第19話
大通りにあり、他に勝るとも劣らない賑わいを見せている店。看板には『朋友の宿』と書かれている。
宿の名前は、この店に来てくれた人とはみんな友達みたいな関係でありたいという気持ちから来ているらしい。
「ここがその店だな」
「すごい混んでるけど…入れるのかな?」
「食事だけだったら大丈夫じゃないか?」
賑わってると言っても、見たところ中の席には少しは空きがあるみたいだしなんとかなるだろう。
「ごめんください」
宿の中に入ると、人の熱気と料理の匂いとで色々ごちゃごちゃした感じだったが、なんだか温かみのある雰囲気だった。
「はい、お客様ご宿泊ですか…って、若様!?」
すぐにやって来た店員が俺を見て驚く。
「若様?」
エリンが首を傾げる。
「若様はやめてくれよ。えっと、食事したいんだけど、テーブル空いてる?」
「は、はい! こちらへどうぞ!」
店員さんは緊張しているのか手と足が一緒に出たりしている。なんだか申し訳ないな。
「ジル、若様なんて呼ばれてるの?」
「ふふっ…おかしいわよね。多分ここの店長の影響かしら?」
「…俺は面白くない。でもまあ、あの人もいい人だしさ、呼ばれて悪い気はしてないよ」
「そうね。本当に好かれているものね」
アイシャがくすくすと笑う。
大の大人がこんな若造に対して腰が低いとは思うんだけど、あの人は曲げないしなあ。
それに、俺が小さい頃に彼の仕事を奪ってしまったとしても、腐ることなくそれを受け入れるような器の大きさは俺も見習わなきゃいけないところだ。
「ここの店長さんっていったいどういう人なの?」
「いい人だよ、もちろん。ただちょっと特殊というか…」
「私は面白い人だと思うわよ? 乙女って感じね」
「アイシャの護衛だったって言うんだから女の人…なんだよね?」
「「……」」
「なんで二人とも何も言わないの!?」
女の人…なんだろうな、一応。
でも俺もアイシャもあの人を完全に女だとは言い切れないところがある。
「こちらの席でお願いします! あ、あの、店長呼んできますので!」
「あ、ありがとうございます」
テーブルを案内してくれた店員さんは逃げるように奥へと走り去っていった。
テーブルっていうか、わざわざ個室に案内してくれたのか。
客の素性を細かく聞かないし気が利く子だったなあ。ああいう子に出世してもらいたいよ。あ、門番さんの口添え…兄さんに言っておけばいいか。なんとかしてくれるでしょ。
テーブルについた俺たちは店長を待つことに。
「女の人なのに違うの…?」
と、悩んだ様子のエリンは見て見ぬ振り。
そうして少し時間が経ったところで、妙に高い声が響く。高いというか…低い声を高くしているというか。
「あら、若様! それにアイシャちゃんも来てくれたの? 久しぶりじゃない!」
「はい、お久しぶりです」
「久しぶりね」
「え…?」
俺たちの目の前に現れたのは身長が二メートル以上はある筋骨隆々の男だった。少なくとも見た目は、だけどね。中身は…聞いたことないし普通に聞けないよね。
「初めましての子も来てくれてありがとう。アタシはこの店のオーナー、ミュゼルよ」
語尾にハートがつきそうな口調とバチリと決められたウインクにエリンも開いた口が塞がらない様子。
無理もない。俺も初めて会った時は…新種の魔物かと思ったしな。思わず殴りかかったのはいい思い出だ。
あの頃はミュゼルの方が強かったからいなされて終わったんだけど、あれは悔しかったなあ。
「お、オーナーさんは、女の人…なんですか?」
声が裏返りつつも疑問を口にするエリン。
それくらいでミュゼルは怒ったりしないだろうけど、そんなこと聞く人は初めて見た。正確にはそんなことを聞くことができる勇気を持っている人を初めて見た。
「アタシ? やあねえ、見てわかるでしょう? 正真正銘の、オ・ト・コ!」
あ、男だったんですね。
思わずアイシャと顔を見合わせてしまう。そうだよな、俺たちは今まで外は男でも中身は女だと思ってたから。
「なんでか女の子に間違われるのよねぇ。あ、そうそう、ご飯は適当に運んできちゃうけどいいかしら? それと、今日は泊まっていくんでしょ? じゃ、準備してくるわね〜!」
俺たちの返事も聞かず、ミュゼルは嵐のように去っていった。
「…ミュゼル、男だったんだな」
「そうね。…ちょっと、最近で一番衝撃的だったわ」
「二人とも、ミュゼルさん男だったじゃん! というかなに!? どうして女の人だって言ったの!」
「いやあ話し方的に中身は女なのかと…」
「流石に私もミュゼルに、あなたの性別は? って聞く勇気はなかったもの。エリン、あなたすごいわね」
「思わず聞いちゃったっていうか…いや、私も衝撃的だったよ…」
「俺たちだってそうだよ。今まで付き合って来た人が…うん、まあ、いいか」
「性別は大して重要じゃないでしょう、この場合。大切なのは中身よ…」
なんでかわからないけど、どっと疲れた俺たち。
場が静まってしまったところで、タイミング良く料理が運ばれて来た。
シチューにサラダに柔らかそうなパン。それだけでなく、ステーキに刺身に色々なものが運ばれてくる。この量、俺たちだけで食べられるのか?
「うわ〜! すごい美味しそう!」
「ミュゼルは王宮で料理人としても働いてたからな。味はお墨付きだぞ」
「私も食べたことがあるけれど、とても美味しかったわね」
心なしか料理が光っているようにすら見える。
「じゃ、さっそく」
「「「いただきます!」」」
運ばれてくる料理を片っ端から片付けていく。
その中でも目を見張ったのはエリンの食べるスピードと量だ。
来る料理全てを下品に見えない程度にかきこんで皿を空にしていく。
「おいふぃね!」
口をリスのように膨らませながら満面の笑みで食べ続けるエリン。
「すごいな…」
「ええ…」
俺とアイシャはエリンを見て苦笑い。それを見たエリンが首を傾げる。
和やかに夕飯の時間は流れていった。
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