あの日死ななかった僕へ

一ノ瀬 真琴

第1話「逃げろ!」

なぜ、こんなことになったのだろう。


俺にはここ二ヶ月程度の記憶が欠落している。記憶のある限りでは俺はいじめられてなんかなかったし、少ない方だがちゃんと友達もいた。そのハズだ。


「あいつよく学校来れるな」

「…お前話しかけて来いよ!」

「怖くて近付けねぇよ」


そんな声が聞こえた。

急にそんな扱いされるこっちのが怖いっての、なんて思いながら席に着く。


二ヶ月の記憶が欠落してるのは事故にあったから。一ヶ月ほど意識不明だったそうで、目が覚めると見舞いに来てた両親が泣きそうな表情で、こっちを見てて困ったものだ。


それからは警察の事情聴取やら、リハビリやらで大変だった。


そして久々に学校に行ったら友達が妙によそよそしく、話しかけても「急用があるから」と何処かに行くわで、まともな会話が出来ていない。そのまま為す術もなく気付いたら孤立していた。


幸い孤立してしまっただけで、殴られたりの被害が出てる訳ではないが、下手したら言葉の暴力の方が痛いのかもな、なんて思った。


人間関係なんて二ヶ月あればゼロに戻るのだろうか?


「おはよー!智也!!」

「…朝から元気だな」

「智也こそ暗くない?朝ご飯食べた?元気足りてないんじゃない??」


こいつ…優斗だけが唯一俺に優しい。

そこまで仲が良かった記憶はないが、何でも俺が事故に遭った時に救急車を呼んでくれたのが優斗らしい。その縁からか、妙に俺のことを気にかけてくれている。


「そういや、事故に遭った時の記憶まだ思い出せない?」

「全く」

「……そっか、まあ、思い出せる時に思い出せよ。俺も応援してるから!」

「どんな応援だよ!」


そうやって笑い合える人が一人でもいるならいい。

この時は確かにそう思った。


* * *


ある日優斗に誘われ、優斗の家に遊びに行くことになった。優斗の家は妙に芳香剤の匂いが強く鼻が曲がりそうになったが、部屋の中は綺麗に整頓されている。


「お茶でいいよね?」

「あ、あぁ…」


出された麦茶で喉を潤す。


「まぁ、呼び出したのには理由があるんだけど、そろそろ俺も限界なんだよね」


切羽詰まったようにそう言われ、思わず息を飲んだ。


「いい子のフリして、お前と接するの疲れちゃったの。ホントはちゃんと記憶戻るの待つつもりだったよ?でもさ、そんな気長くないから、俺」

「何を言って…」


急にまくし立てるようにそう言われて恐怖を感じた。脳が全力で「逃げろ」と警告を出してるような、そんな感じ。


「お前さ、よく被害者意識全開で、俺は悪くない!友達に裏切られた!みたいな態度取れるよな。反吐が出る」

「何言って…」


逃げろ!


その言葉だけが頭に浮かんで立ち上がったが、頭がクラっとして座り込んだ。


「あぁ、麦茶お代わりいる?」

「いらな…それよりお前、何か盛ったか…?」

「媚薬とかじゃないから安心しろよ」


優斗はつまらなそうに言った。


座り込んだまま動けなくて、目を瞑ってあれこれ考えた。なんでこうなった?の答えは出そうで出なかった。


「そういや、麗奈はちゃんと俺が責任持って始末しといたから、安心してよ。世間的には彼女が行方不明になって、車に轢かれた可哀想な人、って評価になるんじゃない?学校では噂だってるけどね「智也が彼女を殺した」って」

「何を言って……」

「ここまで言ってもダメ?まだ思い出せないの?可哀想に」


そう言われ、脳に負荷が掛かりすぎたようで頭が痛くなった。思わず頭を手で押さえる。だけど、電気ショックの荒療治みたいな効果はあるようで、思い出したこともある。



思い出した。


「やっと思い出してくれたの??手間がかかったなぁ。俺ずっとこの日を待ってたんだ!何かご感想は?いい言葉期待してるよ、智也くん!!」

「僕は悪くない…あの時は麗奈が……」


麗奈が僕を殺そうとしたから、僕は麗奈を殺しただけだ。

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