第23話 悪夢
出展資料:栄光のアルタイル連邦空軍の影。(著ウィルアム・ハンベルク)
補遺:著者はグランニッヒ・ハルトマンと同じ飛行隊に居たパイロット。
連邦空軍、無数の勝利に裏付けられたその名誉。
だが、近年、そのアルタイルの栄光に影が差し始めている。
アルタイル連邦が大国へと成り上がったことが一つの要因だ。
連邦が繁栄すると同時に、連邦の多くの大企業が誕生した。
この国の人々の愛国心は非常に高い。
しかし、その反面、民衆から求められる軍人像のハードルは極めて高く、多くの若者が一度は志すも、結局は安定を取り民間に行ってしまう。
皮肉なことに、軍の活躍により、若者が軍から離れてしまうという事態に陥ってしまったのだ。
となると、軍部も妥協せざるを得なくなり、陸海空三軍全てにおいて、入隊の基準を下げることを余儀なくされた。
優れた連邦式のカリキュラムにより、一定の技能を持つ兵の育成は成功を収めつづけていたが、非常事態に弱い人格の形成、自己中心的な考え、エリート主義的な考えが広まってしまうことになった。
それは伝統の空軍も例外では無かった。
◇
「諸君、これより我ら曲芸飛行隊の初の展示飛行を開始する!」
「はっ、アルフレッド隊長!」
部下の威勢のいい返事を聞き、コックピットの中でアルフレッドは笑みを浮かべる。
いよいよ、この時がやって来た。
観客は軍の上層部に内閣、各界の重鎮……もしかすると、来客として自分の事業家である両親も呼ばれているかもしれない。
それらすべてを文字通り見下せる、笑みが抑えられぬわけが無い。
彼はゆっくりとスロットルに手を伸ばす。
「行くぞ、一番機、スロットル……」
(スロットルを……どうすればいいんだ?)
分からない。
スロットル、ラダーペダル、フライトスティック、色々なものがいっぱいだ。
分からない、戦闘機はどうやって動かせばいいのだろう?
「隊長? 何をなさっているのですか?」
「こちら、管制塔。アルフレッド大尉、何をしている?」
「わ、わからな――」
部下に助けを乞う――出来る筈がない。
「……なんだあのパイロットは我々を馬鹿にしているのか?」
「曲芸飛行? 移動すら出来てないじゃないの」
「連邦空軍が宣伝した新たな英雄があれ?」
「時間の無駄だ、帰らせてもらう!」
「おっと、こいつはとんだスクープだ!」
失望した観客たちは一人、また一人と帰っていく。
「愚息が……」
父と母のため息が聞こえて来た。
いつも自分を推し量るような目で見て来て、何度も何度も失望された、何度も聞いたため息が。
部下たちは無言、何も助けてくれない。
アルフレッドはコックピットの中、ただただ一人。
「だ、誰か――」
その時歓声が上がった。
彼の頭上、雲の上で二機の戦闘機が飛んでいったのだ。
<もういい……帰る。
それと、二度と私の教え子を名乗るな>
「きょ、教官? 何故ここに……!?
た、助けてください!」
<アルフレッド……お前はもうお終いだ>
「その声は――その声は!」
「――シュワルツ!」
アルフレッドはベッドから跳ね起きた。
ぐっしょりと濡れたシャツ。時計の指す針は深夜二時。
少し間があって自分は悪夢を見ていたのだと認識した。
「何故だ……?
こうして、奴の夢すらも奪い取ったというのに!」
酷い隈が出来ている、彼はいつごろからかずっとこんな感じだ。
夢が現実を上書きしてきそうで恐ろしい。次にコックピットに座った時、操縦をわすれていたらと思うと――。
内線を取り、怒鳴りつける。
「整備班、俺の機体をいますぐ用意しろ!」
「は、はぁ?
何を言ってるんです、スクランブルは鳴ってませんよ。
それに、いきなりそんなこと言われても……」
「黙れ、いいから――!」
だったら、空に行って確かめる。
が、その時、アルフレッドは悪寒を感じた。
何時か、自分の噂話をしていた為、営倉送りにした整備員、彼が今整備担当だとしたら……自分の機体は細工されているのではないか?
自身がシュワルツにやったように前輪に細工がされていて――。
「もういい!」
内線を身勝手に、荒っぽく切る。
ふて寝のようにベッドに倒れこもうとしたが、今度はデスクの上の書類に気が付く。
「あの書類は……しまった!?」
曲芸飛行に関しての書きかけの論文、期限は午前8時必着。
上層部は短気だ。少しでも粗相があれば、アルフレッドでもすぐに見放される。
憎い男を堕とし、上層部にへりくだって来た毎日……。
アルフレッドはシュワルツと違い、曲芸などに興味はなく、ただ連邦初の曲芸飛行隊の隊長という名誉が欲しいだけだった。
シュワルツには夢があった、だからこそ隊長の業務をこなすことが出来た。
しかし、アルフレッドには夢など最初から無い、空など自分が上に上がる為の踏み台なのだ。
そんな踏み台の上で、藻掻けば藻掻くほど空虚に思える。
戦闘機パイロットらしく、苛立ちを空にぶつけることも出来ない。
エリートコースに足を踏み入れたせいで、誰かが自分を見張っている……女と遊んでいるところなどみられたら、すぐに告げ口されてしまうだろう。
(何故、俺がこんな目に――!)
苛立ちが最高域に達し、彼は獣のような唸り声を上げた。
けれども、誰も彼を助けには来なかった。
◇
パルクフェルメ軍の都市解放は成功裏に終わった。
無論、連邦軍もすぐに奪還作戦を開始しようとしたものの、パルクフェルメ、ハイルランド以外の三か国が、反抗の兆しを見せたので動くことは出来なかった。
連邦は思い知った。
自分達の戦線が伸び切り臨機応変な対応が出来なくなっているという様を、小国とは言えど一度に多数の国と戦っているのだと。
そして、赤翼のラファールの存在にも。
かくして、パルクフェルメのエース撃墜作戦が模索され始めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます