第6話 FZ1

 なぜか、妙に惹かれるものがあった。

 久しぶりの帰郷で家族と過ごす時間ができたとはいえ、病気で倒れた父親がもう保たないと、母親から懇願され郷里へ戻った彼に、転職先での仕事はあまり興味の沸くものではなく、長かった一人暮らしは、帰省した実家よりも引き払ってきた住み慣れたアパートや、別れを告げてきた親しかった知人らへの、逆ホームシックの感情を抱かせた。


 そんな、日々の暮らしに閉塞感を覚え始めていた頃、とあるサイトで見かけたPVに彼の目は釘付けになった。荒涼とした一面原野のような中に引かれた一本の道路を、赤いボディの二輪が疾走していく。ただそれだけの、たかだか二分弱のPVだが、その光景はなぜか脳裏に焼き付き、彼の心をわしづかみにした。Emotional Touring Sport FZ1 Fazer、リピート再生で何度も流れるオープニングのタイトルはそう謳っていた。


 もともと二輪の免許は持っており、以前は所有してもいたのだが、取引先への出向で東京のマンスリーマンションに仮住まいの暮らしでは、二輪は無用の代物で、ついぞ触れる機会はなく長年遠ざかっていた。だが、帰郷してあらためて見回すと、知人もおらず、交通量も少ない地方での暮らしには、二輪の存在が生活に良い意味での刺激を与えてくれる事は間違いなかった。


 父親の四十九日も過ぎ、朝露の降りるようになった11月の朝、ようやく納車された海外仕様のFZ1は、赤い車体が日光にきらめき、イグニッションがONになるのを待っていた。

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