第27話


兄さんとルシアン様と別れ、時間ができたのでエングラム辺境伯への手紙を書くことにする。

その前に王都に目があった方が良かったなあと思い出し、他の人に見られないように路地裏へと入る。


路地裏では倒れて動かなくなった人やゴミが散乱していたり、虫がそこかしこを這いまわっていた。


ジオール王国の王都であってもいわゆるスラムという貧民街は存在する。彼らは日々の生活だけでいっぱいであるからこそ、他人に容赦をしたりはしない。


今の王になって数は減りつつあっても全員を救うというのは難しいだろうな。


俺は死体にたかる虫に手をかざして呼びかける。


「やあベル、君は何処にでもいるね」


虫たちは死体をついばむ動きを止め、徐々に集まり一つの形をとった。


頭はハエの形をし、身体は堅い甲殻に包まれたそれは人と呼ぶにはあまりに異形で、虫が苦手な人が見たら卒倒するだろう。


あまり大きくないとはいえ、人の子供くらいの大きさの異形の者は、俺の顔の高さのところで飛びながらゆっくり近づいてきた。


ハエの頭をしているからどんな表情をしているかはわからないけれど、彼が俺を害することはない。


『ええ、ええ。それが私というものでございます。ところで、こんなところで何かお探しですかな?』


くぐもったような、複雑な重なりを持った声で話しかけてくる。


「こんなところで、は俺のセリフだよ…。ベル、頼みがあるんだ。君の力で王都に散って情報を集めて欲しい」


『我が主の頼みとあれば、否と言うことはございません。情報…というと、エリンという小娘と反王派のことについてですね? 私は主に付き従っているのでそれくらいはわかりますよ』


「…まあ、合ってるけどさ。相変わらず君は耳が早いよね」


『私の分身はどこにでもおりますから』


余計な説明の手間が省けるのはラクでいいけど、彼にとってはプライベートとかないんだよな。

大体のことは知っていて当たり前だもの。


情報を処理しているのは分身ではなくて何処かにいる本体なんだけど、頭の中がどうなっているか見てみたいよ。


ベル、と俺が呼んだ彼の本来の名前はベルゼブブ。本来であれば人の敵である悪魔だけど、酔狂なのか俺のことを主と呼んで付き従っている。


俺としては彼もフェイと同じで友人だと思っているから言葉遣いもそこまで丁寧じゃなくていいって言ってるんだけど一向に変わらないので諦めた。


悪魔らしく人を殺すことも取り憑くこともあるけれど、俺の周りでそういったことはしない。多分一回吹っ飛ばしたからだろうな。治すのに時間がかかったから、無駄な労力は避けたいということらしい。


『とりあえず今わかっている情報だと、反王派の貴族たちはなかなかに大きい勢力のようです。奥の手があるのかわかりませんが、王に勝つ自信がおありのようですよ。


王宮内は情報が錯綜していて表立ってはおりませんが混乱に満ちておりますな。

エリンという小娘に関しては…ふむ、からっきし。というわけではありませんが、これはご自分で確かめた方がよろしいでしょう。その方がおもしろそうだ』


不気味な笑い声で身体を震わせる蠅の王。彼は時々自分が楽しむために人をおちょくる癖がある。嘘は言わないのだけど…俺のことを物語を読むかのように楽しんでいる節がある。


「…わかったよ。ありがとう。また何か教えられることがあれば教えてほしい」


『はい、はい。それではまた』


ベルゼブブを形作っていた虫たちがバラバラになっていく。彼の依代にされた虫たちはその生を終える。


彼の力を虫が耐えられないから、ということらしいけど、彼ほどの力があれば抑えることもできるだろうに。おそらくわざとこういった形をとっているんだろうな。


もう少し気安く頼まれてくれればいいのに。と、思わなくもないけれど、彼は彼で俺のことを助けてくれているのだから文句は言えない。


「というか、結局混乱してるってことと奥の手があるかもってことしか言ってないな。…ベルのやつ、何も教える気ないじゃないか」


収穫は何も得られなかったとため息が出る。

それでも王都を見る目を手に入れることができたという点ではプラスだけど、何故だか疲れた。





気を取り直して、エングラム辺境伯への手紙を書こうとミュゼルの宿に戻る。


途中に若様おかえりなさいと言ってくれる店員さんたちにただいまと返しながら自分の部屋に入る。チラリと周りを伺ったところ、アイシャとエリンはまだ戻っていないらしい。


戻ってないならそれはそれで好都合だと、手紙を書き上げる。


『エングラム辺境伯へ。

エリン・シュルフの保護については、偶然、宝石姫が保証人として成立させることができました。

忌々しくもありますが、あなたの思惑通りに事が済みました。

本人に、どういった経緯でここに来ることになったかを聞きました。隠していることがあったら包み隠さず情報をください。


そうそう、これと同じ内容の手紙を奥方様にも送らせていただいておりますので、今後ともよろしくお伝えください』


「こんなもんかな」


エングラム辺境伯夫人への手紙には時候の挨拶や王都でのお土産も付けておこう。

あとはこれを送ってしまえばあのじいさんもしばらくは大人しくしているだろう。


今から外に行って帰ってくればちょうど夕方くらいになるかな。

気配を消し宿を後にして、城壁を飛び越えて外に出る。


手続きとか面倒だからね。バレなければいいんだよ。


少し離れた森で指笛を吹く。

またすぐにフェイを呼ぶのは気が引けるけど、今回は緊急事態だということで許してほしい。


少しして、美しい鳥が目の前に降り立った。


『久しぶり、というほどの時間じゃないわね。急用かしら?』


別れてすぐ呼び出したというのに気を悪くした様子のないフェイ。本当に彼女は優しいな。


「来てくれてありがとう、フェイ。すぐに呼び出すことになってごめん。ちょっとエングラム辺境伯のところに手紙を届けてほしいんだ」


フェイに手紙を渡す。

彼女はそれを受け取り、器用に羽の奥にしまった。


『あのおじいさんね。小さい頃はあなたよく泣かされていたわね』


「本当にイラつくじいさんだよ。でも今回は友達を助けるためだからさ。あのじいさんも珍しく良いことしてたし、少しくらい貸してやってもいいかなって」


『ジルもあのおじいさんも素直じゃないのね。私から見たら二人とも楽しそうに戯れあっているようだけど』


「やめてくれ…そんなわけないよ」


『ふふ…それじゃあ、行ってくるわ。急ぎなんでしょう?』


「うん。本当にありがとう、フェイ」


『気にしないで』


フェイはふわりと俺に顔を寄せた後、静かに飛び立っていった。

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