パシェニャと首狩りブラザーズ
パシェニャと首刈り兄弟
ある休日の朝早く、タツオは家から徒歩十分のコンビニへテキトーな食事を買いに出かけた。その道中のこと。
一台のワゴン車が歩いているタツオの隣に止まった。車のドアが開き、
「総務省のものです。所持金の調査にご協力ください」
スーツ姿の男が車のドアを開けて言った。
「へ……?」
「では、ご乗車ください。大丈夫、すぐに済みます」
タツオはうながされるまま車に乗った。車には四人の黒服の男たちが乗っていた。タツオは色々変だとは思った。捕まってしまったのか? 何なのだ? 疑問はあるが、総務省が何の用事なのだ? そもそも総務省とは何なのだ? 四人の男たちの第一印象は普通のサラリーマンだったが、車が運転され始めてから、徐々に、明らかに男たちが何らかの犯罪に関わっているものだと思えてきた。
しかしタツオは恐ろしくて声を出すことすらできない。
何キロメートルか走ったような場所で車は止まった。
「所持金調査のため、一万円をお預かりします」
タツオは携帯端末と一万円札一枚をとりあげられ、顔写真をとられ、どこともしれない街道に放置された。車は逃走した。車のナンバーは見えなかった。ついでに、タツオには車の車種もわからなかった。「シロノセダン」とか「ホンダノケイ」といった用語がドラマや漫画のなかで使われるが、それらが一体どういう意味なのか、タツオは全く知らなかった。ベンツのマークくらいならわかるけれど、ベンツのワゴン車があるのかどうかは知らないし、あいにくベンツのマークは無いようだったので、ベンツではないことはおそらく解った。
* * *
マサオは空手インターハイの試合で準優勝した。そして、大会の会場からこっそりと家に帰ろうとした。インタビューやスカウトがそれほどまでに苦手だったのだ。携帯端末でひそかにタクシーを呼んだ。財布には一万円札一枚と千円札十枚、小銭が七百円ほど。
やがて黒い車が現れ、マサオは素早く乗車した。そのまま家まで行く――はずだったのだが、実はタクシーではないことに気づいた。運転手一人と黒服の男二人が乗っていた。
「なんなんですか? おろしてもらえませんか? タクシーじゃあないですよねこの車」
「目的地についたら、おろしてさしあげられます」
車はマサオが全く知らない場所を走っていた。
そして十分ほどしてから車は停められた。
「出ろ」
マサオと二人の黒服の男は下車した。
リンチでもされるんだろうか?
「なんなんですか、いったい!」
「チャンスをやる。一万円をかけた勝負だ。かかってきな、準優勝者さんよ!」
そして、ルールのない格闘が始まった。
* * *
「この『伝説の頭の伝説』ってマンガ最高だわ!」
「『
喫茶部。パシェニャとアキラはバモリ先生のマンガを読んで、一分に一回は声に出して笑っていた。そのさなか、
デュデュリルリルリデュルリルルルリ
笑い声をかき消すようにパシェニャの携帯端末が鳴った。ヱガシラ二時五〇分の曲だ。
「ギルドの依頼が更新されたみたいだわ」
『依頼人:総務省の被害者の会
連名での依頼です。被害者の様子をかんたんに説明すると、「車で拉致されて一万円を集められた」といったところになります。被害者はわかっているだけで六十九人にのぼっています。どうか六十九万円を取り返していただきたく存じます。報酬は……(以下略)』
「それじゃあ、被害者にDMで話を聞くわよ!」
パシェニャがDMを送信すると、すぐさま返事がいくつも返ってきた。
『どうも、連絡ありがとうございます。(中略)私は格闘技の専門家ですが、犯人どもは私を上回る達人でした(以下略)』
「まあ六十九人も被害者がいたら、なかには達人もいるんだろうな。負けてるみたいだけど」
「敵が意外と強そうね。わたしなら《ウリアッ上》で秒殺できるけどね」
『私の場合はタクシー待ちをしているときにとなりに停まられたから、タクシーかと思って普通に乗ってしまいました』
