エピソードⅠ-Ⅵ 救出、そして決着

 「なぜお前がここにいる、クロウ・・・・・・!」

 軍警察で正式採用されたショットガン『S-16』の銃口を目の前の男に向けながら、ブライト刑事は吠える。

 彼に付いていた警官も男に銃口を向け、側面へと回り込んだ。

 クロウもブライトに対し銃口を向ける。緊迫した空気の中、トキオが持っているデバイスから発せられる電子音だけが、三人の間で響いていた。

 「く、クロウさん・・・・・・?」

 その状況に耐えきれずに声を発したのはトキオだった。間もなく社長室のロックが解除されるタイミングで声を出したのだが、クロウの代わりにブライトがその声に応えた。

 「トキオ君。君も何故ここにいる?彼は危険な男だ。何があったか知らないが、コイツとは手を切るべきだ」

 ≪随分な物言いだな、巡査。そいつはな、お前ら警察が頼りないから俺に頼ってきた賢い男だよ。それに・・・・・・非合法ではあるが、お前らよりは人を救っている≫

 「信じられないな。お前には殺人、強盗、その他諸々の容疑が掛けられている。ここで会ったのもいい縁だ。ここでお前を逮捕する」

 ≪だそうだ、トキオ。お前の彼女は諦めろ≫

 銃を下げ、わざとらしく両手を上げたクロウに、警官が詰め寄る。手にはいつの間にか手錠を用意していた。

 「待て。トキオ君の彼女、エリカさんがここにいるのか?」

 警官を制止させ、ショットガンの引き金に指を添えたままブライトは問う。クロウは鼻で笑ってその事を肯定した。

 ≪そうだ。その為にわざわざ古臭い方法使ってドアのロックを外してた。もうじきここのロックも外れる。中にデブがいれば鍵を奪って救出出来るし、無かったとしてもビル全体のロックを解除できる。聞こえたか、ロックの外れる音だ。突入するぞ≫

 ドアの取っ手を掴み、クロウは力任せに扉を開く。同時に銃を構えて中の様子を伺うが、誰もいない事を確認するとブライトの方に振り向き、≪お先にどうぞ、巡査≫と道を譲った。

 訝し気な顔をしつつ、ブライトは警官と共に社長室へと入る。遅れてトキオも中に入り、部屋の汚さに絶句した。

 「ここ、ほんとに社長室なのか・・・・・・?」

 そう思うのも無理はなかった。トキオの勝手なイメージでは、社長室は他のどの部屋よりも綺麗で、重苦しい雰囲気のあるものだと思っていたからだ。この部屋にそれはない。飲みかけのペットボトルは床に散乱してこびりつき、途中で食べ飽きたであろう缶詰にはハエが集り、蛆が蠢いていた。更には大量の丸められたティッシュの山があちこちに出来ていた。それからも異様な悪臭が漂っていた。

 幸い、目の前の見えるパソコン周辺は綺麗になっていた。クロウはトキオからデバイスを返してもらうと、早速パソコン本体とデバイスをケーブルで繋いだ。

 呆気に取られていたブライトたちも本来の職務を思い出すと、一先ずクロウたちの事は保留にする事にし、誘拐された人たちの証拠となるような物を探し始めた。

 ブライトが追っていた男たちは結局どこに逃げたのか分からないままなので、ここで何か証拠を掴みたい所だ。

 クロウはパソコンのハッキングに成功すると、キーボードを叩いてパソコンの中身をデバイスの中にコピーする。ついでに、このビル全体のロックを解除を試みた。

 (一階と二階のロックだけ全て外れているな。三階はあの一室だけ開放したようだな)

 一階と二階から聞こえてきた悲鳴。恐らくはリボーンにやられた者たちのものだ。なら、三階で見たあの部屋の中にもまだいるのかもしれない。

 「巡査。これを・・・・・・」

 警官がブライトに一冊のノートを渡す。表紙には太いマジックペンで『僕のお嫁さん計画』と大きく書かれていた。中を開くと、巡査の顔色が明らかに変わっていく。

 「・・・・・・低俗だな」と吐き捨てる。その中に書かれていたのは、恐らくあの三人組の誘拐犯に向けての指示書だ。好みのタイプと場所だけを掲示し、成功報酬としてその女性を強姦する権利を与えていたようだ。

