第4話「揺るがない覚悟」

呆然としたまま、近くの公園まで歩いてきた。

自分が死んだなんて話を店の中でしたくはなかった。


「信じられないな」


どうすればいいのか分からなくて、

そう呟くしかなかった。

隣のベンチに腰掛けて、遥も同じことを思っているようだった。


「私だって、信じられないよ。

でも、君の言っていることを辿ると、そういうことになる」


「みたいだな」


「本当に誠也じゃないんだよね?」


「本当に違う。僕は羽島真琴だ」


「はぁ……私には実感が湧かないよ」


それはそうだと思う。

横に座っている僕は、稲沢誠也の姿だけど、稲沢誠也じゃない。

頭では理解していても、中々受け入れられないだろう。


僕もそうだった。

状況を理解した今でもまだ、夢の中で生きているような感覚だ。


「でも、今は受け入れるしかないんだね。

君は誠也だけど、誠也じゃない。中身は、羽島真琴君」

「街の言い伝えが本当だったなんて信じる気にもならないけど、

君が言うのなら間違いないでしょう。君は、嘘を付くような人には思えないからね」


「嘘を付かないなんて言った覚えはないが」


「君、麗美の生徒会長でしょう? こんな状況で嘘を付くメリットがないってことくらい、分かってるはずよ」


それもそうだった。

まあ、嘘を付くほどの余裕がなかった、というのが正しいけれど。


「信じてくれるんだね」


「そうね。輪廻が人間同士で起きたことにはびっくりだけど、"君"の中身が違うってことだけは確信を持って言えるからね。ま、私だから気付けたことだけど」


「……どうして?」


「私、誠也と付き合いが長いのよ。小学校から高校まで、ずっと一緒……って、誠也を目の前にして言うのも変だけど」


「幼馴染ってやつか」


「私からしてみれば、腐れ縁だけどね。それで……」


「……それで?」


「その、改めて言うのも変な感じだけど……」

「恋人……だったのよ」


「あ……」


最後の質問。告白の言葉を覚えているのか。

それだけでは分からなかったけど、誠也とこの子は付き合っていたのか。

それなのに、僕は……。


「……ごめん」


「謝らないで。私が付き合っていたのは稲沢誠也。羽島君とは関係ないことだよ」


「そうかもしれないけど……」


だからと言って、そう簡単に片付けられる問題なのだろうか。


「だから、私は気が付けたの。というか、信じ切れるの。見た目は誠也だけど、中身は誠也じゃないってね」


「冷静だね」


「事実は受け止めるしかないのよ。悲観的になっても、良い事なんてひとつもないでしょう」


それは確かに、そうかもしれなかった。

いくら嘆いたところで、この事実は変わらない。

それよりは、解決策を模索した方が格段にいい。


「分かった。僕も受け入れるよ。僕は……」

「僕は、交通事故に遭って、亡くなった。そして、稲沢誠也の身体に輪廻したんだ」


「……私もそれを信じるわ」


「ありがとう」


不思議な状況ではあるけれど、こうして整理すると少しだけ気持ちが落ち着いてきた。少なくとも、ここに一人は事情を分かってくれる人がいる。それだけでも心強い。


「あそこで会ったのが遥さんでよかった。誰も信じてくれない気がしていたから」


「私じゃなければ信じなかったでしょうね。そういう点では、君はラッキーだったよ」


「不幸中の幸いか」


「どうなんだろうね。どちらにせよ、君は死んでしまっている訳だからね」


……そうだった。

輪廻の言い伝え通りなら、僕は死んで、魂だけがこの身体に宿ったということになる。

僕の身体は……どうなっているのだろうか。


「それと」


そんな僕の思考とは他所に、遥さんは話を進めた。


「私のことは遥って呼んでくれないかな。その姿で"さん"付けされるの、他人行儀みたいで、ちょっと嫌」


誠也がそう呼んでいたから、ということだろうか。

僕がこの姿をしている以上、その方が自然だと思った。

今後どうするかは分からないけど、一旦は稲沢誠也のフリをするのが得策だろう。


「分かった。遥」


「あ、うん。ありがと……」


「こっちの台詞だ。助かるよ」


今後どうするかは未定だが、

フリをするなら、この姿での違和感は出来るだけ取り除いた方がいい。

遥が信じてくれるのなら、彼女の望みには合わせてあげたかった。

それが今の僕に出来る、唯一のことだろうから。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「それで、これから君はどうするの?」


正午を告げるチャイムと共に、僕らは立ち上がった。

このまま座っていても、事態は何も変わらなそうだ。


「最初は麗美に行こうかと思っていたんだけど……今は行かない方がいいだろうな」


「そうだね。君が輪廻したってことは、羽島真琴君は……。そんな状態で、君の友達がこの話を信じてくれるとは思えないよ」


「僕もそう思う」


本当は、今すぐにでも美咲の安否を確認したい。

でも、他人の姿の僕が「自分は羽島真琴だ」なんて主張をしても、きっと冷たい目で見られるだけだろう。何しろ、僕は死んだのだから。ひとつ言い方を間違えれば、恨みを買うような存在になってしまうかもしれない。


