第3話


大学校の受験が明日に控えているというとんでもない報告を聞いて、あれからご飯を猛スピードで食べ、着替えなりなんなりを持って準備を終えた。

もともと荷物は少ないタイプなのでリュック一つで足りる。とりあえず試験とかあるんだろうから筆記用具はマストであとは臨機応変。


「大丈夫? 忘れ物ない? ハンカチとタオル持った? お弁当持った?」


「大丈夫だよ、持ったから…って遊びに行くんじゃないんだからさ。仕事だよ? しかも望んだわけじゃない仕事!」


「望んだわけじゃないだなんて…そろそろジルにも仕事してもらわないと困るもの〜」


「…いつまでもサボってばっかじゃ駄目だってのはわかってたけどさ。母さんはいつも急なんだよ。掃除とかも夜中に急に始めるし…」


「だって気になったんだから仕方がないじゃない?」


「限度があるって言ってるの!」


「ところでジル、エヴィへの手紙は持ったか?」


「そこで真面目なの入れてくるのやめてくれませんか! 持った! 行ってきます!」


「「行ってらっしゃい」」


あいも変わらず無表情な父と柔和な笑顔を絶やさない母に見送られて俺は王都へ出発することに。

王都までは歩いてだいたい六時間くらい…? おいおいさっき食べたの夕飯だよ? 徹夜で歩き詰めか!


馬でも借りればよかったかなあ。走るのは疲れるし、早く着きすぎても門を開けてもらえないだろう。


「あ、疲れるんだったら歩かなきゃいいのか」


俺は指を口に咥えて勢いよく息を吹いた。

ピーっと高い音が響いて少しすると、遠くから羽ばたいてくる鳥が。


「悪いね、フェイ。急に呼んじゃって。ちょっと頼みたいことがあるんだけど」


『あら、久しぶりね、ジル。今日はどうしたの? ヴォルスやエレナの姿が見えないけれど』


こいつの名前はフェイ。種族的にはフェニックスと呼ばれる伝説によく出てくる……鳥だ。

身体は燃えるような赤い体毛で、目は鋭く美しい…っていうのが伝説だけどフェイは違う。


普通に大きい茶色の鳥って感じだ。確かに目は鋭いし毛並みは綺麗でふわふわだけどね。本人曰く、そういうのは想像で勝手に決められるもの。でもできないわけじゃないわ。ということらしい。


巷で噂されているような伝説と一緒じゃないっていうことなんだろうけど、間違いなく涙には癒しの力はあるし、不死鳥と呼ばれることもあって死ぬときは燃え上がり肺の中から再び生を受ける。

想像で決められてると違うじゃん。あってるじゃん。


「父さんと母さんは家できっとイチャコラしてるよ。弟か妹ができなきゃいいけどね。それで俺はとうとう追い出されて王都で王女様のお守りをしなきゃいけなくなったわけ」


『あら、いいじゃない。昔からジルは家の中で過ごしてばかりだったもの。活発的なあの子に付き合ってあげなさいな。お似合いよ?』


「あれは振り回されてたっていうんだよ、人間の間ではね。それで悪いんだけど王都まで乗せていってくれると嬉しいんだけど、いいかな?」


『ええ、もちろん。ワタシがあなたたちのお願いを断るわけがないわ。誓いを違わない限りはね』


誓いというのはハウンド家の直系の者の魔力を与えるというもの。詳しくはわからないがどうやらフェニックスは魔力を得て成長するらしく、その魔力にハウンド家のものが適しているのだとか。


だからもし魔力を与えることができない、ということになるとフェイフェニックスにとっても死活問題になるようだ。


、というだけあってフェニックスはフェイだけではないらしい。が、ジルはフェイ以外のフェニックスには会ったことはない。


「そっか、ありがとうフェイ。君には感謝してるよ」


『お礼を言われるほどのことじゃないわ。その代わり、暇つぶしにでも何かお話ししてくださいな』


「仰せのままに」


ジルが乗りやすいように身体を低くしてくれたフェイに乗り、落ちないように体勢を整える。

こういうのは乗馬とかと一緒だよ。馬の体重移動に対応できるような場所で負担にならないように乗る。これぞ人馬一体。今回は鳥なので人鳥一体。


フェイが軽く羽を羽ばたかせると、ふわりとその場で浮き上がる。

毎回この時は重力ってものはフェイの前では意味がないんじゃないかと思ってる。それくらい自然に浮き上がるんだもの。側から見たらよほど不自然なんだろうけどね。


羽ばたいてから風の抵抗を受けることもなく家が点になるほどの高さまできた。

風の抵抗がないのはフェイの気遣いだろう。こう見えてかなりできる女なんだよ、フェイは。


『ねえジル、最近の生活はどうだった?』


「まるで人間みたいな質問だなあ。そうだな…兄さんが家を出て父さんと鍛錬、母さんと勉強…昔から大して変わることはないよ。たまにだけどアイシャとも会ってるし」


『そう…でも、昔ほど外に出なくなったわよね。昔は外でやんちゃをしているあなたをエレナと一緒にハラハラしながら見ていたこともあったのに』


フェイの言う昔は一体いつのことなんだろうか。ジルの記憶の中ではそれは自分が4歳だとか5歳だとかそれくらいの年頃の話だ。


「それはそうだね。俺が外に出てると着いてくる困った王女様がいたから。流石に王女様を連れて魔物を狩ったり森を探検したりなんかできないだろ?」


『人間は大変ね。でも、あの子に隠れて色々やっているみたいじゃない?』


「まあ、多少はね。バレないように悪戯をする少年の冒険心みたいなもんだよ。だから全く外に出ないってわけじゃないよ」


『最近だと何があったのかしら?』


「なんだろうなあ…」


ジルは最近あったことを思い出しながらフェイに語った。


森の中で出会った半透明で不思議な少女と遊んでいたら実は少女が精霊だったとか、勉強の詰め込みすぎで嫌になって家を飛び出して走り回って逃げていたら急に大きな水溜りに出くわしたと思ったらそれが大陸の端で、大きな水溜りは海と呼ばれる塩水だったとか。


『相変わらずジルはエレナもヴォルスも振り回しているのね。それに比べたらエヴィアンは随分と扱いやすい子だったわね』


「それ、俺が扱いにくいって言ってる?」


『ふふふ、どうかしら? でも、見ていて飽きないのは確かね』


「なんだかなあ」


そんな風にフェイと話していると、ぼんやりと王都が見えてくる。

フェイは飛ぶ速度を緩やかに落としていく。


「もう着いたんだ。流石フェイだね」


『お褒めに預かり光栄ね』


フェイは音を感じさせずにふわりと着地する。

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