 ≪巡査。面白い物があるぞ≫

 クロウが彼を呼ぶ。警官は目で止めておくように訴えたが、ブライトはそれを無視してパソコンの方へと向かった。

 モニターに映し出されていたのは、誘拐された女性たちとのセックスビデオだった。泣き叫ぶ彼女らに暴行を加え、更に手に持った注射器を首筋に刺すなり、内容物を流し込む。それを打たれた女性は瞬時に大人しくなり、茫然とした顔をしたまま男たちに犯されるという内容だった。

 「これは・・・・・・エリカさんの動画と同じ症状だ」

 ≪麻薬――NBを打ち込んだ人間の初期症状だ。この後も続けて摂取させ、極度のストレス状態に追い込めば立派な依存症の出来上がりだ。凶暴な怪物、リボーンにもなる≫

 「二階で遭遇したあれが・・・・・・まさか彼女らなのか・・・・・・?」

 そう言われれば、動画の中で乱れる彼女らの体格や顔、髪色などが、ここで遭遇したリボーンと似ている気がする。顔は半分に割れていたが瞳の色も酷似していた。

 「俺は・・・・・・人を殺したのか・・・・・・?」

 ≪アレを人と言えるのか?意識もなく、ただ目の前の人間を食い殺そうとするアレを。ああなった以上人間として戻るのはほぼ不可能だ。初めてリボーンと戦った時の事を思い出せ。アレは人間だったか?≫

 あの時。それは初めてリボーンに遭遇した時の事だ。あれはまだ人間で、しかも祈っていた。その後変異したが、時折聞こえる言葉は人間のモノだった。

 ≪巡査。ついでの警官。奴らは敵だ。お前たち人間にとってのな。撃たなきゃ死ぬぞ≫

 クロウがそう警告するのと同時に、一際大きい電子音がモニターから聞こえた。彼がロックを解除したのだ。

 ≪目標がいると思われるエリアのロックを解除した。行くぞ≫

 「待てクロウ!まだお前を信用したわけじゃない!」

 ≪これが終わったら好きなだけ話をしてやる≫

 ドアを蹴破り、クロウは広間に躍り出る。同時に、非常事態を告げる赤いパトランプが鳴り響き、不快な声が彼らの耳に入ってきた。

 『このクソ野郎ども!俺とエリカの邪魔ばっかりしやがって!!お前らには特別に、俺のお嫁さんたちを上げてやる!存分に乱れろ!このビッチども!』

 声の主に反応したのか、クロウたちの周囲でカサカサと、何かが這う音が聞こえる。ライトをつけた警官が音の鳴る方へとライトを向けた、その瞬間だった。

 「ひっ!?」

 ライトに向かって、白い糸が飛ばされてきた。恐怖で思わず手からライトを手放すと、ライトは糸に引っ張られて天井で止まった。そして、がりがりと音を立ててライトが壊れていった。

 ≪構えろブライト。お出ましだ≫

 クロウは鴉を構えてトキオを守るように後ろに隠す。ブライトも警官に指示を出し、ショットガンを構え直した。

 赤いランプに照らされ、天井に張り付いた彼女らは舌を伸ばして獲物の位置を探る。舌の先端から流れ出た白い唾液は時間をかけて床へと下っていく。真下にクロウたちがいるにも関わらず、彼女たちは彼らの存在に気が付いていないようだ。

 (こいつら、光で物を見ているのか?)

 そう考えたクロウは懐に隠し持っていた小さい照明を、自分達より離れた場所にそれを投げた。

 かつんと音がし、衝撃で光が発せられる。瞬間、それを見つけた幾匹が同時に舌を伸ばして光を包み込み、互いに引っ張り合う形になった。その行動を見て、クロウは確信する。この変異型は光を嫌う、と。

 クロウは小声でブライトたちに耳を貸すように言う。

 ≪今から閃光で奴らの目を潰す。俺が合図を出したらあの扉の前まで走れ。いいな≫

 クロウの指さす方向に、身の毛もよだつほど悪趣味な電光掲示板がある。そこには『僕の愛するエリカとの愛の巣』と書かれていた。

 ブライトたちは小さく頷く。クロウはそれを見て、懐から小さな青い瓶を取り出し、瓶の蓋を開ける。その中に薬莢の中に残った火薬のカスを入れると、青い液体はたちまちに強く発光しだした。それに気づいた彼女らの一体が、クロウの手中の瓶目掛けて舌を吐き出した。