「タクシーに見える変な車なのかしらね」
「ナンバーは白だったのかな」
『やつらは、クビ刈り兄弟と呼ばれる喧嘩屋を使っている。うかつに攻め込んだが最後、頸動脈が無事ではすまない』
「なによこれ? 頸動脈を切られたらほぼ即死じゃない! この被害者はどうして無事なの?」
『私はブラジリアン柔術の東日本チャンピオンだが、あのクビ刈り兄弟には手も足も出なかった』
「またしても、首刈りに負けてるけど命に別状はないみたいね」
「さて、それでどうする?」
「そうね……せっかくだから『伝説の頭の伝説』みたいに《果たし状》でも書く?」
「面白そうだな」
「あまつさえ、ネットの掲示板に書き込むわ!」
「まあ連絡手段がそれくらいしかないのはわかるけど」
「『果たし状
首刈り兄弟様方へ。
貴社ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。つきましては六十九万円をかけての勝負の申し込みをさせていただきたい所存でございます。
毎度おなじみ灰色狼より』
と、こんなところね」
「灰色狼ってどっかの小説で見たな」
「そこがつっこみどころなの?」
「つっこんであげません」
* * *
深夜のb突堤――それはa突堤とc突堤の間にあった。
空き倉庫であって、なぞの木材や金属の廃材やドラム缶が立ち並んだり打ち捨てられており、ギャングのたまり場そのものに見える。パシェニャとアキラはその空き倉庫に足を踏み入れた。
「どうもこんにちはー。首刈りの人たちいますかー? あらかじめネットの掲示板に果たし状書いた者ですがー」
静寂。暗闇。
「クソコピペと思われて無視されたのかもね」
しかし、二人の人影はおもむろに現れた。
足音がしなかった!
「よお、よく来やがったな……ネットで見たぜ!」
「俺たちが首刈り兄弟だ……」
「出たわね! 勝負よ!」
パシェニャはファイティングポーズをとった。
アキラは三歩ほどバックステップした。
対する首刈り兄弟は、黒いマントを翻し、影そのものよりも暗く闇に溶け込んだ。黒い紙に黒インクを塗ったかのように。
しかし、パシェニャの観察眼にとってはインビジブルではない。
だけれども、首刈り兄弟は、
「おう、かかってきやがれ!」
「とらえられるか……!?」
さらに深く闇に溶け込むことをやってのけた。
「く、どこからくるのかわからないわ!」
「パシェニャ、やつらのいるところはホコリがかすかに舞い上がっている!」
「そんなこと言っても……」
視力が良いパシェニャには一応ホコリが見えたが、反応して追いかけるのは難しかった。
「うわぁっ!」
アキラは悲鳴を上げた。敵に背中に張り付かれた感触、すなわち絶望だった。
首刈り兄弟の一人はそしてアキラの頸に刃物のようなものを押し当て、ひいた。
「……!!」
いきおいよく赤黒い液体が噴出した。流血などという生易しいものではない、アキラの頸から激しくシャワーのように――アキラの体はよろめいてからバタリと倒れた。
パシェニャは悲鳴を上げた。
「ぎゃぁぁぁぇ!? そんなバカな……なにあっさりやられてんのよ!」
「「次はお前だ」」
首刈り兄弟はズンズンとパシェニャに向かってきた。
「おまえの首も刈らせてもらう」
「くッ……!」
パシェニャは自分自身がパニック必至だと気がついた。このまま、怒りと恐怖にまかせて自暴自棄な攻撃をするわけにはいかない。そうわかっていても、パニクっていることもわかっている。
クールダウンしなければ、勝てない。
冷静になれ。相手の狙いは、頸だ。要するに頸をねらってくるところで的確にカウンターを入れればいいだけだ。わたしならできる。
背後に回り込まれた時専用の返し技もある。首刈り兄弟はパシェニャの視界から常に外れるように動いている。そしてパシェニャは後ろをとられた。
