俺、魔王殺しの勇者なんですけど味方に危険分子扱いされて殺されたんでTSして世界征服しますね(ガチギレ

永多真澄

第1話

 鋭い剣戟の音が、さながら荘厳な音楽のように規則正しく、時にアクセントのように不規則に響く。人間が百人居並んでなお余りあるほどの広大なホール――魔王城謁見広間――はいま、ぜいたくにも二人の人物によって貸し切られ、もう数時間ばかりにわたる決死舞踏が繰り広げられている。

 その片割れ、長い髪を振り乱し、身の丈はある大剣を振り回して嗤う女――魔王――が哄笑の合間に言う。


「ははは! 愉しいなァ! 背骨がピリピリする!」


「そうかよ!」


 もう片割れ、質実剛健な鋼の剣を振るい、身軽な皮鎧で申し訳程度に身を固めた男――勇者――はそっけなく言葉を返した。しかし剣による返礼は苛烈そのものだ。


「つれないなあ! だけどそうじゃなくちゃァ! 言葉なんて、何の役にも立ちはしないもんな! ははははは!」


 狂乱する言動とは裏腹に、魔王の剣は鋭く重い。勇者の攻めをあまりにも正確に受け流したうえで、激烈な返礼を添えてくる。


「言ってろボケナス!」


 "称号"の恩恵はすでに喪失していて、これだ。勇者は暴言をぶつけながらも余裕はない。人類に並ぶもののない勇者をして、なお圧倒される。

 なんのことはない。彼女は"魔王"である以前にまごうことなき魔王であった。その地力だけで、世界に覇を唱えるに足る存在だった。

 その力量差は歴然。"称号"の恩恵を受けて、ようやくトントン。まさに怪物。まさにバケモノ。しかして勇者は――その口の端を覚えず釣り上げた。


「いいねぇ! その顔、その顔が見たかった! 今までの誰とも違う! やっぱりお前だ! お前が私の運命だ! ははは! はははは! 好きだぞ! 勇者! お前が欲しい!」


「願い下げだ! 先約があるからな!」


 愛の囁きにしてはずいぶんと物騒な剣戟を添えて。しかし勇者はそれをすげなく切り払って返答とした。空いた手から火焔と雷撃を混ぜ込んだ魔法を放つ。悠久の時を生きた竜ですら一瞬で絶命せしめる伝説級の攻撃魔法。それは過たず魔王に飛んで、しかし手にした大剣で容易くいなされた。隙の一つも作れない。


「ふふふ、それは残念だ。ははは! なればこそ、存分に死合えるというもの! 善き哉、良き哉!」


 心底楽しそうに笑って、直後、魔王の剣戟がより苛烈さを増す。勇者はそれに完璧に応えた。魔王はさらに笑みを深めた。



//


 長い時間が流れた。二人の剣舞は三日三晩に及び、荘厳であった魔王城謁見広間はいまや、見る影もないほどに破壊されてところどころに火の手が上がっている。

 二人はその広間の中央にて、まるで戴冠の儀式を執り行うかのような姿勢でしばし、佇んでいた。

 もはや剣劇の音は聞こえない。ジルジルと炎が床を舐める音と、ときおり木の爆ぜるような音以外、広間には音がなかった。

 それは先程までと比べれば、静寂と言って差し支えない空間だ。勇者は耳の奥で、キーンと耳鳴りの鳴る音をすら聞いた。


「俺の勝ちだ」


 その静寂を嫌ったか、勇者が通る声で宣告する。まさに満身創痍の様相で、しかしシャンと背筋を伸ばして、鋼の剣を魔王の首に突き付けて。


「私の負けだ」


 魔王は床にくずおれた格好で、しかし目線はしっかりと勇者を射抜きながら、先の狂乱が嘘のように穏やかで、晴れ晴れとした面持ちでもって。


「言い残すこと、あるかよ」


「ないな。……あ、いや。そうだな。うん。素敵なひとときだった。お前のおかげだ。ふふ、そう考えると、少し惜しいな。やはり私は、お前が好きらしい」


「……そうかよ」


 勇者は魔王があまりにも愛らしく笑うものだから、これも作戦だろうかと少し悩んだ。少し悩んで、いいや、これはそういうのじゃないな、と結論する。ならば、やることは決まった。


「少し待て」


 勇者の思考に割り込むように、魔王が口をはさんだ。同時に、自身に突き付けられた勇者の剣の、その刀身を静かに握る。


「なにを」


「まあまあ。こいつにも、礼をしなきゃだし」


 ふわりと、魔王の手から明緑の燐光が漏れる。治癒の魔法だと、勇者はさとった。それは毀れてボロボロだった刃を瞬く間に修復すると、役目を終えたように溶けて散った。


「まだこれだけ魔力を残して……どういうつもりだよ、オイ。まだ余裕あるんじゃねえか。なんで」


「ふふ、余裕なんてないさ。これも最後の一握り。さあ、一思いにやるがいいよ」


 魔王はそれだけ言って、すっと目を閉じた。崩れた壁の隙間から、狙ったように光が差す。

 光の中に佇む魔王、その顔は、まるで接吻を待つ乙女のようですらあり……。


 勇者は迷うことなく、手にした剣を振り下ろした。

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