 クロウが瓶を投げる。青白く輝く瓶は段々と輝きを増し、その光に気づいた周りのリボーンも光を追って舌を突き出し、捕えようとする。

 壁に激突しそうになった瞬間。瓶には幾重にも舌が巻き付いた状態になった。そして、大きく揺さぶられた瓶の中は化学反応が促進され、彼女らの下を焼け尽くす程の高温となり、爆ぜた。

 ≪走れ!後ろを振り向くな!≫

 クロウの合図と共に全員が走り出す。閃光という名のを爆発を至近距離で受けたリボーンたちの舌は焼け爛れ、目玉は潰れて中から液体が吹き出す。天井に張り付く力もなくなり、彼女たちは次々と落下していく。

 しかし、その中でダメージを受けずに済んだものもいた。リボーンは逃げていく獲物の背中を追いかける。腹部の割れた大口が開き、四人の中で走るのが遅かったトキオを標的に飛び掛かってきた。

 接近に気が付いたトキオは更に加速する。だが、怪物の脚力には負けている。背中を丸ごと大口で齧られる瞬間、ブライトは振り返ってショットガンを撃った。

 発射されたショットシェルの先端が破れる。破れた瞬間に飛び出した小さな鉛の玉は加速し、リボーンの大口の中に吸い込まれていく。

 小さい鉛の玉を飲み込んだリボーンはうつむいた姿勢のまま後ろに吹っ飛ぶ。そして背中まで突き抜けた鉛の玉が、床でのたうちまわっているリボーンにも命中した。

 「大丈夫か?走るぞ!」

 思わず転びそうになったトキオの肩を抱き寄せ立たせる。その間にも、銃声に気づいた幾匹が迫ってきていた。

 ≪走れ!≫

 電光掲示板まであと少しの所で、クロウは振り返って鴉の引き金を引く。雷鳴にも似た銃声が廊下に響いた瞬間、天井を這って迫ってきたリボーンの顔面を破壊し、その後ろにいたリボーンの腹を貫通させ、二体とも撃墜する。更に別の個体に銃口を合わせ引き金を引き、大口の中を弾丸が滅茶苦茶にかき回し、それも痙攣を起こした後に絶命した。

 一足先にブライトたちが扉の前まで辿り着く。そして扉を開けようと取っ手を回したり、引っ張るが一向に反応しなかった。

 「くそ!何でだよ!ロックは解除した筈じゃ・・・・・・」

 扉の開け閉めを繰り返すトキオの耳に、再び不快な放送が聞こえた。

 『残念でした~!そう簡単には開かないもんね~!内側からも鍵が掛かるんだよバ~カ!お前はそこでエリカと僕のラブラブぶりを

見せつけてやるよ!』

 「クソ!クソ!開けろ!エリカ!!俺だ!開けてくれ!」

 扉を何度も叩く。それで開く筈がない事はトキオがよく分かっていた。それでも諦められない。

 「巡査!向こうにも怪物が!」

 「構えろ!トキオを守るぞ!」

 ブライトたちが銃を構えた先、クロウとトキオが侵入した非常階段の扉を打ち壊し、リボーンが迫ってくる。

 トキオを庇うように前に出てショットガンを打つ二人。クロウは鴉から弾倉を抜き取りながら、迫ってくるリボーンを足で蹴り、頭を踏み潰して活動を停止させる。そして空の弾倉をバックパックに仕舞うと、充填された弾倉を鴉に装填する。

 新たに銃弾を込められた鴉が啼く。啼く度にリボーンは床に墜落し、墜落したリボーンの心臓部にナイフを突き立てる。その隙を狙って飛び掛かるリボーンの顔を銃床で殴りつけ、倒れた怪物に向かって銃弾をお見舞いした。

 「カバー頼む!」

 ブライトのショットガンの弾が切れた。彼は警官の後ろに回り込み、手馴れた手つきでシェルを詰めていく。リロード完了した直後、警官を下がらせてリロードさせる。

 (・・・・・・数が減ってきたな)