「どんな気分だい、お嬢さん」
頸とナイフの距離は二センチ。
「どうということもないわ! 《キル・グラヴィティ》!」
パシェニャは捕まえられている状態から、上方向、倉庫の天井に向かって抜け出た。
そして、天井に二秒間ほど張り付き、普通の重力によってふわっと落ちながら空中で三回転して、着地。
「まさか、重力を一瞬だけ無効にしたのか?」
「理解が早すぎるわね。いまのが地球の遠心力の力よ」
「だが、そんな避け方はわかってしまえばどうということもない」
「そうかしら? 奥の手がまだあるわ!」
パシェニャは拳銃を取り出した。
「くらえ! 《バレットスピリタス・ブルー》!」
パパパッパパパッと大口径ハンドガンの連射音が響いた。
「飛び道具を使うのか?」
今更驚く首刈り兄弟。
「――しかし、全然当たらないようだな」
「いえ、エアガンだし、『空砲』だから当たりようはないわ! せいぜい安心しなさいよ」
「な……」
なんのために? 首刈り兄弟はあからさまに警戒したようだ。
《バレットスピリタス・ブルー》はブルーベリーエキスにより目に良く、炸裂時のパウダーにより動体視力が四二パーセントアップ! 首刈り兄弟のステルスな動きを高精度で視認することができるようになるのだ!
パシェニャは視界の端に、ホコリが微量に舞い上がるのを捉えた!
「見えるわ! そしてくらえ! 《スーパーウリアッ上》!」
ウオォォォム!
「「グアァァァ!」」
首刈り兄弟の二人は倒れた。
「これがブルーベリーパワーだッ!」
* * *
「アキラ!」
「……う、ん――?」
「よかった、生きてるじゃない! 丈夫な頸動脈ね!」
「あれ、自分でも死んだかと思ったけど、生きてるね」
「もしかして、血のりを用意してたの?」
「いや、ぼくじゃあなくて、首刈り兄弟が大量噴出する血のりを用意していたみたいだ。思わず失神した。頸ではなく、別の神経を叩く技だったのかも。不覚だ。ナイフでごく薄い傷はつけられたみたいだけど、頸動脈は完璧に無事だ」
「じゃあ首刈り兄弟は別に殺人を行っていないのかしら」
「それどころじゃない。わざとごく薄い傷なんてのはかなりの使い手だ。噂どおり」
「でも丁字カミソリでもつかったのかもしれないじゃない」
「……そうかも」
「ところで、どうする? 依頼は達成のはずだけど……」
そこで頸刈り兄弟が目を覚ました。
「やるな、おまえら」
「六十九万円はちゃんと返すぜ!」
「もしかして、総務省だかなんだかにおどされでもしたの?」
「ちょっと違うな」
「おう、簡単に言うと俺達は盗賊組合の職人なんだ」
「いまどき盗賊が成り立つの?」
パシェニャはどうでもいいことを言った。
「実のところ、人をさらってからの一万円以外にも色々と集めているんだ」
「くわしくは言えねえがな」
そこでアキラは気がついた。
「ガチバトルの――といっても人死には出さない――ストリートファイトの動画ですね? マニアには、一万円くらいで売れそうな」
「な」
「なぜわかった? たんなるカツアゲも挟んだんだが」
「わざわざ血のりを使っているし、いくらなんでも被害者の報告に格闘者が多いと思っただけだよ」
* * *
「それで、わたしたちの《ギルド》には連絡したけど、警察には通報する?」
「ぼくは……しないほうがいいと思う」
「なんで」
「めんどい」
「……それだけ?」
「決闘罪のことをちょっとだけ知ってるから」
「もしかして、知らなければよかったのにとか」
「そんな感じ」
「マンガで『警察は何をやってるんだ?』ってのがよくあるわね」
「そうそれ」
デュデュリルリルリデュルリルルルリ
「あ、次のストリートファイトの対戦希望者からヱガシラ二時五〇分がきてるわ! どうする?」
「うーん、せっかくだから――」
<了>
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