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壁の向こうから歩いてきた彼らは、上から頭を出すと、僕の顔をたっぷり数十秒は眺めて、それから安心するように笑った。
「あの、一日ほどここでお世話になりたいんです」
僕がそう言うと、彼らは笑みを崩さないまま、ロープを垂らしてくる。
「上がれる?」
そのロープに手を掛けながら、僕は上がれます、と答える。手を支えに足を棚と木材の隙間に引っ掛け、それを支えに手を上に滑らせる。そうやって三十秒ほどで、僕の背丈の軽く二倍はある壁の上までたどり着いた。
僕が登り切ると、するするとロープが巻かれ、簡単には登れないようになる。そうしてから、一番年長であろう、三十代も半ばくらいの人が、こちらを振り返る。
「ようこそ、ショッピングモールXXへ」
そう、芝居がかった仕草で彼は言った。
どうやらこのモールにはスーパーと薬局とホームセンターが入っていたらしく、その残骸はそこら中に転がったり、あるいは別のものに転用されたりしている。
今、僕の目の前にあるのもそうで、スーパーの鮮魚コーナーに並んでいたであろう冷蔵庫に、土が敷き詰められて野菜らしきものが生えている。
冷蔵庫をコンコンと叩いてみていると、後ろから声を掛けられた。
「ああ、それはほうれん草のプランターだよ」
僕は振り向かず、その声に答える。
「珍しいですね」
すると、彼――先程の、三十代くらいの人だ――は、僕の隣に並んで、冷蔵庫のふちに手をかけた。
「気軽に外にも出られないから、あるものは有効活用しなきゃいけないしね。こういうのはどこのコロニーでもやってるんじゃない?」
「今までショッピングモール跡のコロニーに寄ったことがなかったもので、プランター的なものは全く」
なるほどね、と彼はうなずくと、そろそろ奥に行こうか、と進み始めた。
彼に続いて奥に進むと、ダンボール、木材、波板で区切られた区画が並んでいた。ここがどうやら居住スペースのようだ。その奥に、ひときわ明るい一角がある。電気が無くなった現在、基本的に灯りはつけない。彼はどんどんとそちらに向かっていく。
そこに入ると、机の上に地図やら表やらが、乱雑に散らばっていて、その周りをたくさんの人が囲んでいる。
「ここは……?」
「食料の管理とか、周辺のコロニーの場所とか、いろいろね」
彼はそう笑うと、続けて僕にこう聞いた。
「もしよければ、今までの旅のこと、教えてくれるかな」
実際のところ、こう聞かれるのは初めてではない。というよりほとんどのコロニーで同じような質問をされた。当然だが、僕らも何も対価を払わずにコロニーに立ち寄っているわけではない。では何を支払っているかといえば、情報である。
僕らは基本的に、拠点を持たずに各地を旅している。その中で、どこにコロニーがあるかなどを知ることになる。その情報を、コロニーに売る。そうして、僕らはコロニーの保護、つまり食料の補給を受け、コロニーは保有する情報の更新を行うのだ。
「いいですよ」
僕はそう言って、バックパックから今まで使ってきた地図を取り出した。
この地図は、旅の途中、といっても最初のほうだが、書店から拝借したものだ。今まで歩いてきたルートやら、コロニーの場所やらが書き込まれている。
彼はそのうちの一冊――この近辺のものだ――を手に取ると、複写機の電源を入れて、コピーし始める。それと同時に、手元の地図にも、赤で印を入れていく。
「ああ、君はあそこの高校にも行ったのか」
今日出てきたコロニーの場所に丸をしつつ、彼はそう聞く。
「はい、今日の朝に出てきました」
彼はうんうん、とひとしきり頷くと、あの辺りまでしか行けてないんだよ、ともらした。
「どういうことですか?」
「ああ、偵察だよ。バイクでこのあたりを回って、いろいろと僕らでも情報を集めてるんだ」
なにせこのあたりは君みたいな旅人があまり通らないから、と彼は笑った。
その後はこの付近の別のコロニー、目の前の国道をたどると次は駅らしい、を教えてもらったり、今まで見てきたもの、ほとんどがコロニー事情だが、を話したりした。
ふと見れば、時計の短針はもう五を差している。
「もうこんな時間か、君ももう疲れただろう。僕の話に付き合わせちゃってごめんね」
そう彼は笑った。
七時を少し回ったころだった。
あてがわれた部屋(といってもダンボールで区切られただけだが)で寝転がっていると、通路がなにげに騒がしくなっているのに気づく。外に顔だけ出してみると、どうやらゾンビが出たらしい。
通路に出て、そこらにいた人に話を聞くと、駅のほうにゾンビの群れがいたということだった。駅か、と僕は少しだけ考えを巡らせる。
ゾンビが出たというなら、見に行くまでだ。しかし少し急がなければいけない、と思う。あくまでもこれは個人的なことだから、誰かに見られるわけにはならない。
明日は早く出るか、と思いながら、自分の寝床に引っ込んだ。
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