第31話


喫茶店の席に着き、注文を済ませたアイシャとエリンの二人。


アイシャは抹茶とあんみつを頼み、エリンは店で一番人気だと言われた宇治抹茶のかき氷を頼んだ。


「木で造られた建物ってどうかと思っていたけれど、これはこれで落ち着いた雰囲気がしていいわね」


「燃えやすいっていう欠点はあるけどね。って、それよりアイシャ。さっきのはどういうことなの? なんかめっちゃすごくなかった?」


「そうかしら? あれくらいならみんなできると思うけれど」


顎に手を当てて首を傾げるアイシャに、いちいち所作が綺麗だと思いながら、エリンは心の中で『みんなって誰!?』とツッコミを入れていた。


「…そもそも王女様だったらあんなに戦える必要ないんじゃないの?」


「そうね、兄様も妹も戦うことはそれほど得意ではないわね。私も望まなければそんな生活ができたんでしょうけど…でも、ジルが危ない時に私も力になれないのは嫌だもの」


なんとなく手をいじりながらアイシャは小さな声で俯きながら話した。

それは暗い話になるというわけではなく、耳を赤くしているのを見るに恥ずかしがっているだけなんだろう。


この場には自分とアイシャの二人しかいないし、折角だから気になることを聞いてみようかと思ってエリンは口を開く。


「じゃあジルのために頑張ってるってこと? …薄々勘付いていたけどさ、ちょっと聞いてみてもいい?」


「な、何かしら?」


動揺からか、上擦った声を上げるアイシャ。さっきまで毅然とした態度で貴族を追い払っていた王女様だったのに、急に女の子になっている。


完璧な美人の見た目をしておいて女の子らしい可愛さも持っているなんて反則だとエリンは思う。


滑らかで美しい金糸のような髪に、顔立ちは整っているも少しきついような感じがするが、柔らかい光をたたえている翡翠色の瞳がそれを打ち消している。

その顔ですら本人の気分次第で表情が変わるので色々な美しさを見せてくれる。


こんな女の子にアプローチされてなびかない男がいるのかと思う。


「アイシャはジルと付き合ってる……んだよね?」


「つ、付き合ってる!? 付き合ってるって…交際ってことでしょう!? 私が、ジルと!?」


「あ、違ったっぽい」


取り乱して忙しなく目を泳がせているアイシャの反応を見てエリンは自分の予想が外れていたと分かった。


「なんか会話から察するにそうなのかな〜って思ってたんだけど違うんだ。なんだ、じゃあアイシャがジルのこと好きなだけか〜。あ、ありがとうございます! 美味しそ〜!」


タイミングが悪く注文した抹茶とあんみつとかき氷がやってきた。

流石王都で有名になるだけあって、とても美味しそうだ。


「ありがとう、とても美味しそうだわ。…ってそうじゃないでしょう! 私がジルのことを好いているですって? ど、どこを見たらそうなるのかしら?」


「どこって…もう雰囲気が。好き好きオーラ出てるじゃない、気付いてないの? あ、冷たくて美味し」


会ったばかりの自分でもわかるのだ。二人のことを知っている人が見ているのであればわからないはずがないだろう。


「オーラですって! そんなあやふやなもので判断しないでちょうだい!」


「じゃあジルのこと好きじゃないの?」


「んっ! そういうわけでは…」


エリンが聞くとアイシャはぐっと口をつぐんでもごもごと動かす。

好きだけど、好きだと表立って言うのは恥ずかしいし、好きじゃないって嘘も付きたくないって感じなのかな。


エリンは山のようになっているかき氷を頂上から崩しながら微笑んでアイシャを見る。


「アイシャは可愛いなあ。ジルもこんな可愛いお姫様に好かれて幸せ者だね〜」


「…本当にそうかしら」


「どしたの?」


少し落ち着きを取り戻したアイシャは、運ばれてきたあんみつを口に運ぶ。

少し自分には甘すぎたかと抹茶を一口飲むと、ちょうどいい苦味が口の中の甘さを中和してくれた。


「ジルはずっと前から、それこそ生まれた時から私と一緒にいるけれど、それは私とジルの家の都合だもの。ジルが望んで私と一緒にいるわけではないわ」


「そう?」


「そうよ。私は家の都合でジルを振り回している悪い女なのよ」


彼を解放してあげようにも、自分の身分と立場がそれを許さない。


「私にはそんな風には見えないけどな」


「え…?」


エリンは行儀悪くスプーンを咥えながら、ビッとアイシャを指差す。


「だって、ジルって自分が嫌なことはやらなそうじゃん。付き合いが浅い私にだってわかるよ? めんどくさくてやりたくもないって顔の時と、そうじゃない時。ジルがアイシャと一緒にいるときは、決まって面倒じゃない顔してる」


エリンは慰めるわけではなく、淡々と事実を告げる。アイシャには慰めは通用しないだろう。彼女はそれくらい簡単に見抜く。絶対にそうだという自信と確信があった。


「なにより、二人とも喧嘩っぽくなったりしてたけど楽しそうに話してたじゃない。残念ながら私にはわからない話が多かったけど! 仲間外れにされた気分だった!」


「ご、ごめんなさい」


「謝らない! 会ってそんなに時間が経ってないんだもん。それくらい当たり前だよ。それより、大事なのは二人が楽しそうにしてたってこと!」


「どういうこと?」


「アイシャは嫌な人の前で心から楽しく笑える? 私にはできない。目の前の人が笑ってくれてるなら、それは少なくとも嫌じゃないって思ってる証拠だと思う」


「…そうね、でももしそれが作り笑顔とかだったら…」


「そんなの見てわからないの?」


「…っ!」


じっと覗き込むようなエリンの目を見て、アイシャは口を閉じた。

それを言うことは許さないと言わんばかりの圧を感じ、喋ることができなかった。


怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもなく、ただ見ている。

それだけなのに二の句を告げることができない。


「家の都合で一緒にいるかもって不安もあるけど、それがどうしたの? 今一緒いられるんだからこれからも一緒にいられる努力をすればいいじゃん」


そうだった。

自分を守ってくれるジルに置いていかれたくなくて、辛くても頑張るからと彼の母に教えを受けた。


彼の母からはまだまだと言われるけれど、それでも最低限のところまでは来ているとも言われた。


先は長い。けれどそれがどうしたと言うのだろう。自分は彼と一生を添い遂げたいと思っている。だったら偶然でもその機会を得たのだから思う存分に利用してやればいいではないか。


「…そうね」


呟くアイシャにエリンはにっこりと笑った。

先ほどまでの暗い雰囲気が去ったことに気づいたからだろう。


「なんか暗くなっちゃったけど、ジルが好きなら頑張らないとって話だよ! 大学校に入学したらライバルとか出てくるかもしれないよ〜?」


「大丈夫よ」


言い切ったアイシャの目は真っ直ぐにエリンを見ていた。エリンはそれをしっかりと受け止めてニヤリと笑う。


「誰が来ようと私は負けないもの」


「それくらい強気でいかないと恋には勝てないよね!」


そしてエリンは『まあ、私は誰にも恋したことないんだけど』と心の中で付け足した。

そんなことを知る由もないアイシャはしっかりと頷く。


「ええ!」


それからは有名になったのも当然と言える甘味を存分に楽しんだ二人。

喫茶店を出る頃には辺りは暗くなり始めていた。


そろそろ宿に戻ってジルと合流しようと、二人は宿へと歩いていった。

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