 天井に張り付いたリボーンをフックショットで引きずり下ろし、その心臓部にナイフを突き立て焼き殺したクロウは、近づいてくるリボーンの数が減っている事に気づく。耳を澄ませると、この下の方でも銃声が響いていた。下の階でも誰かが戦っているようだ。

 「巡査!弾がない!」

 遂に弾丸を使い切った警官に、リボーンの大口が迫る。その時、クロウの鴉が啼くと同時に警官の頬に熱い何かが駆け抜け、目の前の怪物がドアから真っ逆さまに墜落していった。

 ≪どけ≫

 扉の前でうずくまるトキオをどかし、クロウは彼と同じように取っ手を引っ張る。だがやはり動かない。

 『だから言ってんじゃん!内側から鍵かけてるって!お前もバカなの!?』

 不快な声を聴いたクロウは、扉に向かって蹴りを入れる。その時、扉の周囲の壁がみしり、と音を立てた気がした。

 「クロウ!扉を開けてくれ!こっちはもう弾が少ない!」

 減ったとはいえ、まだ敵が下から昇ってくる。ブライトは昇ってくるリボーンに向かってショットガンを打っていたが、遂にこちらも弾が尽きた。

 「くそ!」

 ホルスターからハンドガンを抜き取り応戦する。頭に銃弾を受けた怪物は落下し、奇声を上げながら落下していった。

 開かない扉に何度も蹴りを入れながら、クロウは尋ねた。

 ≪おいデブ。この扉は何をしても開かないのか?≫

 『そりゃそうだ!グレネードでも、ロケットランチャーでも開かない設計だぞ!お前ら如きの武器じゃ絶対に開かない!』

 ≪そうかい。じゃあ――≫

 クロウは右拳を強く握りしめる。それを見ていたのか、アリマラは馬鹿にした声でそれを蔑む。

 『だから無理だって!お前もそこのガキと一緒の知能指数なの?一度病院に行けば!?あ、病院も無理か!今日ここで死ぬしね!』

 強く握られた拳から紫電が走る。それは右腕全体に走り出し、白い煙が上がり始める。徐々に煙の量が多くなり始めた時、クロウは扉に向かって右腕を突き出した。

 重金属同士がぶつかり合い、火花が飛び散る。まるで大銅鑼を叩いたような重たい音が廊下全体に響き渡り、それを聞いた三人は耳を塞ぎ、天井に張り付いた怪物は床に落ちてもがいていた。

 『は、はぁ!?』

 驚いた、というより呆れたような声が響く。その間にも、クロウは右腕を振りかざして何度も、何度も、何度も扉を殴りつけた。

 壊れないと宣言していた通り、扉は壊れなかった。だが、扉を構成しているコンクリートや鉄筋は徐々に壊れ始めていた。コンクリートにはヒビが入り、扉が少しずつ前に傾き始めていた。

 「ヤメロよ!ヤメロ!お前何してるか分かってるの?不法侵入だよ!」

 明らかに焦っている様子が聞こえる。それを聞き、彼は内心ほくそ笑む。この義手の耐久試験も兼ての攻撃だったが、これなら十分に耐えられると。

 態勢を立て直した怪物がクロウたちに迫るも、何度も響く重低音を聞いてか次第に弱ってきているような気がした。弱った怪物に向かってハンドガンを撃つブライトと警官。怪物の駆除にも段々と馴れてきていた。

