ショッピングモンスター
入寮する時に日用品を一通りは揃えたものの、実際に寮での生活を始めてみると、足りないものが出てきた。
洗濯かご、シャンプーボトルやら石鹸やらをまとめておくためのバスケットケース、座布団、その他にも色々と欲しい物がある。
他の寮生も同じく必要な物が生じてきていた。
そこで、川野くんと高山くんと連れ立って、江坂の東急HANDSに出かけることにした。
「東急HANDS行くこお~」と川野くんが僕の部屋の扉のところに立ち、笑いながら話しかけてきた。
川野くん曰く、高校生時代にバスケットボールの試合で福知山を訪れたことがあるらしく、その際「~行くこお」と福知山の高校生達が言っているのに、皆で爆笑したことがあるらしい。
「~こお」とは、福知山では普通に使う表現で、まさか方言であるとは思っていなくて、驚いた。
僕が福知山出身であることを知ると、それ以降「~こお」とニヤニヤしながら話しかけてくるのである。
二人で高山の部屋に行くと、高山くんはまだ服選びの途中だった。
「高山くん、何かっこつけてんの」と川野くん。
「うっさいわ~」と高山が恥ずかしそうに笑った。
高山くんはGLAYのファンらしく、ファッションもピチッとした細身のシャツや細身のパンツを好んで身に着けていた。
クリスチャンでもないくせに十字架のネックレスなんかもしている。
正直、似合っていないと思っていたが、口には出さなかった。
正直、「お前はタンクトップしかないやろ」とも思ったが、口に出さなかった。
「伊澤くんと高山くんと三人で出かけるのは初めてやな」
「そう言えばそうやね。高山くん、川野くんとはそれぞれ二人でとかはあったけどな」
「ずっと寮におったら気が狂いそうになるし、たまにはこうやって気分転換せんとな。 ほんま寮は変な奴ばっかやし。 『ワイ』とか変な言葉遣う奴もおるしなぁ」
「しばくぞ」と高山くんは笑っている。
「てか、高山くんのその靴なんでそんなとんがってるの?」と川野くん。
高山の足元を見ると、つま先が中世の魔女の鼻のように尖った靴を履いていた。さらには天空に向かって反り返っている。
「それ絶対歩きにくいやろ……」と僕が言うと、高山くんは「うっさいわボケ」と笑っている。
東急HANDSに向かうために高架下にあるトンネルにさしかかったところ、ダンボールで作られたスペースが見えた。
「これがホームレスか……」
地元の福知山では、ホームレスを見たことは無かった。
祖母が京都市内に出かけた際に「ホームレスの人におにぎりをあげた」とよく話していて、「ホームレスってどんな人たちなんだろう」と若干ときめきながら、想像を逞しくしていたが、遂にホンモノに会うことができ、ちょっとした感動を覚えると共に、高架下の暗がりということもあってか、少し怖い気持ちもあった。
ガサゴソ……ガサゴゾ……
ダンボール箱の中から出てきた顔を見ると、驚いたことに僕たちと同じくらいの年代の男だった。
メガネをかけてサッパリとした髪形をしている。髭面の髪がボサボサのおっさんをイメージしていたので、少々面食らった。
いや、しかし何故、彼はあの年でダンボールの中で生活することになったのだろうか。
都会ではわからないことがいっぱいである。
彼は、ダンボールの家から顔だけを出して、僕たちの方をいつまでもじっと見つめていた。
「さっきの人、僕らぐらいの年代やったな」と高山くんが口を開いた。
「なんかいたたまれない気持ちになるな……」と川野くんがつぶやく。
「社会の何者でもない気持ちってどんなものなのだろう」、と僕はふと考えてしまった。
僕たち浪人生も、大学に行っている訳でもなければ就職している訳でもなく、進学したり就職したりしている友達と会うと何となく後ろめたい気持ちになるのは、あるいは僕らも彼と同じ根無し草であるからではないかと暗い気持ちになってきた。
寝る場所が違っていれど、僕らも彼と同じ境遇ではないか、社会のどこにも属さないはぐれ者なのではないか。
鏡を覗くと、彼が写っていても何も不思議はない。
僕は彼に対する同情というよりも、妙な親近感を感じた。
東急HANDSに着くと僕たちはそれぞれ必要なものを求めて別々に行動をした。
僕の悪いクセなのだが、欲しいものをあらかじめリストアップしておき、いざ買い物に行って実際に商品を手に持つと「これ、ほんまにいるんかいな?」と疑問が生じて、結局購入せずに帰宅して「あぁ、やっぱあれは買っておくべきだった」と後悔することがよくある。
今回も風呂に入るときに使うバスケットケースを前にして、「バラバラでも運べるし、別にいらないのでは……」とか、「座布団もそこまで欲しいかと言われるとどうやろ……」などと、悪魔の囁きが聞こえてきた。
普通はその逆で「買え買え」と悪魔の声がするのだろうが、僕の悪魔は天邪鬼らしい。
という訳で、当初に購入を予定していたものは何も購入しなかった。
その代わりと言っては何だが、筋トレグッズコーナーで握力を鍛えるグリップに目が行き、「運動不足の解消こそが今必要なのではないか」という思いに捉われ、これこそが僕が真に望んでいた物だと、鼻息を荒くし勢いに任せて購入した。
体が鈍るといけないし、これは絶対に必要な物なのだ。
買い物を済ませて、僕らは飲食コーナーにある「ザ・丼」にて海鮮丼を頬張りながら、それぞれの成果品を見せ合った。
「俺はスリッパが欲しくて、何個か買ったわ。スリッパってすぐあかんなるしな。後は、洗濯物を部屋干しする時に使うラックとか」と川野くん。
「ワイは、脱臭剤とかやな」
「高山くんはオナニーばっかりしとるから部屋臭いからなぁ」と、川野くんがいじる。
「ほんましばくぞ。 伊澤くんは何買ったん?」
「僕は握力鍛えるやつやな」
「今いるそれ?」と川野くん。
「あはは、何に使うねん。 お前アホやろ」と高山くんがここぞとばかりに乗っかってくる。
「いや、まぁ体も鍛えておかないとと思って……」そう抗弁したが、言われてみれば確かにそうなのである。
もっと他に必要なものがあったような……。
「さてはオナ筋を鍛えてオナニーしまくる気やろ」高山くんがここぞとばかりぶっこんでくる。
「お前と一緒にすんなやぁ」と笑って返すので精一杯だった。
家に戻って勉強の合間に握力グリップをニギニギしてみたが、冷静になるとこのグッズには、今の僕にとって魅力が一つもないことに改めて気付いた。
今、握力だけを鍛えても特に意味がない。というか、ペンを握って疲れた手が余計に疲れるだけ。
公園をランニングしたり散歩したりして汗をかくなら分かるが、部屋で握力だけを鍛えたところで別に何もならない。
ぼかぁ、日本一の大ばか者です……。
その夜、風呂に行くとき、抱えていたシャンプーとリンスのボトルが手からこぼれ落ちて、コロコロと転がっていった。
「一体、何回目だろう……。やっぱりバスケットケースこそ必要なものやん……」と激しく後悔すると共に、「明日もう一回東急HANDSに行こう」と思った。
買い物下手過ぎるやろ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます