第39話
「最初は相手を怒らせるような精神系の魔法かと思ったけど、そう見えるようにしているだけであなたの魔法は、『発動時点で一番大きい感情を増幅させる』ような魔法でしょう。
だからわざとエリンを挑発させるようなことを言って怒りや苛立ちを与えて、その感情を大きくする。
そして大きくなった感情に対してさらに魔法をかけて自分で自分の感情を制御できなくさせていく。
使い方によっては相手の自滅を誘えるおもしろい魔法ね」
相手の女はチッと舌打ちをして睨みつけてくるが、アイシャはそれがどうしたと言わんばかりに自分の推理を披露する。
完全に当たっているわけではないけれど、八割方当たっているのではないか。わざとエリンを煽るような言葉選びから考えたものだけれど、相手の様子を見るにそう間違ってはいないらしい。
「で、それがわかったからってどうなの?」
「別にどうもしないわ。ただ思ってたことを言っただけよ? あなたがやっていたことと同じようにね」
くすりと笑うアイシャに苛立ちを隠せない女。先ほどまで自分がやっていたようなことをやられて冷静でいられないところから考えても、さほど強い相手ではないのだろう。
魔法はおもしろい。けれど心理戦はつまらない。
それがアイシャの感想だった。自分だったらどうするかな、と少し考えて、考える必要ないかと途中で思考を放棄する。
自分にそういう魔法が使えるわけでもなし、何よりそんなことをしなくても自分は十分に戦える。
それは驕りではなく、純然たる事実。
アイシャが来た瞬間に相手の攻撃は止まっているし、エリンの方も大分頭が冷えただろう。
エリンにとってはいるだけで勝利をもたらすとまではいかないけれど、それくらい大きい存在になりつつある。
「それじゃあ、残り時間も少ないし戦いの続きでもしましょう」
「…私、勝算のない戦いは趣味じゃないの。申し訳ないけど遠慮させてもらうわ…っ!? いきなりなにするのよ!」
言葉の途中でアイシャが氷弾を放つ。かろうじてそれを避けた相手は怒鳴りつけてくるも、撃った張本人は聞いているのかいないのか、黙って指先を向ける。
「勘違いしないで。私は戦いをしましょうって言ったの。拒否権はないわ」
数えきれないほどの氷弾がアイシャの周りに生成される。その全てが相手の方を向いており、宙に浮かぶ。
制限時間を確認すると、残り五分ほど。この程度の女を倒すのには十分すぎる時間だ。
「後のこともあるし、ここで疲れさせておくのも手ね」
青チームの勝ちを確信しているアイシャ。
氷弾を余裕を持っては避けれないけれど、ギリギリ避けられる速度とタイミングで次々と放つ。
「くっ…!」
相手の方も当たればすぐに終わるというのに、避けてしまう。狙われているのが頭部や首、心臓付近の急所や足など動けなくなるところばかりなので仕方がないだろう。
残り時間が二分くらいになったところで、一旦攻撃の手を止める。
たった三分動いただけで相手は疲労困憊といった様子だ。ある種死の恐怖に晒され続けていたのだから身体と心の両方が疲弊していてもおかしくない。
「そろそろいいかしら?」
と、つまらなくなってきたので終わりにしようとした瞬間、視界の端でキラリと何かが光る。
危険を感じてそちらを振り向くと、かなりの速度で迫ってくる氷でできた投げナイフ。
「危ない!」
先に気づいたエリンが火の魔法で、氷を溶かしきる。一瞬で氷を水に変化させ、蒸発させきるほどの高温を作り出したエリンに少し驚くアイシャ。
「ありがとう」
「ううん、私も助けてもらったしこれくらいなんでもないよ」
改めて投げナイフが飛んできた方向を見やると、緑チームの的役の少年が変わらずぼーっと立っていた。
姿勢に変化はない。けれど足元が何かを擦ったかのように黒ずんでいる。
足一歩分踏み出したような痕跡。おそらく彼はあそこからナイフを投げたのだろう。
問題は、ナイフが飛んでくるのを目視するまで感じ取れなかったこと。
「殺気も敵意も出さずに攻撃してきた…?」
「っぽいなあ」
「わっ! ジル、いつのまに!!」
「驚かせたか? ごめんごめん」
いつの間にか近くに来ていたジルに驚くエリンとアイシャ。
ジルの立ち位置はちょうど少年の攻撃を防げる位置にいた。
「気づかないようだったら防ごうかと思ったんだけど、エリンに先を越されちゃったな」
「えへへ、私もやるでしょ! …ん? ジル、さっきまで向こうでキャロルたちと一緒にいたよね…?」
エリンは先ほどまで四人で固まっていたキャロルたちの方向を見る。距離にして二十メートル超はあるだろうか。
「エリン、考えるだけ無駄よ。ジルは時々おかしいから」
「おかしくない! なんだよ、せっかく守ろうと思って出てきたのに…」
「ふふ、ありがとう」
と、会話していたところで、センコウの合図が闘技場を照らした。
「時間です。これにて第一戦は終了します。
結果ですが
赤チーム三ポイント、青チーム八ポイント、黄チーム三ポイント、緑チーム七ポイント。
よって、青チームの勝利となります。
それでは、三十分の休憩の後、第二戦を行いますので、私が声をかけましたら選手を選出をお願いします」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます