第26話


笑うルシアン様を恨めしそうに睨む兄さん。


「だっておかしくないですか? 実家がお金持ちなわけでもなく、俺の顔が良いわけでもないというのに…何が裏があると考えるのが普通でしょう」


机に肘をついて頭を抱える兄さん。

結婚はしないといけない、相手も乗り気、だけどなんだか怪しいという悩みを抱えて大変そうだ。


「俺から見てもエヴィアンはなかなかいい男だと思うんだが、ジライアス?」


「俺もそう思います。でも、ルシアン様が言うとなんだか皮肉っぽいからやめた方がいいですよ」


「…それはどうしようもないだろう」


小さめの声で話しかけてきたルシアン様が肩を落とす。これは美形であるからこその悩みだな。

ルシアン様は華になる美しさっていう感じだからな。いわゆる女性にモテそうな容姿だ。


俺から見ても兄さんは顔立ちは整っている方だと思うけどな。父さんも無表情だけど造形は整っているし、母さんだって美人だからその子供である兄さんが不細工なわけがない。

彫りの深い…鍛えられた身体と合わさって彫刻のようだ。


兄さんは父さんに似てガタイは良いし、中身は母さんに似て穏やかだから、結婚相手としてはまずまずの条件だろう。問題は家を継げないってところだけど…兄さんが婿入りすれば大きな問題はない。


小さな問題としてはハウンド家の仕事がやりづらくなるってことだけど…王がなんとでもできるから最悪力技で問題解決すればいいだろうな。


俺としては兄さんが結婚して幸せになれるんだったら良いと思うけど、変な人が相手だったら嫌だとも思う。


「その令嬢はどういった人なんですか?」


兄さんは頭を抱えたまま動かないので、ルシアン様に尋ねる。


「そうだな…先ほども言った通り聡明で容姿も整っている…どちらかといえば可愛らしい令嬢だな。エヴィアンと並ぶと熊とリスってところじゃないか?」


くつくつと声を殺して笑うルシアン様。


「社交界に参加しているのも見るが、誰とでも楽しそうに会話をしているし、嫌われている様子もない。そう立ち振る舞っているだけかもしれないが、それができるというだけで優秀と言っていいだろう」


熊とリス…小柄な令嬢なんだろうか。あれ、そういえば最近、貴族の令嬢と知り合っていたような…。

こういう時の俺って運がないというか、不思議な縁があるんだよな。


「…ちなみにその令嬢の名前は?」


「ん? シャルロット・シュタインベルトだが。聞き覚えがあるのか?」


ルシアン様の答えは俺の思っていたものとは違ったけれど、遠からず関係のあるものだった。


「ええと…大学校の試験でキャロライン・シュタインベルトと同じになりまして…姉妹か何かですか?」


「ああ、シャルロット嬢はキャロライン嬢の姉にあたるな。なんだ、ジルも遠からず関係しているじゃないか」


ニヤリと笑うルシアン様。

この人がやると絵になるんだけど、いい気がしないんだよな。

何か企んでいるのは確実なんだけど、気づいたらそれにハマっているというのが正しい。


と、ここで復活した兄さんが俺を見る。

とても疲れたような訴えかけてくるようなその目から逃げたくなったが、敬愛する兄ということでぐっと堪える。


「…なあジル、忙しいとは思うが、そのキャロライン嬢にシャルロット嬢のことを尋ねてきてくれないか?」


「人となりとかってこと? でもルシアン様が言うには、兄さんだってそのシャルロットって人と会ったことあるんだよね?」


「…身内からの評価というのは大切だろう」


苦々しい顔で言う兄さん。苦しい言い訳かもしれないっていうのは自分でもわかってるんだね。


「相当悩んでるんだね…。一応聞いておくけど、その人と結婚するのが嫌とかなの? そうだったら父さんに言って適当な人を用意してもらった方がラクだと思うんだけど?」


「…嫌というわけではない」


「じゃあ聞いた限り問題なさそうだしそのまま押しに負けて結婚すればいいじゃないか」


「お前は出会っていきなり好意を寄せられて不信感を抱かずに結婚までできると思うのか…?」


「出会いがどうとか知らないからなんともいえないけど…まあ俺だったら無理だね。怪しさ満点だから調べるよ」


「そうだろう…?」


しきりに頷く兄さんを断ち切るようにルシアン様が畳み掛ける。


「それで何もなくても動けないのがエヴィアンの悪いところだがな。お前だって少なからず思っているだろうに。そろそろ諦めたらどうだ?」


「…俺はルシアン様のように清濁を飲めるほど器が大きくないんですよ。この人と決めたのならその人と一生を添い遂げたい」


「お前は本当に…。迷惑をかけるな、ジライアス。悪いがこのままでは仕事にならないからキャロライン嬢に聞いてきてくれないか? 俺としてもエヴィアンが使い物にならない状態は避けたいんだ」


「はあ…わかりました」


俺は軽くため息をついて頷いた。

キャロルが何処にいるかはわからないけれど、大学校が始まれば話す機会もあるだろう。


「今度話す機会があれば聞いておきます。あ、交換条件じゃないですけど、少し調べておいてほしいことがあります」


「なんだ?」


「大学校に今年入学するエリン・シュルフという女生徒について情報を得られればと思って。友人なんですけど、エングラム辺境伯から少し頼まれまして」


「ジライアスには頼ることが多いからな。それくらいならすぐにわかるだろう。何かわかったら知らせるよ」


ルシアン様は快く承諾してくれた。


「俺も調べておこう。何かわかっていることはあるのか?」


「本人に聞いた話なら…」


俺は昨日聞いたエリンの身の上話をかいつまんで話す。アイシャに言わなかったのは彼女がエリンと何も気にすることなく友達になって欲しいからというのがある。


この場で情報として共有するのはエリンには申し訳ないが、そうしないと彼女の面倒を見ることができないからな。


「ふむ…禁術か。最近似たような事件があったな。それが関係しているかはわからないが、俺はその線で調べてみよう」


「ありがとう、兄さん。二人とも何かわかったら…こいつに持たせて送ってください」


俺は魔法で小さな鷹を二羽呼び出した。


「一応従魔なのでそれなりの戦闘力もありますし、報せを運んでる途中でもやられたりはしないと思います」


「…ちなみにこの鷹の戦闘能力は?」


「え? 大したもんじゃないですよ。そうだな…まあ宮廷魔法師には負けないんじゃないですか?なあ?」


俺が鷹の頭を撫でると、二羽はキュイと自信ありげに鳴いた。


「…相変わらずお前の弟は規格外だな」


「自慢の弟ですよ」


誇らしげな兄と少し疲れた様子のルシアン様を見て、俺はよくわからずに首を傾げた。

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