なら、家はどうか。

しばらく思考を巡らせて、僕はかぶりを振った。

……こっちも無理だろう。

ただでさえウチは、琴姉を失っている。

そこに加えて僕がいなくなったのだから……。

考えるだけで、両親の悲しい顔が思い浮かぶ。

こんな話を冷静に受け入れてくれるとは到底思えなかった。


「今できるとしたら、事実確認かな。あの事故で僕の身体がどうなったのか、その後の事は知っておきたい。事故のことが分かれば、美咲や稲沢誠也についてのことも分かってくるはず」


「そうね。賢明な判断でしょう。さすが麗美の生徒会長、こんな状況でも冷静だわ」


「まあ、死んだ実感がないからな」


「それもそうか。君からすれば、不思議な現象に巻き込まれながら生き続けているってことになる訳だしね」


頷いた。

輪廻した事実だけは受け入れるしかないけれど、

こうして動ける以上、"死んだ"という実感はない。


「事故現場にまで行ってみるよ。あそこなら、何か手掛かりがあるかもしれない」


「私も行くわ。君一人だと不便なこともあるだろうし。もし誰かに会ったとしたら、フォローがないと厳しいでしょう」


「ありがとう。でも、学校には行かなくていいのか?」


「ふふ、大真面目。こんな状況で学校に行ってる場合じゃないでしょう」

「それに、誠也の身体を持つ君がそう言うなら、そうするわ。私にとっては、それが1番だからね」


「助かるよ。それなら悪いけど、フォローをお願いするよ」


「そう謙遜しなくていいって!君に誠也を求める訳じゃないけど、私たちは遠慮する間柄じゃなかったんだから」


そう言って遥はフレンドリーに僕の肩を叩いてくる。

どこまでもありがたかった。

こんな奇異な事実を受け入れてなお、中身である僕を気遣ってくれている。

遥がそうしてくれるから、僕も徐々にこの状況を自然に受け止められるようになってきていた。

でも……。


「どうしてそこまでしてくれるんだ?」


「……なにが?」


「いや、確かに僕は稲沢誠也の姿をしているけど、中身は完全に別人だ。それも、他人の姿で訳の分からないことばかりを発している、傍目から見たらヤバイ奴」

「そんな奴に、どうしてここまで世話を焼いてくれるんだ」


「簡単なことだよ」


素朴な疑問をぶつけると、遥は笑みを浮かべて答えた。


「私は誠也の恋人だし、私自身、誠也の帰りを待ってる。だから、誠也の姿をしている君をそのまま放置する訳にはいかないんだよ」

「いつかまた、本物の誠也が帰ってくる時の為にね」


……魂が戻ってくるなんて保障はない。

そんな言い伝えは聞いたことがないし、

誠也の魂の行方も、今はどこにあるのか分からない。

でも、遥は信じているんだ。

誠也の身体が残った以上、何かの奇跡で本物の誠也が戻ってくることを……。


「なら僕は、僕に出来ることをするよ」


「うん。それを手助けするわ」


遥がそう信じてくれるなら、僕が諦める訳にはいかなかった。

僕にだって、奇跡は起きるかもしれない。

僕の身体さえ残っていれば、まだ元に戻れるかもしれない。


「あーあ、でも、ほんとに君は誠也じゃないのか。最初に会った時、ちょっとだけビックリしたんだけどね」


「……何の話だ?」


「なんでもない、こっちの話」


そう言うと、遥は走って自販機の方へと向かっていった。

まだ暑いね、と呟きながら、陳列されたジュースを選んでいる。

話を濁されてしまった。


「でもさ、考えてみて?」


上の方のボタンを押しながら、彼女は言う。


「もしもこれで誠也が、"羽島真琴"のフリをしているのだとしたら、私はとんでもない赤っ恥をかくことになるんだよ。本人に向かって、恋人だーなんて、言っちゃってるんだから」

「そう考えたら、なんだか君と話してるのが不安になってくるね」


「それは……僕の方ではどうにもできない」


ガタン、と缶の落ちる音がした。


「あげる」


それを拾って、遥は僕に手渡してくる。

渡されたのは、冷たいオレンジジュースだった。


「大丈夫。誠也はそんなに器用な人間じゃないよ。それが分かってるから、君をフォローできるの」


それだけ言って、遥はすたすたと歩みを進めていく。

どうやら、自分の分は買わないらしい。


ジュースに免じて、

今言ったことは忘れろということだろうか。


遠のいていく遥が、

どんな表情をしているのかは見えなかった。

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