣れたが、ネクタイにはまだ慣れないままだ。
部活で使うラケットを入れたケースと鞄を持って部屋を出た。
家の鍵を乱暴にポッケに入れる。
「いってきまーす」
「いってらっしゃい。今日は遅くなるの?」
「ちょっとだけね」
外は雲一つない快晴で随分と気分が良い。今日はなんか良いことがありそうだ。
上機嫌に私は
「やっほー葵♪」
弾むような声と共にやってきた人物に肩を後ろからバシッと叩かれてよろける。
「朝から元気だね~」
「モチのロンよ!だって今日の星座占い、一位だったんだもん」
彼女は
「あーあ、今日こそ私の前に運命の人が現れたりしないかなぁ」
「あはは、ドラマの見すぎだよ」
「いーじゃん夢くらい見たって。私はねとにかくこう、なんというか、ドラマチックな恋がしたいの。一生に一度の高校生活なんだから悔いのないようにしなきゃ!」
私はまたフフッと笑ってくだらない雑談をする。
比奈は恋バナ等色恋の類いが好きで、よく私と理想の恋人の話をする。眼鏡の奥で輝くクリッとした目に小柄で愛らしい小動物のような佇まい、恋人の一人もいないことが不思議に思える程、可愛い。
しかし、彼女は『ただの恋人』ではなく、運命の人というのが現れるのを待っているらしい。そこがまた天然で、可愛らしい。
2年4組の教室に着いた私たちは自分達の席に鞄を置いた。私たちは窓際の席で前後に並んでいる。クラス替えの後、新しい人間関係に戸惑っていた私が彼女と仲良くなれたきっかけはそれだった。
教室ではクラスメート達が思い思いに昨日の出来事や、休日の予定を話したり、朝からバレーボールをしたりと、特筆すべきことのない日常を謳歌している。
ふと窓の外を見た時、青々とした木々がその大きな手足を揺らしていた。
いいなぁ、とそう思った。
***
パコン!と心地の良い打球音が青空に響く。
コートを駆け、右手にしっかりと握られたラケットを振るい、球を捕らえる。
飛び散る汗がコートに模様を彩っていく。
「あー!また負けたー」
「葵ちゃん今日はいつもに増してミスが多いね何かやな事あった?」
「今日帰ってきたテスト、ケアレスミスで90点逃したのよ!ほんと嫌になるわ…」
「なにそれ自慢?」
「何言ってるのよ、比奈はどうせ満点なんでしょ?」
「えへへぇ」
「ほらぁ」
放課後の部活動。私は比奈とジュースを賭けて試合をしていた。ちなみにこれで3本目だ。
「もう一回!もうワンセットだけ!」
「やだよー、葵ちゃん自分が勝つまでやるんだもん。それにそろそろ時間だよ」
「そっかー、じゃあ明日もやろう!」
「本当に負けず嫌いだよね、でも明日は私塾だからパ~ス」
比奈は勉強も運動も、なんでもこなしてしまう。顔も正確も良くてその上文武両道ときた。神は彼女に何物与えれば気が済むのだろうか。
冷えたアクエリアスを喉に流し込む。体がひんやりと涼しい。
「それじゃあまたね」
「うんまたね」
正門で別れて私はコンビニに寄った。120円程度のイチゴオレを買って私はとある場所に向かう。
山に近い場所にある階段を駆け上る。
その頂上、木製の柵で囲まれこの町を一望出来る小さな公園に到着する。私のお気に入りの場所だ。嫌な事があった日はきまってここに来る。
汗が乾ききってないのもあって風がとても涼しい。全身で風を受けて深呼吸をする。
私を真っ赤に染める、何度も見たはずのあの夕焼けが幻想的で素敵だった。
私はレジ袋からさっきコンビニで買ったイチゴオレを手にとって一息に飲み下す。
しっかりと、ほんのりと、甘い。
…ちょっとだけ叫んじゃおうかな。
もやもやと溜まったストレスを急に吐き出したくなった。テストも、負け続けるテニスも、いつまでもこんな『私』で居続ける私も、
皆嫌いだ
周りを見渡す。よし、誰もいない。念のためもう一回だけ、グルリと確認した後スゥー、と思い切り息を吸って─────
「「バカやろーーーーーーーーーー!!!」」
思い切り全てを吐き出した。私の声が町に木霊する。脱力感と少しの達成感。思わず笑みが零れてしまう。
何もかもがどうでもよくなって心が少しスッと軽くなったようなきがした。
しかし突然、私はある違和感を感じた。
今、もう一つ声があったような…。
なんとなく右側を見る、するとそこには
さっきまでは絶対に居なかった男がそこに居た
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