第37話
「さて、早いところエリンと合流させて欲しいところなのだけれど…?」
「そうは問屋が下ろさねえんだよな、王女サマよぉ」
アイシャの前に灰色の髪をした緑チームの射手が立ちはだかる。
周りではアイシャの攻撃に当たらないようにしつつ、的役の緑チームの男がもう一人待機している。
「あら、私のこと知っているの?」
「知ってるぜ。俺はここの国の出身じゃねえが、あんたのことはよく知ってる。ジオール王国の宝石姫って言ったら他国でも有名だからな」
「宝石姫ね…その呼び方、あんまり好きではないのだけれど。そちらのあなたは?」
的役の緑チームの男に話しかける。
「お会いできて光栄です王女様。私はシタテ・ズールーと申します。先日は父が大変失礼なことをしたようで」
ズールー侯爵。思い当たるのは先日の喫茶店での事件だ。
シタテ・ズールーと名乗ったその男は父親とはあまり似ておらず、細身の身体に何を考えているのかわからないような雰囲気を醸し出していた。
「あら、ズールー侯爵の息子でしたか。お父様はお元気?」
「ええ、お陰さまで。あれから父は心を入れ替えたかのように働いておりますよ」
「そうなのね。それは良かったわ」
表面上でのやりとり。あれからズールー侯爵を調べたアイシャは彼が領地で行なっている非道とも呼べる執政を知っていた。
シタテが嘘をついているのはわかっていたけれど、それについて言及するのは自分ではないし、今はそのことは関係がないのでアイシャは触れないようにした。
「挨拶はもういいか? さっさと戦ろうぜ、王女サマ」
「挨拶って…あなたも私も名乗ってもいないでしょうに」
「おっと、そうか。俺が知ってても王女サマは俺のこと知らねえよな。俺の名前はザ・ルー。国を持たない砂漠の流浪の民出身さ」
灰色の髪に浅黒い肌をした男は闘争心剥き出しに自己紹介をした。
名乗られた以上は返すのが礼儀かと、あまり気は進まないけれどアイシャも名乗る。
そして話しながら裏で進めていた魔法を発動させていく。
一発でも当たれば負け。ということなのでアイシャは自分の周りに見えないように結界を展開しつつ、攻撃された方向に自動で反撃する魔法を組み込む。
それに気付かれないよう、素直に攻撃をする魔法と、トドメを刺すための仕掛けを準備する。
「知っているとは思うけれど…ジオール王国第一王女、アイシャ・ジオールと申します。では、始めましょうか」
「うおっ!」
二対一という数的不利において、セオリーであれば何とか片方の隙を作ってその間に片方を撃破する、というものであるけれど、固定砲台としてあまりに優秀であるアイシャが取った行動は違った。
一人も二人も彼ら程度であれば変わらない。
アイシャはザ・ルーに向けて水の球を、シタテに向けて氷の球を放った。
「あぶねっ!」
「急にとはやってくれる!」
「ただ長々と話すわけがないでしょうに」
不意打ち上等。勝てれば良いのだ。
アイシャはジルの母のエレナにそう教わっていた。状況にもよるけれど、基本は目的を達するのが第一。
ハウンド家に女性として生を受けたエレナの考え方は非情と言うこともできるけれど、それが一番効率的なのだ。そしてその考え方が自分に合っていた。
「くらえっ!」
水の球を避けたザ・ルーが火の球を飛ばしてくるが、アイシャはそれを意に返さない。
火の球はアイシャに届く前に勢いを失って鎮火してしまう。
「だったらこれはどうだ!」
シタテからは鋭い風の刃が飛んでくる。それをしっかりと見てアイシャは避ける。
目で見にくい風の魔法を使うのはいいけれど…わざわざ声を出して教えてくれる必要はあるのだろうか。
「そんなことしていて良いのかしら?」
「何を言って…っ!?」
先ほど避けた水の球が地面にぶつかって弾けた瞬間、氷の礫となってザ・ルーを襲う。
間一髪避けた彼をさらにアイシャが追撃する。
次々と飛んでくる水の球と絶えず襲いかかる氷の礫。
とりあえず彼はこれで良いだろうと、アイシャはザ・ルーから目を離してシタテに目を向ける。
シタテは氷の球を避けたはいいものの、その場から動けていなかった。
自分は一発当たったらポイントを取られてしまう身だから近づくことはできない。けれど援護もしなければいけない。
そんな複雑な思考が身体の機能を低下させていたのだ。
「動かないの?」
右手の人差し指がシタテに向けられる。細長く美しい指が、シタテには鋭い刃物のように見えた。
瞬間、アイシャから鋭い何かが飛んでくる。
「ひっ!」
なんとか慌てて横飛びをするシタテ。
そして先ほどまで自分がいたところを見て彼は顔を青くした。
胸部にあたるであろう部分を通過した場所に拳の大きさほどの穴が空いていたのだ。
「残念、外してしまったわね。ごめんなさい」
うふふ、と上品に笑うアイシャ。シタテにはそれが悪魔の笑みにしか見えなかった。
当てればいいだけなのにあんな威力は必要なのか?
いや、そもそも、あんなのに当たったら自分の身体に穴が空くのではないだろうか。
再びシタテの方にアイシャの指が向く。
シタテは歯をカチカチといわせながらへたり込んで後ずさる。
「何か言い残すことはあって?」
「こ、殺さないでくれっ…!」
絶対に殺される。それほどの迫力がアイシャにはあった。
「そう…それじゃあ、これで一ポイントね」
「わぶっ…! ……水…?」
アイシャは最初に仕掛けていた仕掛けを発動させる。
それは上空の見えないところに浮かべられていた水の球だ。
「驚かせてごめんなさい。でも、ただの試験で相手を殺すはずがないでしょう?」
くすくすと笑いながら言うアイシャ。
ザ・ルーの方を見ると、あちらも一発当たって丁度アウトになったようだった。
「さて、これで一ポイントリードね。エリンはどうなっているのかしら?」
そう言って倒した二人を見向きもせずに去っていった。
もし最初のあれが自分に当たっていたとしたらどうなっていたんだろうか。
シタテはそれを問いかけることはできずにただその場でうずくまったのだった。
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