第十一話 親友と再会しました

 二人が初めて出会ったのは、まだ小学校にも上がっていない頃のことだった。

 たまたま家が近所で、同じ町内会に入っていたことで知り合った両親に連れられ、近所の公園で出会った。

「わたし、ゆうか! よろしくね!」

「! あたしもゆうか、よろしくね」

 幼い優花が笑顔で差し出した手を、幼い悠香が戸惑いがちに握る。

 まだ幼い二人がたどたどしく挨拶を交わすその様子を、互いの母は微笑ましそうに見つめていた。

 それが、二人の始まり。



「どうぞ、こちらです」

 ターシャに案内され、優花はエドワードと共に扉の前に立った。この扉の先に一体誰がいるというのか。不安に思いながら、視線で促され扉に手をかける。

 ゆっくりと開いていく扉。優花がその先にいる人物を視認するよりも早く、聞きなれた声が耳に響いた。

「優花!」

 見慣れた顔が近付いてきたと思えば、すぐにその人物に抱き締められた。

 脳内処理が遅れ、一瞬固まってしまった優花だったが、すぐにその人物を認識する。

「悠香ちゃん……!?」

 驚きと歓喜が入り混じった声で呼べば、優花を抱き締める腕の力が僅かに強くなる。

「会いたかった……!」

 彼女にしては珍しく感情を剥き出しにした声に、つられて目頭が熱くなる。

 実に十日以上ぶりに再会した悠香を抱き締め返し、目から大粒の涙を溢しながら彼女に応える。

「私も……、会いたかった……!」



 二人が落ち着くのを待ち、ターシャとエドワード、それから悠香と共にやってきていたウォーレンと共に、改めて状況の確認が行われた。

 悠香が神と名乗るハイウェルの手引きで優花を追ってきたことを知ると、優花は申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「ごめんね……」

「優花が謝るようなことじゃないでしょ。アタシは自分自身の意思で来たんだし。このまま一生優花に会えない方が嫌だもの」

「悠香ちゃん……、ありがとう」

 優花が笑顔を向ければ、悠香も笑顔を返す。二人の少女それぞれと数日を共に過ごしていたエドワードとウォーレンは、彼女たちの表情に、お互いが特別な存在なのであろうことを認識する。

 ターシャの説明ではイマイチ納得できていない様子だった優花も、悠香に事情を説明されればすんなり、とは言わないまでも受け入れようとしているようだった。

「ところで、お二人とも“ゆうか”さんなのですね」

 二人を交互に見ながら、ターシャが呟く。同じ名前では二人が一緒に居る際の呼び分けが難しいのではないか、と。姓を尋ねようとしたターシャよりも早く、悠香がそういうことなら、と口を開いた。

「それなら、アタシのことは“ハルカ”って呼んでよ」

「ハルカ、ですか?」

「そう。アタシの名前、そう読める字が入ってるから」

 それなら分かりやすいでしょ? と首を傾げる悠香に、ターシャはそうですね、と頷く。

「では私もそう呼ばせて頂きましょう。グレンたちにも伝えておきます」

「うん、よろしく」

 ウォーレンの言葉に頷いたところで、ふと、悠香は何か言いたげにしている優花の視線に気付いた。

 それは、優花が不満なことがある時の視線だった。

「優花も、こっちにいる間はアタシのことはハルカって呼ぶのよ」

「……やだ。悠香ちゃんは悠香ちゃんだもん……」

 不満を露わにし首を横に振る優花に、悠香は困ったようにため息をつく。

 そしてすぐに柔らかい笑みを優花に向けた。

「じゃあ、アタシと二人っきりの時は悠香でいいわ。でも他の人がいる時は駄目。いい?」

「……分かった」

 渋々といった様子で承諾する優花に、それを感じ取ってはいながらも満足そうに悠香は笑んだ。

 そんな二人の姿を見ながら、ターシャたちは互いの顔を見合わせる。その表情には、不安が陰っていた。


 *


 時を同じくして、王城内のとある一室。

 淡い紫色の短い髪に、髪の色よりも濃い紫色の目を持つ少年が、椅子に腰かけながらぼんやりと宙を見つめていた。

「先ほどの少女のことが気になるのですか?」

 そんな少年に声を掛けたのは、彼の傍らに立つ青年。濃い赤色の髪に深紅の瞳の青年は、不思議そうに少年を見下ろしていた。

「いや、そういうわけじゃない」

「そんなことを言って、彼女と擦れ違ったあと暫く見ていたではありませんか」

 からかうようにくすくすと笑う青年を睨めば、彼はすっと姿勢を正し、笑みを消す。

 少年は大袈裟なくらいに大きなため息をつき、再度否定した。

「知り合いに似ている気がしただけだ。それ以外の理由はない」

「知り合い、ですか?」

 そんな知り合いはいただろうか、と考え始める青年に、答える気はないというように少年は口を閉ざした。何人かの名前を挙げてはみるものの、少年は答えはしない。

 やがて諦めたように、青年は小さく肩をすくめた。

「それはさておき、彼女が異世界から来たのであれば、いずれ貴方とも会うことになるのでしょうね、フレドリック殿下」

「あぁ。明日にでも会うつもりだ。何事も早いに越したことはないからな」

「さようでございますか。であれば、ターシャ様やウォーレン様にもお伝えせねばなりませんね」

「そうだな。任せたぞ」

「仰せのままに」

 先ほどまでの砕けた雰囲気などなかったかのように、青年は恭しく少年に頭を下げる。そうして、彼は足早に部屋を出て行った。

 その姿を目で追うことはなく、扉の閉まる音で、彼が出て行ったことを確認し、フレドリックと呼ばれた少年はふぅ、と息を吐いた。

「まさか、彼女が来るとは……」

 目を閉じ、頭を抱えながら一人呟く。

 一人きりになった室内では、当然、その呟きに返ってくる声はなかった。

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