第29話


「まったく、勝手にお店の服を着るなんて…」


「あははは…ごめんなさい」


頭にタンコブを作ったエリンと手をさするアイシャ。これだけで何があったのかは明白だろう。


「いえ! お似合いでしたし…その、無理に買い取っていただかなくてもいいんですよ?」


「そういう訳にはいかないでしょう。迷惑かけてしまってごめんなさいね」


「私からも勝手に着ちゃってごめんなさい。あまりに綺麗だったから」


勝手にお店の服を着てしまったけれど、スンナは笑って許してくれた。もしかしたら自分が王族だからというのもあるかもしれないけれど、そうだとしても誠意を見せることが大切だろう。


「そう言ってくれると嬉しいです。結構自信作なんですよ、その服」


「まあ、勝手に着たのは良くないけれど、確かに似合っているわね」


「そうでしょ! じゃあこれと、あとは普段着に使えそうなのを何着か買おうかな」


エリンからある程度の希望を聞いたスンナは店の奥から何着かの服を持ってくる。

どれもがエリンの希望を満たしている服だったらしく、エリンは服を広げてはテンションが上がった。


「こんな感じでどうですか?」


「うん、いい感じ! ありがとうスンナ!」


「お役に立てて良かったです。えと、お代の方なんですけど、それだけたくさん買うとお値段も結構しますけど大丈夫ですか…?」


「お金ならたくさんあるから大丈夫だよ!」


エリンはエングラム辺境伯から貰っていた支度金を取り出す。

旅の道中少なからず使っていたとはいえ、服に使うくらいのお金は十分に残っていた。


「…あれだけ食べているのにお金はなくしていないのね」


「お金は必要なときに使わないとね! いつもあれだと破産しちゃうもの! でもいつかは気にせずにご飯を食べる生活がしたいなあ」


食事にかけるお金を気にしない…という点で言ったらやはり貴族か商人と結婚するのが近道だろうか。

自分で稼ぐという手段もなくはないけれど、庶民のエリンがそうなるのはいつになることやら。


「お金持ちと結婚するか、お金持ちになるしかないわね」


「大学校を卒業した後は辺境伯様も自由にして良いって言ってたし、何なら雇ってくれるとも言ってたからお金には困らない…ようになれるかな?」


「そうなの? ジルと一緒でよっぽど気に入られているのね。将来有望な証だわ」


「そうかなあ? ジルがなんか普通とは違うのはわかるけど、私はそこまでじゃ…」


「謙遜しない方が良いわよ。エングラム辺境伯がそこまでしてくれることなんてほとんどないんだもの。もっと自分に自信を持った方が良いわ」


「…がんばる」


アイシャとエリンが話し込んでいる間にスンナは服の代金を計算していた。

両手に抱えるほどの量だったので少し時間はかかったが、無事に計算を終えたようだ。


「代金が、金貨一枚と銀貨七枚になります。えと…どうやって持ち帰りますか? 王都内に泊まっている宿があるなら追加のお金を支払っていただければお届けしますけど…」


「じゃあ朋友の宿にお願いします。ミュゼルっていう人に伝えてくれれば大丈夫だと思うから!」


「わかりました。じゃあ追加の代金も入れて、金貨一枚と銀貨八枚ですね」


エリンは支度金の入った袋から金貨一枚と銀貨八枚を取り出しスンナに渡す。


「ありがとうございました! 良ければまた来てくださいね!」


「また来るね! こちらこそありがとう!」


「ありがとう。お店頑張ってね」


礼儀正しくお辞儀を繰り返すスンナに背を向け、店を出る。


当面の服の心配は無くなったけれど、生活必需品という観点で言ったらエリンにはまだまだ足りないものが多すぎる。


「今日中には足りないものを買い揃えるのは無理そうね…」


「そうだね、身一つで来たようなもんだから…。でも時間はまだあるし、ゆっくり揃えていくよ! それより、そろそろ喫茶店が開く時間じゃない? 楽しみだな〜!」


「そうね、無理に今日中に揃えなくてもいいものね。私も聞いていただけだから行くのは初めてなの。どんな感じなのかしら?」


「喫茶店の甘味…というか、喫茶店っていう響きも甘味っていうのもジオール王国じゃあまり聞かないね?」


「オーナーはもともと国を渡り歩いて商人をしていたらしいんだけど、怪我で動けなくなったからってここで店をやることにしたらしいわ。

だから喫茶店というのは他国から持ってきたものかもしれないわね」


「へ〜、よく知ってるね!」


「私、一応この国の王女よ? 街の情報に耳を傾けておくのも大切な仕事の一つだもの。せめてこのくらいは知っておかないと」


「じゃあ今回の訪問は視察ってこと?」


「そういうわけではないけれど…単にエリンと一緒に行ったら楽しいかなと思っただけよ」


「もー、アイシャったら!」


エリンはぎゅっとアイシャの腕を取った。

いきなりの行動にバランスを崩しかけるアイシャ。


「ちょ、ちょっと! 危ないじゃないの!」


「まあまあ、いいじゃんいいじゃん!」


「……もう。早く行くわよ」


「はーい!」


アイシャは多少歩きにくいけれど、そんなに悪い気はしないなと思い笑う。

エリンも取っ付きにくいような雰囲気を持っている彼女が、実は自分から動くのが苦手なだけだというのに気付いていた。


二人は似てはいないけれど、仲の良い姉妹のように並んで喫茶店を目指して歩いた。


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