 ≪これで、終わりだ≫

 呟き、右手を握って拳を再び作りだす。大きく後方に振りかぶった拳を、渾身の力で叩きつける。遂に、周りのコンクリートと鉄筋が崩壊し、扉はゆっくりと前に崩れていった。

 「え、エリカ!?」

 トキオが叫ぶ。部屋の中にいたのは、パンツ一丁の肥満体の男と、床に倒れた金髪の少女――エリカだった。

 「な、な、なんだよお前は!」

 肥満体の男、アリマラは咄嗟に近くにあったハンドガンを取ろうとしたが、クロウ撃った銃弾がアリマラの左肩を撃ち抜き、背中のガラスに大きなひびを入れた。

 「ひ!?」

 アリマラは腰を抜かし、その場にへたり込む。クロウは走り、彼の頭を掴んでガラスに叩きつけた。

 「や、ヤメロ!金なら払う!俺を殺したら、パパが!」

 ≪パパが仕返しに来る、てか?お前のパパには一昨日挨拶しといた。今頃は山の中の別荘で晩餐してるだろうよ≫

 アリマラを掴む手に力が入る。みしり、と骨が軋む音が聞こえた彼は更に叫んだ。

 「オイ警官!俺を助けろ!市民の味方なんだろ?今ならお説教だけで済むぞ!早く僕を・・・・・・!」

 最後まで言わせない気なのか。クロウは自分よりも体重のある彼を軽々と持ち上げ、ガラスに何度も頭を打ち付けた。その衝撃でガラスのヒビが蜘蛛の巣のように広がり始めた。

 ≪誰もお前を助けやしない。お前が誰も助けなかったように。今日ここで、死ね≫

 アリマラを掴んでいた手が離れる。尻から落下した肉がぶるんと揺れた。

 その腹に向かって、クロウは真正面から蹴り込んだ。機械の足が肉に突き刺さり、アリマラは大きく後ろに吹き飛ぶ。ひび割れたガラスが割れ、アリマラもガラスと一緒に地上へと落下していった。

 「だれかーーー!?」

 短い手を前に突き出しながら、アリマラが落ちる。地上に落ちた瞬間の肉が破裂する音を聞いて、クロウは満足げに振り返った。

 「クロウ・・・・・・貴様、殺人を・・・・・・!?」

 ≪悪いな巡査。これが俺のやり方だ。逮捕するならしてみろ。その前に、お前らにはやる事がある筈だが?≫

 ブライトは苦々しい顔をしてクロウは一瞥すると、エリカを抱きかかえて号泣するトキオの元へと向かった。既に駆けつけていた警官が彼女の手当てをしているようだ。

 「エリカ・・・・・・よかった。よかった・・・・・・・・・・・・」

 サラサラとした金髪は細くボロボロになり、白く綺麗な肌は乾燥してあちこち紫色のあざが出来ていた。整った顔も殴られたのか、醜く腫れ上がっていた。

 「ここは危険だ。すぐに本隊と合流しましょう、巡査」

 「そうしよう。トキオ君。立てるかい?彼女は任せる」

 トキオを立たせ、彼女の肩に手をまわして支える。警官の肩に繋げられた無線機からは『アリマラ容疑者を確保!酷い重症だ。これより病院に向かう』と本隊から連絡があった。

 「クロウ・・・・・・。必ず次は逮捕させてもらうからな」

 彼の方を見ながら、部屋を脱出しようとする四人。クロウはアリマラの落下した場所を見ながら、キャサリンに連絡を入れる。今、アリマラが担架で運ばれているのを見ながら、状況を説明している最中だった。

 その時。地面が大きく揺れた。

 「何だ!何が起きた!?」

 ブライトたちは揺れに耐えきれず床に伏せる。クロウは足で踏ん張りながら、目の前で起きている異常を淡々と彼女に伝えた。

 ≪デブが変異している。少し、いや、かなりヤバイな≫

 地上に張り巡らされた無数の赤色の触手が、警官やリボーン、車を侵食しながら一つに集まり始めていた。その中心にいるのは、アリマラだった。

 アリマラは何かを叫びながらうずくまり、背中から大量の触手を吹き出す。触手の先からは白い粘着性の液体を噴出させる。その液体に触れた警官の一人は思わず武器を捨てて両手で口を抑える。そうしている間に、背中から触手に巻き付かれ、アリマラに捕食されていく。

 その場にいた殆どの警官を捕食しながら、アリマラの体が徐々に変異していく。太く短い手が長くなり、指の先端は先が割れ、そこからも液体を噴き出す。腹からは無数の触手が蠢き、中心には牙を生やした丸い口が待ち構えている。腹の下に隠れていた小さい陰茎は太く巨大になり、陰嚢は赤く膨れ上がっていた。

 『駆除できそうかしら?』

 ≪やるしかないだろ。オウル、聞こえるな。援護を頼む≫

 『オウル了解だ。イーグルにも遠距離射撃を頼んでおいた。まもなく到着する』

 ≪了解だ≫

 通信を終え、目の前の巨大な怪物を双眼に捕らえる。今や怪物の巨体は、このビルの二階にまで成長しようとしていた。

 ≪――楽しませてくれよ≫

 ヘルメットの中で口角を釣り上げ、クロウは三階から地上へと降りて行ったのだ。

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